第14話 第二王子セバスティアンの思惑②
王宮から公爵家への短い往復を済ませたセバスティアン・イグナシオが、愛馬を下りてちょうど王都の外れにある小規模の屋敷へ入っていく。そこは彼が私的に所有する別邸だが、あまり多くの人が存在を知らない。表向きは「小さな離宮の倉庫」として扱われているため、ほとんど利用されることはない。
そんな隠れ家のような場所で、セバスティアンは長い廊下を足早に進み、一つの部屋の前で立ち止まる。扉を開けると、そこには彼が絶大な信頼を寄せるモブ側近が恭しく待機していた。
「よう。あまり待たせただろうか。さっき公爵家に行ってきたんだが、なかなか興味深い話を聞けたよ」
セバスティアンが椅子に腰を下ろしながら言うと、側近はすぐさま机へ書類を並べて準備を整える。彼にとって殿下の“作戦会議”はいつも突然始まるのが常だが、慣れたものである。
セバスティアンはやや満足げに微笑み、グラスに注がれた水を一口含んだあと、静かに口を開く。
「コーデリアについて、続報はあるか? 彼女が最近フードを被った謎の人物と会っているとか……僕もなんとなく情報を掴んだんだが、詳しく探ってほしい。きっと、あの娘はまた王太子を利用して馬鹿をやるつもりなんだろう」
「はっ、承知いたしました。すでに何名かを放っておりますが、さらなる追及を進めます。コーデリア様の協力者が誰なのか、いまのところまだ断片的な話しか届いておりませんが……」
「何でもいい。些細な情報でも構わない。『コーデリアが自爆する可能性が高い』とはいえ、彼女が兄上を煽ったら状況が面倒になるかもしれないからな。下手に放置すれば、せっかくの見世物を逃しかねない」
セバスティアンは妖艶な笑みを浮かべて椅子に背を預ける。それだけなら王子らしい貴族の振る舞いだが、その瞳にはどこか獲物を狩る捕食者の光が宿っている。側近はその圧に軽く喉を鳴らしながら書類を捲った。
「では、引き続き情報網を拡大して、コーデリア様の動向を深く調べさせます。それに……殿下は兄上を失脚させるお考えをお持ちですが、謹慎処分を受けた殿下はいま外からは動きにくいのではと……」
「兄上が大人しく反省するわけないだろう? あの人間のプライドは思った以上に根深いからね。表向きは謹慎したフリをしていても、陰でどう動くか分からない。むしろ、そこを突けばもっと面白い展開になるはず」
セバスティアンは指を軽く鳴らし、側近が差し出す書類にざっと目を通す。彼としては、王太子がもう一度恥をかくための舞台を整えるのが目的であり、その手段としてコーデリアの暴走を利用する気らしい。
王太子が謹慎中という建前であっても、彼女が煽れば状況が動くだろうし、そのときリリエッタや公爵家も巻き込まれる可能性が高い。大きな波が起これば起こるほど、セバスティアンが漁夫の利を得られるのは自明の理だ。
「それから、公爵令嬢リリエッタについてはいかがいたしますか? 噂によれば、殿下は公爵家をも利用するお考えとか……」
「そう。あの娘も、今の段階でなかなかに利用価値がある。兄上に恨みを抱き、さらにコーデリアにも狙われる立場。何かと動きやすい材料が揃ってるだろう?」
「確かに。公爵家は影響力も大きいですし、殿下の計画にとっては大きな駒になるかもしれませんね」
モブ側近はセバスティアンの言葉に敬意を込めながら応じる。そこには“殿下、やはり策士だ”という感嘆が滲んでいた。セバスティアンはその感情を知ってか知らずか、気にも留めずに思案を続ける。
「公爵家は父の次に強い貴族だ。ヘタに敵に回すと厄介だが、うまく取り込めば最強の盾にもなる。それにリリエッタが王太子を嫌っている点も都合がいい。……いずれにせよ、コーデリアと兄上が組むなら、あちらが先に動くはず。僕たちは先回りして手を打てばいいだけだ」
「それでは、例の噂――コーデリアの協力者というのが殿下の知らない人物であれば……」
「そこを重点的に探ってくれ。相当怪しい連中の息がかかっていそうだ。僕としては兄上を少しでも派手に転落させたいから、彼らがどれほど無茶を企んでいるか知りたいのさ」
セバスティアンがモブ側近に書類を返すと、ニヤリと口角を上げて笑う。その笑いは、まさに“黒幕”と呼ぶにふさわしい陰険さを帯びていて、見る者を慄かせるような迫力がある。側近は背筋に冷たい汗を感じながら、それでも殿下への忠誠心を示すように頭を下げた。
「かしこまりました。すぐに部下を動かして、コーデリアとその協力者の正体を掴むようにします。兄上……アルフレッド殿下の動向も監視いたしましょうか?」
「そうだな。兄上は謹慎中のフリをしてても、絶対に大人しくしているタイプじゃない。僕が下手にちょっかいを出すまでもなく、自滅してくれるのが一番ありがたい。まあ、もしそのままおとなしくしているようなら、逆に何か手を加えてやってもいい」
と、セバスティアンは腕を組み、遠くの窓を見つめる。差し込む陽光の下に浮かび上がるその横顔は、王族らしい優美さと同時に、“何かを仕掛ける”不敵な笑みを湛えているのがはっきりと分かる。
側近はたじろぎながらも一礼をし、足音を立てずに部屋を出て行った。残されたセバスティアンは、無言のまま机に軽く指をトントンと叩きながら、独りごちる。
「リリエッタはなかなか面白い娘だ。コーデリアと兄上の三すくみを上手く踊らせれば、最高の舞台ができあがる。……さて、僕が動かすべき駒はどれだけあるかね」
その瞳にどこか底知れない暗さが宿り、唇が弧を描いて吊り上がる。先の公爵家訪問で、リリエッタが自分に心を許していないと感じながらも、今後何かあったときには使用可能なカードとして手応えを得たのだろう。彼女とコーデリア、そして王太子――すべてを舞台の上で踊らせる策がじわじわと進行しているのかもしれない。
「フフ……いずれ、僕はこの国をもっと面白くできる。ああ、こういう騒ぎは嫌いじゃないさ。さあ、次はどんな動きを見せてくれるか……」
薄暗い室内にいても、その金色じみた髪はなお輝いて見える。まるで優雅に飾られた彫像のようだが、その内面は猛毒を隠し持つ毒花のようでもある。
セバスティアンの妖艶な微笑に隠された真意がどれほど危険なものか、まだ誰も知る由もない――王太子すらも、コーデリアすらも、リリエッタすらも。その陰で進む盤上の駒の配置が、どんな大騒動を生むかは、もはや時間の問題かもしれない。




