第13話 兄の暗躍とノエルの情報網②
王都の早朝、まだ太陽が昇り切らない薄明の時間帯――ノエルは人通りの少ない裏通りを足早に進んでいた。通りすがりの使用人風の人々が彼女を見て「こんな朝っぱらから、何を……」と怪訝そうな顔をするが、当のノエルは全く意に介していない。その瞳は“お嬢様のために情報を集めなくては”という熱意でぎらぎら輝いていた。
「すみません、あなた、王宮の使用人の方ですよね? ちょっと、お聞きしたいことがあるんです!」
パンを齧りながら出勤しているらしき青年を見つけた瞬間、ノエルは猫のような俊敏さで背後に回り込み、いつの間にか距離を詰めていた。その押しの強さに、青年は怯えた顔でパンを丸飲みしそうになる。
「えっ、はい、王宮で働いてますけど……あの、今急いでいて――」
「大丈夫です! すぐ終わりますから。コーデリア・フローラン様の件、ご存じないですか? ここ最近、彼女が妙な失踪をしているとか、怪しい人物と密会しているとか、そんな噂を耳にされたりはありませんか?」
ノエルが身を乗り出すと、青年は目を白黒させつつも、なぜか「話さないとまずい」という本能を感じ取ったのか、しどろもどろと口を開いた。
「ええっと、コーデリア様……ああ、そういえば、同僚の話で『コーデリア様を見かけた』って証言があったような。だけど普通の場所じゃなくて、王宮の裏庭みたいなとこで、誰かフードを被った相手と……」
「なるほど! フードを被った相手……それはどんな人物か分かります?」
「さ、さあ。周囲が暗かったみたいで、性別もわからないとか……。でもコーデリア様が『リリエッタを許せない』とか何とか怒ってたとか。噂ですけどね!」
「ありがとうございます! とっても有力な情報助かります!」
ノエルは満面の笑みでお礼を述べるが、その笑顔がまるで狩人のように鋭さをはらんでいるので、青年は冷や汗をかきながら「い、いえ……」と恐縮するしかなかった。ノエルが再び「また何かあったら教えてくださいね! 今日じゅうでもいつでも!」と迫り、青年は逃げるようにその場を後にする。
「うん、これはけっこう確度が高そうですね……。コーデリア様がフードの人物と密会――お嬢様にぜひ報告しなくては!」
ひとりごちたノエルは、そのまま次のターゲットを求めて路地を抜け、王宮から出勤する使用人たちが集まりそうなパン屋や仕立て屋を行ったり来たり。どこへ行っても言葉巧みに相手を捕まえては質問を浴びせるものだから、どの店もそわそわと落ち着かない雰囲気になっていた。
「う、あの……もう全部話しましたから、勘弁してください……」
「ありがとうございます。それで、ほかに気になる情報は一切ないですか? ほら、例えば『コーデリア様が街の裏通りを歩いていた』とか、『深夜に怪しい馬車で出かけた』とか……」
逃げ腰の仕立て屋の助手が、必死に記憶をかき集めてノエルに伝えると、ノエルは素早くメモ帳に書き込む。これを数時間も続けた結果、次々とコーデリア関連の断片情報が集まりはじめるのだから、彼女の情報網は恐るべきものだ。
やがて昼前になり、ノエルはひとまず収穫を整理するために路地の影へと姿を消した。辺りを見渡して人通りが少ないのを確認し、抱えていたメモ帳をぱらぱらと捲る。
「やっぱり、皆さん言ってることは大体似てますね。コーデリア様が屋敷を飛び出して、何らかの“怪しげな協力者”と会っている可能性が高い。あの子、リリエッタお嬢様への逆恨みで動いてるっぽいし……これは一筋縄じゃいかないかも」
ノエルは小首をかしげて、目を閉じた。情報を総合すると、コーデリアは舞踏会後、実家でひどく落ち込んだのちに姿を消した。そして目撃証言によれば、謎のフードの人物と連絡を取り合っているらしい。王太子への未練とリリエッタへの敵意が合わさって、何か無謀な行動に移る寸前のようにしか見えない。
「これは、お嬢様に急いで報告しないと! だって、そんな秘密工作を許しておくと、また面倒が増えちゃいますし……」
目を見開いたノエルは、覚悟を決めたように腰につけた小さなバッグを調整し、再び歩き始める。今回はかなり具体的な話が集まったので、お嬢様に報告すれば、コーデリアの動きへの対策を協議できるに違いない。
「まだまだ情報はありそうだけど……ひとまず、これだけでも十分警戒に値しますよね。コーデリア様がどれほど暴走するか分かりませんし」
ノエルは少し強めに靴音を鳴らしながら通りを曲がる。ちょうど王宮の近くを通る道で、門番が「何度もお見かけするけど、何者だ?」と不思議そうな表情を浮かべているが、当人は気にもしない。
そして、まるで仕上げをするかのように、もう数名の使用人仲間に声をかけて情報収集を続ける。その結果、最終的には「コーデリアがフードの人物と密かに会っていた」「その人と一緒に何か大それた計画を立てているらしい」という話が幾度となく出てくることが判明した。
「やっぱり確定ですね。もう、お嬢様に知らせなきゃ。絶対に放っておけない雰囲気です」
彼女の愛するお嬢様がまた被害を被る前に、ノエルは迅速に公爵家へ帰ることを決意する。もしリリエッタが危険に晒されるようなことがあれば、自分が全力で守る――そんな“狂信的な愛情”をさらに燃え上がらせながら、ノエルはぱたぱたと小走りで王都の石畳を駆け抜けていく。
その背中からは、尋常でないほどの“熱量”が漏れ出していて、通りすがりの人々が「な、何事?」と驚き、道を譲ってしまうほど。だがノエル自身はそんな影響をまったく自覚せず、“お嬢様のために”という一心だけを抱えて突き進んでいた。
「ふう、急がなくては。あのフードの人物がどんな手段でリリエッタお嬢様を狙うか分かりませんし、コーデリア様が失踪したのもただの演技かもしれませんし」
一気に坂を駆け上がり、公爵家の門が見えたところでノエルはとん、と大きく息を整える。情報網を駆使して得られた結果は「コーデリアの動きが相当怪しい」という確信。ここから何が起こるか分からない以上、少しでも早くリリエッタに伝えて対策を練るのが最優先だ。
「お嬢様、リリエッタお嬢様……ノエルが参りました! 大ニュースですよ!」
門をくぐり、玄関先にいた使用人にも挨拶もそこそこに、ノエルはそのまま屋敷の廊下を走っていく。まるで迷いのない軌跡が「どこでもノエルは現れる」状態をコメディに感じさせるが、当人は必死で深刻な顔をしている。
こうしてノエルはコーデリアとその“怪しい協力者”の存在を確かなものとし、お嬢様への報告を胸に邸内を駆け抜ける。彼女の執念と有能さが再び公爵家を救うのか、それとも新たな騒動を呼び込むのか――いずれにせよ、コーデリアの復讐がただの妄想に留まらない予感は膨らみつつあった。




