第19話 コーデリアの自爆、王太子の転落③
国王フレデリック・イグナシオは、壇上で杖をトントンと鳴らしながら、やれやれといった様子で重々しく咳払いをした。これまで王太子アルフレッドとコーデリアが繰り広げていた惨状に、会場全体があきれ顔なのは言うまでもない。それでも国王自身は半ば眠たげな表情で、ゆるりとまぶたを開く。
「……さて、アルフレッドよ。おまえの言い分は散々聞いたが、どうにもすっきりせんのう。周囲はおまえを見放しておるように見えるし、わしも少しは信じたいが……どうやらもう無理な話かのう」
静まり返る場内。王太子はコーデリアとの醜い言い争いですっかり息切れし、冷や汗を浮かべながらこちらを見上げている。貴族たちの視線は完全に「これはもうアウトだな」という空気を漂わせるばかりだ。
一歩、王太子のそばに歩み寄るようにして、国王は杖を床に突き立てた。
「まったく……おまえ、いつもわしを困らせるばかりじゃの。多少の遊びならともかく、この国の行く末を乱すような振る舞いを続けるなど、王太子として失格ではないか。そう考える者が多いのも無理はない」
「ち、父上……いや、陛下! オレは騙されてただけなんです! 本当に、コーデリアが証拠を出すって言うから……」
アルフレッドは必死に言い訳を並べるものの、その信頼度はもはや地に落ちた状態。コーデリアはといえば、床に膝をついて黙り込み、協力者モブも含めて誰も彼を擁護できるだけの材料を持っていない。
王太子がまごつく姿に、国王はさらに眠そうな顔で首を振った。
「ふむ、騙されたとはいえ、それだけおまえが甘いということじゃろう。わしはもう疲れたよ。おまえを王太子の地位に据えておくのは、得策ではないかもしれんのう……そう思わざるを得ん」
「そ、そんな! オレを見捨てるんですか? 父上、どうか、もう少しだけ……!」
「ふん……甘いのう。おまえはまだまだ学ぶことが山ほどある。まずは自分の言動がどれだけ周囲を巻き込んでいるか、よく考えてみろ。とりあえずは、しばらく地方で修行してくるがよい。王都におまえがいては、また騒ぎばかり起こるじゃろ」
その一言で、場内がさらにざわめく。つまりこれは、王太子の一時的な追放に近い処置だ。事実上の「王位継承権停止」とも言える重いお咎め。貴族たちは「そこまでやるのか……」「まあ、仕方ないか」と囁き合う。
アルフレッドは目を大きく見開き、唇を震わせるばかり。いつもなら「ふざけるな!」と暴れそうなところだが、今は説得力のある反論材料をひとつも持っていない。
「しゅ、修行って……父上、それはただの追放と同じじゃないですか! ちょっと待ってください! オレが王位を継ぐ可能性だってあるはずで……」
「しばらくは、な。状況次第で取り戻すこともあるかもしれぬが……正直言って、今のおまえではとても継げんよ。あまりにも自省が足りず、簡単に他人に振り回されておる」
国王の呑気な口調と厳しい宣言のギャップに、会場の多くが息を呑む。コーデリアは顔面蒼白で「ちょ、ちょっと私の計画は……」と呻きながらも、王太子をフォローするような余裕はもうない。
そこへ、第二王子セバスティアンが冷笑を浮かべつつ一歩前へ出た。どの貴族も「また何か言うのか」と緊張したように視線を向ける。
「父上、その処置が賢明かと僕も思いますよ。兄上はまだまだ未熟。国を背負うには程遠い……自ら学ぶ機会を得るのは悪くない話じゃないですか」
「うむ、セバスティアンよ、おまえはそう思うか。では、兄の分まで忙しくなるかもしれんぞ? わしは眠いし、国政をさぼる気はないが……おまえにも働いてもらおうかのう」
国王フレデリックは杖でトントンと床を叩きながら、やる気のなさそうな声音でセバスティアンを見やる。しかし、セバスティアンはどこか楽しげに「もちろん、父上の命ずるままに」と軽く頭を下げた。その動作があまりにも余裕たっぷりで、周囲の貴族たちは改めて彼の“腹の底の深さ”を感じ取っているようだ。
