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第2話 悪女のレッテルと新たな敵②

 次々と飛び込んでくる嫌な噂にうんざりしながらも、私は日々の社交スケジュールをこなそうとしていた。ところが今朝、使用人からもたらされたある情報が、さらに私の苛立ちを増幅させた。


「リリエッタ様、失礼いたします。実は……コーデリア・フローラン様が、最近王太子殿下に特別に取り入ろうとしておられるようです」


 サロンのソファに腰を下ろしながら、私とノエルはその言葉を聞いて顔を見合わせる。コーデリア・フローラン。社交界でそこそこ名の知れた令嬢だけれど、私の中ではあまり良い印象がない。というのも、彼女は派手な言動と目立ちたがりな性格で知られていて、以前から私と微妙に張り合うような態度を見せていたからだ。


「王太子殿下に取り入ろうって……つまり“私のポジション”を横取りしたいってこと?」

 思わず眉間に皺が寄る。今やあのアルフレッド殿下との婚約は破棄された形とはいえ、さすがに公爵家の立場を踏まえれば無視できない話だ。


「はい。どうやらコーデリア様が『私こそ殿下にふさわしい相手だわ』と吹聴しておられるとの噂です。具体的には、先日の夜会などで他の令嬢たちに自慢げに語っていたそうで……」

「はぁ……あの子、やはりそんなことを。私が婚約破棄されたと聞いて、ここぞとばかりに自分を売り込んでいるのね」


 私が半分呆れ口調で言うと、ノエルは憤慨しながら拳を握りしめた。

「失礼ですが、コーデリア様は昔から上辺だけ派手に飾るのがお得意ですからね。私が思うに、リリエッタ様のことを少しでも軽んじた発言をすれば、殿下の関心を引けると踏んだのではないでしょうか」


「ふん、よくやるわ。アルフレッド殿下があんなふうに一方的に破談を言い渡したからって、それをいいことに私を見下すなんて……」

 自然と手元のティーカップを握る力が強まる。そもそも彼女とは昔から会うたびに、どちらが目立つかみたいな競争が無言で続いていた気がする。ドレスの派手さや化粧の濃さで勝負してくるあたり、ちょっと痛々しい部分があるのだが、本人はまるで気にしていないようだ。


「でもあの方、ほら……前に大失敗をやらかしていませんでしたっけ? 例えば……」

 言いかけて私は少し考え込む。そうだ、確か宮廷の催しで異常に豪華なドレスを着てきて、兵士たちの視線を集めた挙句、自分のフリルに足を取られて転倒したのを覚えている。そのときはさすがに私も同情しかけたが、当のコーデリアは「床に問題がある!」と怒鳴り散らしていたのだ。


「そういえばありましたね。彼女、派手好きといいますか……華美な衣装でむしろ恥をかいたという話をよく耳にします」

「やっぱり少しズレているわよね。でも、そんな彼女が今、“王太子にふさわしいのは自分だ”ってアピールしてるってわけね」


 ふと、私の胸に不快感と同時に警戒心が生まれる。もちろん、その場しのぎの大口なら放っておけばいい。でももし本気で王太子に接近し、さらに私の名前を出して「彼女がああいう性格だから捨てられたのよ」なんて声を大にして言いふらすつもりだったら……。考えただけでムカムカしてくる。


「まぁ、あの子のやり方なら、“私のほうが公爵令嬢より格上”なんて見栄を張っていそうね。確かにうっとおしいけど、実力や家柄で私を凌ぐことは無理だと思うわ」

 自分で言うのもなんだけど、公爵家という地位は重みがあるし、コーデリアの家柄はそこまで高くない。だが、派手な言動だけで周りの耳を傾けさせる能力はあるらしく、これまでもいろんな場で注目を浴びてきた。その意味では油断できない存在だ。


「どうします? あちらがリリエッタ様を陥れるような動きをしてきたら、堂々と対抗なさるおつもりですか?」

「そうね……。まだコーデリアが具体的に私を攻撃してきていない以上、こちらからどうこう動くのもバカバカしい。でも、いつ何をしでかすかわからないのが彼女だから、気を配っておいたほうがよさそう」


 そう答えながら、私はティーカップをテーブルにそっと置く。頭の中でコーデリアの顔を思い浮かべると、確かに派手で目立ちたがり。だが、その実、中身はどこかお粗末というか、妙に自尊心ばかりが高い印象だ。昔、彼女が私を挑発するように言った台詞が耳に蘇る。


「“私なら王太子殿下と並んでいる姿が映えるのに、あなたじゃ地味すぎるわ”」

 今となっては、逆に笑えてくるような台詞だ。当時は多少カチンときたが、本人はいたって真面目だったのだろう。それにしても、あの堂々とした言動だけは見習え……ないか、さすがに。


「お嬢様。もしそのコーデリア様が、今度はアルフレッド殿下と一緒にリリエッタ様の悪口を吹聴するような展開になれば、ただではすみませんよ?」

「うん、それは困るわね。あちらが動くなら、私だって黙ってはいられない。せっかくノエルに噂の真相を探ってもらっているんだし、合わせて彼女の動向もチェックしてみましょう」


