第15話 コーデリアの最終計画! 王太子との禁断の共闘?①
コーデリア・フローランは、しんと静まり返った屋敷の一室で椅子に腰掛けていた。薄暗い室内に、窓から入り込むかすかな光が彼女の横顔を照らす。以前は実家で派手に飾られたサロンにいたはずなのに、今はひっそりとした空気の中に身を潜めている。無言のまま、ドレスのフリルを指でたぐりながら、その瞳にはやや焦りの色が浮かんでいた。
「殿下……本当にいらしてくださるかしら」
小さく漏らした呟きが、重苦しい静寂の中に落ちる。失踪騒ぎを起こしてまで距離を置いていたのは、周囲の目を避けるため。今度こそ自分の計画を成功させるためだったが、それでも果たして王太子が会いに来るかは確信が持てない。
それでもコーデリアは待つしかなかった。フードを被った協力者が示した「次の手」を実行するには、王太子アルフレッドが必要だからだ。彼こそ、自分が前に出るための“最後の切り札”になる――そう信じている。
「もし殿下が私の呼びかけに応えてくだされば、今度こそ……」
思考を巡らせていると、廊下の向こうから人の気配が近づいてきた。やや乱暴に扉が開く音に、コーデリアはとっさに顔を上げる。そして、そこに現れたのは目の下に薄いクマが浮かんだ王太子アルフレッド、その人だった。
「よお……おまえから呼び出しがあったと聞いたけど。何の用なんだよ?」
投げやりな口調と疲れ切った表情。謹慎処分を食らっている王太子は、自信を失ったというよりも、不貞腐れに近い感覚で日々をやり過ごしているらしい。いつもより覇気のない声に、コーデリアは胸が疼くような気持ちを覚えた。
「殿下……よく来てくださいましたわね。あなたが大変な状況にあるのは存じておりますが、まだ諦める必要はありませんわ」
「はあ? もう手遅れだろ。父上はオレのことを見捨てたんだ。……それに、世間はオレを散々笑い者扱いしてる。公務も停止されて、身動き取れないし、どうしろっていうんだよ」
アルフレッドは壁にもたれかかり、投げやりに頭を垂れる。もともとやる気のない性格が、ここへきてさらに拍車がかかっているようだ。コーデリアはそんな彼を、まるで「可哀想なひと」と言いたげに見つめ、椅子から立ち上がる。
「殿下、ご自分をそこまで卑下する必要なんてありませんわ。そもそも王太子という立場を簡単に捨てるなんておかしいと思いませんか? 私はあなたの本来の地位を取り戻すべきだと思うんです」
「地位を……取り戻す? 無理に決まってるだろ。父上もリリエッタたちも、オレを散々バカにしてさ。もう逃げるしかないじゃないか」
その言葉に、コーデリアの眉がぎゅっと寄る。馬鹿げているのは王太子の放漫ぶりと認めつつも、彼女にとってはまだ“利用価値のあるカード”なのだ。
「逃げてばかりじゃ、周囲の笑いものになるだけですわよ。むしろ、殿下こそが正統な王位継承者ですもの。私と組んでいただければ、公爵家や第二王子を徹底的に潰す方法だって探せますわ。あなたが黙っていては、あちらの思うままになってしまうだけ」
「はあ!? 公爵家と……セバスティアンも? でも、あいつら強いし、父上もオレを見捨てるならもうどうしようもないだろ……」
弱気な声を上げる王太子を、コーデリアは腕を組んで睨むように見返す。まるで「目を覚ましてよ!」と言わんばかりの強い眼差しだ。
「だからこそ私がいるんじゃないですか。私は殿下のために動く覚悟があります。実際、あのリリエッタと公爵家の人間に、私自身も散々恥をかかされましたけど……そのおかげで目が覚めたんですわ」
「目が覚めた……? 何言ってんだ、おまえまで散々笑い者にされてたじゃないか」
「そうよ。だからこそ、絶対に復讐したいと思っているの。もちろん、殿下にももう一度輝いていただきたい。あの公爵家がのさばってる限り、殿下の誇りは取り戻せません!」
コーデリアの必死な訴えに、アルフレッドがわずかに息を呑むのがわかる。周囲の嘲笑と父の冷淡な処分に打ちのめされていた王太子も、「もう一度輝く」という言葉には心が揺らぐのかもしれない。
彼女はそれを見逃さず、一歩近づいてさらに言葉を重ねる。
「今、殿下を見捨てたのは本当に父上だけかどうか……別に構いませんわ。私と一緒に動けば、いずれ国王陛下だって『やはり我が息子が正統だ』と思い直すはず。今すぐではなくても、チャンスはいくらでも作れますのよ」
「チャンス……。でも、どうやって? オレは謹慎中で好きに出歩くこともできないのに」
「そんなもの、殿下が抜け道を作ればいいだけのこと。あのコーデリアが黙って手伝うと言っているんですもの、利用しない手はありませんわ。……公爵家だって人間です。内部に弱みの一つや二つあるでしょうし、セバスティアンだって、案外脆いかもしれないわ」
「ふーん……けど、あいつら強いし、オレは今さらどうすれば……」
王太子の不安げな声を、コーデリアは遮るように「大丈夫よ!」と高らかに宣言する。折れかけた彼の自尊心を擽るため、やや大袈裟なくらいに熱をこめて言葉をつむぐ。
「殿下は王太子なのです! 本来なら、第二王子よりも遥かに上の立場にいる。少なくともお父上に“見捨てられた”と思っているだけで、本当にそうとは限りません。公爵家にしても、いつまでも殿下を侮れない状況を作り出せばいいんですわ!」
