最終話 新たな始まり…そしてハッピーエンド!①
王家会議が幕を閉じ、私たち公爵家が屋敷へ戻ったときには、まるで大きな戦争を勝ち抜いたかのような空気が漂っていた。実際、王太子とコーデリアの自滅により“こちらが被るはずだった罪”は完全に消え去ったし、姉弟そろって舞踏会や会議での大騒ぎを経て、ようやく平穏が戻ってきそうな気配がある。
屋敷の門をくぐると、父ヴォルフガングが降り立った馬車のドアを勢いよく開け放ち、両腕を大きく広げて豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは! リリエッタ、見たか、あの王太子の顛末を! おまえを傷つけた奴が滅んだのだ、今日は祝いをせねばな!」
「ちょ、ちょっと、父さま、急に大声出さないで……使用人たちがみんな驚いてますよ」
私が焦って隣で声を落とすのも耳に入らないのか、父はテンションを抑えられない様子で、「さあ、宴の支度をさせろ!」と屋敷の中へと進んでいく。待ち構えていた使用人たちはびっくりしながらも、「お帰りなさいませ」と出迎えるが、その迫力に圧倒されていた。
後ろからついてきた兄レオンハルトも苦笑いしながら、「まあ、たまにはいいんじゃないか」とつぶやく。
「妹を傷つけたやつが潰れるなら、父上が大喜びするのもわかる。オレだって満足してるくらいだし」
「兄さままで……まったく、でもまあ確かに、これでひとまず危機は去ったのかしら。さすがにあれだけ自滅すれば王太子がやり直すのは難しいでしょうし」
「そうだろうな。おまえがまた面倒に巻き込まれる可能性はだいぶ減っただろう。めでたしめでたしだな」
兄がそう言って軽く目を細める。彼にしては柔和な表情で、どうやら私の安全が確保されたのが純粋に嬉しいらしい。
そこでノエルが「あ、ほんとに大丈夫になったんですね!」とぴょこんと顔を出してくる。
「お嬢様、大勝利じゃないですか! 王太子さんもコーデリアさんも勝手に自爆しちゃって、まさに“ざまあ”って感じですね! あ、いえ、ちょっと言葉がきついでしょうか」
「ノエル……まあ、気持ちはわかるけど。とにかく危機は去ったのかな。私としてもやっと静かに過ごせる気がしてるわ」
「ですよね! ではお祝いしましょうよ、お嬢様! 父上と兄上がまさに今、やる気満々じゃないですか!」
彼女が指差す先では、すでに父が「娘の名誉を傷つけたやつらが滅んだー! 宴だー!」と叫んでおり、兄が「落ち着け、父上」とツッコミを入れている。複数の使用人が半ばパニックで大広間を片付け、急ごしらえのパーティーを始める準備をしているではないか。
私は思わず苦笑しながらドレスの裾を軽く揺らし、廊下を進んでいく。こんなふうに大はしゃぎする父を見るのは久しぶりといえば久しぶりで、嬉しいと思う半面、ちょっと複雑でもある。
「でも、本当にこれで平和に戻れるんだろうか……セバスティアンのこともあるし、コーデリアが完全に大人しくなるのかわからないし」
「何を暗い顔してる? おまえが勝ったんだから、もっと素直に喜んでもいいだろう」
兄レオンハルトが横でそんな言葉を投げかける。確かに、王太子失脚という結果は私にとって復讐の完了と言ってもいいはずだ。それで胸がすくような思いをするのは事実だけど、私は内心でまだ引っかかる部分がある。
しかしそんな私の葛藤を気にかけるわけもなく、父はガチガチに鍛えられた筋肉質の腕を振り回して「ワインを持ってこい!」と使用人たちに指示を飛ばし、兄はケーキを所望し、ノエルは「お嬢様用にジュースを用意してあげて」と余計なお世話を焼いている。結果的に私も大広間へ連れて行かれ、思わぬパーティーの始まりとなった。
「お嬢様、かんぱーい!」
「兄さま、かんぱいだ!」
「父さま、わたしお酒はあんまり……。まあいいけど」
盛大な乾杯が起き、使用人たちが驚きながらも楽しげに準備してくれた簡易的な料理がテーブルに並ぶ。大騒ぎする父と兄を見ていると、「まあ、たまにはこういうのもいいか」と思えてくるから不思議だ。
パーティーと言っても、急ごしらえなので華々しさはないが、むしろ家族や使用人が一体となった和気あいあい感が心地いい。普段は厳つい父も、今は上機嫌で「リリエッタ、なんでも好きなものを頼め! 今日はわしが奢る!」なんて言い出している。
「父さま、いつも家の財務を管理してるのは私じゃないですか。奢るとかそういう問題じゃないでしょう」
「うむ、それもそうか。ならば娘が好きなように使ってよいぞ! 今日は特別だ!」
やっぱり少しズレている。でも、このズレっぷりが私の家族らしくて、呆れと安堵が混ざった笑みを浮かべてしまう。
一方、レオンハルトはワインを飲みながら、「これで妹も安泰だな」とご機嫌な表情。ノエルはノエルで、「お嬢様万歳!」と声をあげてはしゃぎ、使用人たちから冷ややかに見られている。
「ねえノエル、少しは落ち着いて。あなたまで騒ぐと収拾がつかないわ」
「すみません、お嬢様。でも嬉しいんですよ! 長かったじゃないですか、殿下の一件で、お嬢様がずっと苦しんでたの。やっと解放されたって思うと、つい暴走しちゃいます!」