 私はまだ冷静を保っているつもりだけれど、一度壊れかけた婚約や名誉を、さらに踏みにじろうとするなら大問題。自分のプライドも許さないし、我が家の父や兄が黙っているとも思えない。ああ、また面倒なことが起きそうな予感しかない。


「公爵家使用人」に視線を戻すと、彼は少し緊張した面持ちで言葉を継いだ。

「実は、コーデリア様が『次に殿下が開催される音楽会で、隣に座ってオルガンの演奏を聴く予定なの』と話していらしたのを、私自身が偶然耳にしてしまいまして。その様子だと、もうだいぶ親密なご様子かと……」

「なるほどね。まるで今度は自分が殿下の新たな相手みたいに思わせたいわけだ」


 私はフッと息をついて、思考をめぐらせる。もしコーデリアが王太子に相応しい相手として世間にアピールしたいのだとしたら、わざわざ目立つイベントを選ぶのもうなずける。だが、そこまで見栄を張っている以上、何かしら失敗も起こりそうだ。あの子には前科があるし……。


「ただ、あの子がそこまで大きく出るのは、どういう覚悟があるのかしら。……まぁ、深く考えてはいないかもしれないけどね」

「そうですね。コーデリア様は、深く考えずに派手な結果だけを欲しがるところがおありですから。もし万が一、いきなり行動を起こしてきたら……」

「そのときは私も対処するわ。ノエルにも協力してもらうし、使用人の皆さんにも情報があれば教えてもらいたい」


 そう言ってから、私はちょっと苦い笑みを浮かべる。ひとつ解決しなきゃいけない問題(王太子の噂話)に加えて、またややこしい要素が出てきたわけだ。しかもコーデリア本人が直接私を攻撃してくるとは限らない。そういう部分で言えば、下手すると彼女は陰でデマを流す可能性もある。


「お嬢様、大丈夫ですよ。彼女が何をしようと、お嬢様が本来の華やかさを見せれば必ず周りは納得します。だって、お嬢様は誰もが認める……」

「ちょっと、また女神呼ばわりはやめてね。恥ずかしいんだから」

「あっ、失礼しました。でも本音なんです!」


 ノエルがいつもの過剰なまでの持ち上げ発言をしそうになったので、慌てて止める。使用人の前であまりにも持ち上げられると居心地が悪いし、もし別の人間に聞かれたら逆に誤解されそう。


「……とにかく、私が手を打つときは打ちますから。それまでは情報集めに集中しましょう。あの子が本当に“私こそ殿下にふさわしい”なんて大口叩いているのか、どれだけの人が信じているのか、全部まとめてやるわ」

「了解です。せっかく王太子殿下の件も動き始めたのに、新たな厄介ごとまで……大変ですね、お嬢様」


 私は少し意地の悪い笑みを浮かべながら、言った。

「まぁ、コーデリアも殿下の本当の性格を知らないなら、あとで痛い目を見るかもしれないわよ。あんな人が隣でわがまま放題しだしたら、追いかけるのは案外しんどいもの」


 本来なら、そんなふうに軽く笑い飛ばすだけで済ませたいところ。でも、王太子絡みの問題で私が傷つけられる可能性がある以上、容赦なんてしていられない。コーデリアには一度思い知らされてほしい。私の“元婚約者”に近づくなら、それ相応のリスクがあるんだと。


「お嬢様、これからどうなさいますか? すぐ動きます?」

「いえ、しばらくは静観するわ。向こうが大それた動きをしてきたら、思いっきり迎え撃つ。それだけ」


 そう言い放って、私はつと立ち上がった。気づけば、頭痛はあまり感じなくなっていた。どうやら、少しだけ心が決まったからだろう。噂に振り回されるだけでなく、こちらも有効な手段を探る――何より、今はその準備期間にしようと思う。


 コーデリアが王太子を奪おうとするなら、それはどうぞご自由に。私には本来関係のない話――と言いたいところだけれど、私の名誉を踏みにじろうとするのならば、きっちり対抗してやるのが筋というもの。


「よし、ノエル。お互い情報交換しながら、慎重に対応を考えましょう。彼女と殿下の馬鹿騒ぎがどんなものか、ある意味楽しみかもしれないわね」

「はい! いつでもお待ちしていますからね、お嬢様!」


 私はノエルの頼もしげな返事に満足しつつ、サロンを出る。その背中には、もはや暗い気持ちはほとんど残っていない。むしろ、“また妙なことをしでかす人がいるのか”と呆れながらも、次にどんな騒動が起こるのか、ちょっぴりわくわくしてしまう自分がいた。


 ……そういう意味では私も負けず劣らず厄介なのかもしれない。でも、それくらいの強さがなきゃ、この状況は乗り越えられない。コーデリアという新たな敵(いや、かつてから少し厄介だった相手)に、どう対処していくか。これからの展開を考えると胸が弾むと同時に、やはり多少の不安もある。


「コーデリア・フローラン……どう転んでも、私の前に立ちはだかるなら容赦しないわよ」


 小さく呟いたその言葉は、静かな廊下に吸い込まれるように消えていった。

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