第16話 国王主催の“真相究明”第二幕!?②
翌朝。いつもどおり屋敷で紅茶を飲もうとサロンに入ったところ、兄レオンハルトが見たこともない真剣な面持ちで待ち構えていた。手にしているのは、王室の紋章が押された封筒。私はイヤな胸騒ぎを覚えつつ、そろそろと近づく。
「兄さま、なにかあったの?」
「リリエッタ、王家会議への正式な呼び出しが届いた。公文書の形でな。……国王陛下のご意向らしい」
レオンハルトがペラリと紙を広げると、そこには「王太子の謹慎問題および諸々の真相究明を改めて行うため、公爵家にも出席を求む」と、いかにもお固い言葉が並んでいた。先日の舞踏会のような突発ではなく、今回は正式な場――王家会議でやるというから、なんともやりづらい。
「はあ……また公の場で争いってことかしら。わざわざ呼び出されるなんて面倒このうえないわ」
「面倒? なに言ってるんだ。ここはむしろ公爵家が堂々と力を示せるチャンスだろう?」
兄が頼もしげに目を輝かせるが、私からするとこれ以上騒ぎを拡大してほしくないのが本音。そんな私たちの会話を盗み聞きしていたのか、ノエルがあわてて部屋の扉を開けて入ってきた。
「お嬢様! 召喚状が届いたって本当ですか? それ、王太子殿下の謹慎問題を白黒つけるためなんでしょうか! うわあ、また盛り上がりそう!」
「盛り上がらなくていいのよ、ノエル。そもそも王太子の謹慎が形だけになってるからって、なんで私たち公爵家まで呼び出されるのかしら……」
私は深いため息をつき、手渡された召喚状を眺める。国王陛下が主催して、王太子の処遇を改めて検討するなんて、嫌な予感しかしない。前回の舞踏会で懲りたはずが、陛下は懲りていないらしい。
「それにしても正式な公文書とはね。誰がここまでやるよう画策したんだろ。まさか王太子が自分で言い出すとも思えないし、第二王子かしら……?」
「リリエッタよ、そんなことはどうでもいい。ここで改めて王太子を追い詰めるもよし、逆に奴が暴れてみせるなら、俺たちが叩き潰すチャンスだろう?」
兄レオンハルトがしきりに剣呑な笑みを浮かべているのが怖い。公爵家の「俺たちに恥をかかせた奴は許さん」という熱意は、なにも王太子に限ったことではなく、バリバリと物騒な空気を纏っている。私は思わず注意する。
「兄さま、くれぐれも乱闘なんて起こさないでよ? 正式な王家会議でそれをやったら、公爵家が痛い目を見そうだわ」
「わかってる。しかし、なにかあれば容赦しないからな……」
そこへ、どっかりと大きな足音とともに現れたのは父ヴォルフガング。いわゆる狂犬公爵の異名を持つ人物が、しかめっ面でやってきた。
「聞いたぞ。王家会議とかいうのが開かれるらしいじゃないか。まったく、陛下も俺たちを振り回してくれる……しかし、わしとしては面白い話だ。王太子がうだうだ言ってるなら、一発で黙らせればいいだけだからな」
「だから父さま、それはダメなんですってば。王家会議の場で殿下を殴ったりしたら、本当に大問題になっちゃうでしょ?」
「ふん、そう簡単には動かん。だが、わしは手も足も出ないまま見ている気はないぞ?」
私が「もう勘弁して…」と頭を抱えたくなる。まともに考えれば王家会議とやらは王太子をきちんと裁く場かもしれないのに、家族がこのノリノリ暴走状態だと落ち着いた議論ができる気がしない。
「はあ。ノエル、あなたはどう思う? また王太子が荒れるだけだと思わない?」
「うーん、そうかもしれませんね。でも、逆に言えば殿下がしっかり罪を認めて謹慎延長になるかもしれませんし、第二王子殿下やコーデリア様が何をするか次第ではまたごたごたが起きるかもしれませんし……わくわく!」
「わくわくしないで、ノエル! どれも嫌すぎる展開でしょうが!」
ノエルが嬉しそうに両手を合わせて輝くのを見て、私は思わず声を張り上げる。彼女は常に私を守るために全力だが、それがときに大騒ぎの元凶になりがちなのも事実。そんな好奇心むき出しの笑顔には危険が漂う。
一方、父と兄はそんなやり取りを横目に、どこか剣の刃を研ぐような視線を交わしている。王太子がまた出張ってくるのなら、徹底的に身動きの取れないようにする気満々なのだろう。家族がこんなテンションだと、私はどう考えても胃が痛い。
「とりあえず、内容としては『王太子殿下の謹慎を正式に取り上げる』ってことが主題なのよね? つまり、殿下が根本から反省するか、それとも――」