アルフレッドは絶望の表情で立ち尽くす。まさか本当に継承権が停止されるとは思っていなかったのだろう。
「そ、そんな……兄上から継承権を取り上げるなんて、あまりにも……!」
「うるさいのう。おまえがこんなに手間をかけるというのに、まだ寛容であれというのか? すでにおまえは世間からの信用も落ちまくっておるじゃろ。ここで改めずして、いつ改めるんじゃ」
国王が淡々と告げると、アルフレッドはもう言葉が出ないようだった。目を潤ませて唇を噛み、一度コーデリアを振り返るも、彼女は彼女でパニック状態。結局、どちらも他方を助ける術を持たないまま、転落していくしかないのだ。
そうした悲喜劇を眺めながら、セバスティアンは冷たく微笑む。
「お疲れさま、兄上。まさかこんな結末になるとは、少し想定外だったけれど……まあ、今のうちにしっかり鍛錬を積むといい。いつか復帰できるかもしれないしね」
「お、おまえ……! オレを馬鹿にしてるのか……!?」
「さあ、どうだろうね。でも二度と同じ失敗をしないよう祈ってるよ」
セバスティアンの言葉は完全に“本音”ではないが、王太子を挑発するには十分だ。アルフレッドは握り拳を震わせるが、もはや支持してくれる人間はいない。コーデリアすら彼を見放すほど、計画は失敗に終わってしまった。
こうして王太子の失脚は確定し、国王の宣言によって「しばらく地方で修行せよ」と実質追放に近い処分が下される運びとなった。貴族たちは「ああ、これで安寧が戻るのか」「だがこれからどうなる?」と囁き合い、壇上のフレデリックは飽きたのか杖をついたままアクビを噛み殺している。
「まったく……王太子がこんなに愚かだったとはのう。わしも少しは期待していたのに、当分はダメじゃな。……よし、あとはおまえらであとしまつを頼む。わしは眠い」
国王がそんな身勝手な言葉を最後に告げ、杖を引きずって後方へ下がっていく姿を、会場中が虚脱感を抱きながら見送る。騒ぎの主役だったアルフレッドはガクリと肩を落とし、コーデリアは「こんなのいや……」と目を伏せる。
周りの貴族モブがそれらを遠巻きに眺め、どう声をかけるべきか戸惑っていると、セバスティアンが軽く拍手を打ち鳴らして微笑む。
「さて、これにて一件落着……とはいかないかもしれませんが、とりあえず兄上の騒ぎは終わりですね。皆さま、どうぞごゆっくり」
会場にはなんとも言えない冷めた空気と、微かな安堵が同居する。公爵家の席を見れば、リリエッタやその家族が静かにしており、まるで「これ以上の深入りは必要ない」と悟ったように見える。
こうして王太子アルフレッドの転落は公の形で決定され、王家会議は意外な幕引きを迎えた。アルフレッド自身は“最後の賭け”どころか、何も反論を通せず自爆してしまい、コーデリアも巻き添えに。セバスティアンが冷ややかに見守る中、彼らは当面、政治の舞台から姿を消すことになるだろう。
まだ終わりではない。第二王子と公爵家、そしてコーデリアがいかなる動きを見せるかは未知数だが、この“王太子問題”だけは一応ケリがついた。
王太子が絶望の表情でホールを後にする姿は、どこか物悲しくもあり、しかし同情を誘うにはあまりにも本人の身から出た錆が大きすぎる。周囲の貴族たちは白けた顔でそれを見送るばかりで、最後まで手を差し伸べる者は誰もいなかった。
一方、セバスティアンはそんな王太子の背を見送りながら、小さく呟く。
「まあ、兄上もこれで少しは目を覚ませるかな。……さて、次はどう動くか」
彼の言葉は誰にも届かないが、その口元に残る微笑みは、まだ物語が終わっていないことを示していた。国王フレデリックの“思いつき裁定”で王太子は追放され、コーデリアも失脚寸前。だが、まだ事件は完全に解決していない――そんな余韻を残して、王家会議はいったん幕を閉じたのだった。