「まあそうね……殿下の騒ぎが収まったと思ったらコーデリア、セバスティアン、いろいろあったし。それでも今はほっとしてるのは確かよ」
グラスを片手に辺りを見回すと、使用人たちも微笑んでくれている。各自手の空いた子が順番に料理を運んできて、簡易ビュッフェみたいな形になっているのが微笑ましい。
ふと、私は椅子の背にもたれて大きく息をつく。今日までずいぶん長かった――あれだけ王太子に婚約破棄を突き付けられて名誉を傷つけられた上、あのコーデリアにも散々振り回された。セバスティアンはまだ信用できない部分があるけれど、今回に限って言えば大きな被害はなかった。最終的には王太子が一人相撲で転落していったのだ。
「ねえ、兄さま。実際、これからどうなるのかな。王太子がいなくなっても、第二王子がいるし、コーデリアの動きもまだ油断ならないし……」
「何を弱気なことを。あいつらがどれだけ暴れようが、公爵家が本気を出せば対処できるだろう。オレたちがいるんだから、心配いらん」
「心強いようで物騒な物言いね……まあ、いつも通りか。ありがと」
レオンハルトがワインをくいっと煽る姿を横目に、私も薄めたジュースを一口飲む。そう、これだけ味方が騒がしくて過激だと確かに安心感はある。セバスティアンの謎を残しつつも、私に向かう直接的な敵意はもはやしばらく姿を見せないだろう。
父は再び大きく杯を掲げ、使用人たちに「我が娘の勝利だ、もっと盛り上げろ!」と号令をかけている。こんな一家の騒ぎに乗せられて、私も少しだけ開放的な気分になる。
「ああ、これで平和に戻れるかもしれない。いろいろあったけど、少なくとも王太子に絡まれる心配はなくなったし、私の名誉はほぼ回復されたし……」
そう心中で念じながら、ドレスの裾を軽く揺らす。するとノエルがスッと隣に寄ってきて、小声で「お嬢様、本当に良かったですね」と微笑んでくれた。
「はい、ありがと。ノエルがいたからこそ情報集めもスムーズだったし、いざとなれば兄さまや父さまも頼れるし……。私、幸せなのかも」
「そうですよ、お嬢様! もうちょっと素直に喜んでくださいよ! あ、でも今はこういう感じでクールにしてるお嬢様も素敵ですけどね!」
「ちょっと……やめてよノエル、からかわないで」
思わず照れ臭くなり、私はノエルの肩を軽く押す。だけどノエルは嬉しそうに笑うばかり。激動の時期を乗り越えたからこそ、今は祝賀ムードが大きいのかもしれない。
父と兄が「リリエッタ、こっちに来い!」と手を振っているので、私はそちらに歩み寄る。二人はすでにかなり酔い気味な顔で、それぞれ「これから何かあっても大丈夫だ」「おまえはもう最強の公爵令嬢だ」とわけのわからない持ち上げを繰り返す。
「……やれやれ、うちは味方のほうがずっと騒がしいのよね」
そう苦笑すると、兄は「当然だろ」とドヤ顔で言い放つ。一方、父は「うむ、娘のために騒ぐのは当たり前だ」と豪快に笑い飛ばす。私は肩の力が抜ける思いで、グラスを軽く掲げることにした。
「ありがとう、二人とも。いろいろあったけど、今は素直に感謝するわ。ノエルにも使用人のみんなにも。……うちの家族って暴走気味だけど、結果的に助かってるのは確かね」
「ふはは! そうとも。おまえが幸福ならば、それでよいのだ!」
父がガハハと大笑いし、兄が照れたように「そ、そういうことだ」と口を濁す。ノエルは小さく拍手をして、それに合わせて使用人たちが軽い歓声を上げる。一瞬だけ、ここが王都の公爵家であることを忘れてしまうくらい、アットホームな光景になっていた。
私は最後にひとつ息を吐き、甘い飲み物を口に含む。王太子が失脚し、コーデリアもほぼ終わり、私の名誉は回復されたし、家族はどこまでも騒がしい。あとは、セバスティアンが何か仕掛けてこないかだけを少し用心すれば、ようやく平穏な日常に戻れそうだ――そんな想像をしていると、何だか頬が緩む。
「これで平和に戻れる……のかな? まあ、多少の不安はあるけど、今は素直にこのバカ騒ぎに付き合ってあげましょうか」
そう呟き、私は笑みを浮かべながら父と兄のもとへ歩み寄る。ノエルが後ろで「お嬢様、乾杯の音頭を!」とけしかけている。仕方なく私はグラスを高く掲げ、使用人たちにも聞こえるように声を張り上げる。
「皆さん、いろいろあったけど、おかげで私はもう堂々と胸を張って生きられます。これからも公爵家を盛り上げましょう。かんぱい!」
「「かんぱーい!」」
騒がしくも温かい声が屋敷中に広がり、宴がいよいよ本格的に始まる。私は心の底から安堵を感じながら、父と兄に囲まれたまま、次に何が起きるか分からないけれども、今は一旦しっかりと休息を得ようと思った。
こうして公爵家は思い思いのやり方で王太子失脚の“ざまあ”を噛み締め、大騒ぎの祝宴を楽しむ。夜はまだ長いが、少なくとも今は幸せを感じる時間が続きそうだ――それに多少の不安が混ざっていても、“きっと大丈夫”と信じさせてくれる家族の存在がここにはあるのだから。