「もしくは、反省するふりをしてまた裏で何かする可能性もある。コーデリアがいるなら、なおさらね。あの娘、また絡んでくるのか」
「間違いないわ。絶対絡んでくるに決まってる。あれだけ空回りするタイプが大人しく黙ってるとは思えない……」
私がうんざりした調子で言うと、ノエルが元気に「そうですそうです、絶対来ます!」と同意するから怖い。父と兄は「なら上等だ」と息を荒らげているし、どうにも落ち着いて話す余裕がない。
とはいえ、王家会議が正式に開かれる以上、私も参加せざるを得ない。何もしなくても召喚状が届くということは、公爵家への出席要請がかなり重要視されているのだろう。うわあ、またごたごたに巻き込まれる未来が見える……。
「はあ……次は私たちが主役じゃないから静観したいのに。なんでこう、毎回毎回巻き込まれるのかしらね」
「リリエッタよ、静観なんて言い分は許さんぞ。おまえも公爵家の一員、手を抜いてはならない。あいつらがちょっとでも出過ぎた真似をすれば、一気に潰してしまうチャンスだろう?」
「父さま、だから潰すって……私だって余計な争いは起こしたくないのよ」
「リリエッタお嬢様、皆さまが張り切っているのは、お嬢様を守りたいからです! きっといつものように大騒ぎになりますけど、最後はお嬢様が勝つんですから!」
ノエルが自信満々に言い切ると、私は目を伏せて小さく笑ってしまう。確かにこれまで何度も大騒ぎを経て、結局私が勝ったことになっている気がする。でもそれは運やタイミングに助けられた面も大きく、家族の暴走をどう制御するかで頭を悩まされてきたのが実情だ。
「まあ、静観しようがないなら、こっちから手を打つしかないってことね。王家会議がいつ開かれるのか、その日時次第でも動きは変わるし。ノエル、また情報収集を頼める?」
「お任せくださいませ! 陛下の公文書は形だけじゃないでしょうから、準備期間とかも色々掴んでおきます。今度は舞踏会と違ってちゃんとした会議形式みたいですし」
「そっちのほうが逆に厄介だけど……まあいいわ。父さま、兄さま、あまり先走らないでね? 下手に王宮へ殴り込んだりしないでくださいよ?」
私がしっかり釘を刺すと、父は「ふん」と不満げに鼻を鳴らし、兄は「わかったよ」と微妙に歯切れが悪い回答だ。でも、今のところは従ってくれそうな気配だ。
私は深呼吸をして、視界に映る召喚状の文字をもう一度見つめる。「王家会議」――この響きだけでも、おとなしい話し合いになるはずがない予感がする。王太子、コーデリア、そして第二王子セバスティアン。さらに私たち公爵家も加われば、また何が起こるか分かったものじゃない。
「はあ……これ以上の争いは勘弁してほしいけど、逃げるわけにはいかないものね。どうせ行くなら、こっちもちゃんと備えないと」
「そうだ。妹よ、遠慮するな。もし連中がまた何か仕掛けてきたら、今度こそ思い切り……」
「兄さま、落ち着いて。もう本当に殴るのだけはやめてよね!」
いつものやり取りが繰り返され、私は心底うんざりしつつも少し安心する。家族のテンションはおかしいレベルで高いが、いざというときの戦力としては頼りになるのも事実だ。ノエルの情報網と合わせてしっかり準備すれば、王家会議でも大失敗にはならないだろう……たぶん。
コーデリアの暗躍にも備えたいし、セバスティアンは何を仕掛けるか読めない。王太子の復活劇なんて見たくもないけれど、ここまで来たら付き合わなくてはいけない運命を感じる。
「……とにかく、もうひとつ大きく息を吸って、心を落ち着けましょうか。次の大事件を始めたのは国王陛下なんだし、私たち公爵家が軽々しく騒ぎを起こすより、まずは相手の出方を見たほうがいい」
「了解です、お嬢様! 任せてください!」
ノエルの元気すぎる返事を聞き、私は少しだけ笑みをこぼす。家族も頼りになるとはいえ物騒だが、このメンバーならきっと切り抜けられるはず。
――こうして公爵家にも王家会議の正式な召喚状が届き、再び大舞台へ引きずり出されることが確定してしまった。私としては、これ以上面倒な騒動は勘弁してほしいのに、まるで渦中の人物であるかのように場が動く。しかし、それが私の運命なら仕方ない。
次こそは大きな嵐が来るかもしれない。だけど負ける気はない。コーデリアとアルフレッドの暗躍も、セバスティアンの策略も、ぜんぶひっくるめて迎え撃つ――どうせまた大騒ぎになるなら、その中心で私が堂々と笑ってみせるまでだ。