「そうか……公爵家とセバスティアンを潰すか。オレをバカにした連中を見返せるのか? 本当に?」
「ええ、もちろん。私がお手伝いいたしますから。リリエッタも公爵家も、いずれ殿下の前にひれ伏す瞬間が来るのです。……ああ、そう考えただけでワクワクしませんか?」
コーデリアの目は熱気を帯びて輝いているが、アルフレッドの反応はどこか鈍い。それでも、少しずつ「自分の立場を取り戻す」という希望に気づきはじめたのか、腕を組んでうつむき加減のまま唇を噛みしめる。
「……オレだって、こんな形で終わりたくはないけどさ。どうすればいいか分からなかったんだよ。リリエッタに恥をかかされて、国王にも見放されたら……」
「大丈夫。そこは私にお任せくださいまし。私もリリエッタには散々痛い目に遭わされたから、彼女の嫌がるところを突く方法はなんとなく分かっていますから」
「そう……か。じゃあ、もしまた失敗したら……」
「失敗なんてありえませんわよ。殿下も自信を持ってください。逆に言えば、もう失うものはないんだからこそ、思い切りやりましょうじゃありませんか」
まるで危険な香りを漂わせる台詞だが、アルフレッドは何も考えずに頷いてしまう。謹慎中とはいえ、彼のプライドは未だ捨てきれず、劣等感だけがくすぶっている。その炎に、コーデリアの野心が注がれた形だ。
二人が顔を見合わせると、そこには妙な“負の共鳴”が生まれている。どちらもリリエッタを強く恨み、セバスティアンや公爵家への嫌悪を募らせている。そして、自分たちが再起して輝きを取り戻すのだ、と夢を見始める。
「そうだな……おまえがそこまで言うなら、やってやろう。どうせこのままだとオレは消えるだけだし、なら派手にやるまでさ」
「ええ、その意気ですわ。私に任せてください。殿下の威厳を取り戻すために、この私、コーデリア・フローランが命がけで支えます」
コーデリアは誇らしげに胸を張るが、その姿はどこか滑稽にも映る。王太子の愚かしさと、コーデリアの浅はかな野心が合わさり、確実に“間違った方向”へと走り始めていることが、外から見れば一目瞭然だろう。
しかし二人の当事者には、そのズレがまるで見えない。王太子は不貞腐れから「やるしかない」という妙な開き直りに至り、コーデリアはいつもの空回りをさらに加速させている。
「どうやって公爵家と第二王子を……いや、そもそも父上だって簡単に認めるはずが……」
「心配ご無用。手はちゃんと考えてあります。殿下が動きやすいように、裏で仕組んで差し上げますから。それだけじゃなく、私も協力者を得ています。必ず成功しますわ」
協力者という言葉に、アルフレッドが「は?」と首を傾げたものの、コーデリアはニヤリと笑ってその正体を伏せる。もともと彼女自身が謎のフードの人物に指示される形で動いているが、王太子に詳細を話す気はないらしい。お互いがお互いを利用し合う関係――違う意味で気が合っているとも言えるかもしれない。
「まあいい、どうせオレも暇で仕方ないからな。おまえが策を用意してくれるなら、楽しみにしてるぜ。そのかわり中途半端な結果なら容赦しないぞ」
「わたくしを誰だと思っているの? 殿下を敬愛するこのコーデリアが、絶対に失敗などしませんわ!」
コーデリアは鼻息荒く断言するが、昨日まで大恥をかいた事実はすっかり頭から消えているらしい。二人の頭上には、「失敗する未来しか見えない…」という言葉が浮かびそうだが、当人たちは気づくはずもない。
「よし、決まりだ。オレが復活するため、そしておまえがリリエッタに復讐するため、ここで手を組む。いいだろ?」
「ええ、もちろんですわ、殿下。あなたこそ唯一無二の王太子。リリエッタなんかより、はるかに優秀で魅力的なんですもの!」
「はは、そこまで言うなら悪い気はしないな……よし。じゃあ、近いうちにまた連絡よこせ」
こうして二人は“禁断の共闘”を成立させるかのように手を取り合う。王太子はまだ自尊心を捨てきれず、コーデリアは空回りな野望を燃やしているという、どう見ても破滅フラグとしか思えない関係。
それでも本人たちは気づかずに燃え上がっている。失脚寸前の王太子と、失意のどん底にいたコーデリア――二人の“負の共鳴”がこれから大騒動を引き起こすのは、時間の問題だろう。
そうとも知らず、コーデリアは王太子に華やかな笑みを向け、「では殿下、近日中にまたお目にかかりますわ」と言い残して上品に礼をする。その姿は、一見すると高貴なレディのようだが、内面には焦燥と欲望が渦巻いているのが透けて見える。アルフレッドも同様に、「ならオレは帰る……」とつぶやき、薄暗い部屋を後にする。
二人が部屋を出て行った後、空間に残るのは静寂――だが、そこには確実に嵐の種が撒かれた。それを誰も知らぬまま、王太子とコーデリアの“共闘”は動き出す。公爵家とセバスティアン、そしてリリエッタがどう対応するかを見ずして、二人はすでに“自分たちこそが勝者”だと信じて疑わないのだから、事態が好転する未来はおよそ期待できない。
まさに、読者から見れば「失敗する未来しか見えない…」状態の二人。しかし当人たちはやる気満々である。こうしてコーデリアの最終計画が始動し、今度こそ“公爵令嬢リリエッタを叩き落とす”という野望に向けて邁進する――残念な二人の言葉と行動が、また新たな大騒ぎを巻き起こすことに疑いはない。




