第12話 ライバルの転落! コーデリアの行方①
コーデリア・フローランは、豪奢な調度品が並ぶ自室のベッドの上でうずくまりながら、深い嘆息を繰り返していた。手の込んだ刺繍のクッションに顔を埋め、ぐずり混じりの声で「どうして私がこんな目に……!」と漏らす。その振動で、先日の舞踏会の名残を主張するかのように、ゴージャスすぎる宝石の欠片が床に転がり落ちた。
「お嬢様、少し落ち着かれてはいかがでしょうか……? あまりにもお顔が赤くはれてしまって……」
震える声でそう言ったのは、コーデリアの専属メイドである。彼女は普段、華やかな服を着こなすご主人様を誇らしく思っていたが、今のこの落ち込みようを前にしてどう励ませばいいのか分からず困惑するばかりだ。
「落ち着けるわけないじゃないの! 私がせっかく王太子殿下を守ろうとあれこれ頑張ったのに、あの殿下ったら……最後まで私を無視して、何のフォローもしてくれなかったのよ? こんなのあんまりじゃない!」
顔を上げたコーデリアの目には涙がにじんでいて、その悔しさを訴えるように頬が火照っている。舞踏会当日、あれほど気合を入れて宝石を散りばめたドレスを仕立て、王太子の隣で注目を浴びようとしていたのに――現実は、王太子が別の意味で話題を独占し、自分はまるで“自爆”しただけに終わってしまった。
「リリエッタ……あの娘こそ悪いのよ。あんな堂々と殿下を追い詰めるなんて! すべて私の美しさを嫉妬していたんじゃないかしら。だから王太子殿下を寝取ったとでも言いたいわけ?」
「え、あの……寝取ったとか、リリエッタ様はただ、自分の婚約破棄の真相を明かしただけって噂が……」
「違うわ! 何が『真相』よ! 殿下が追いつめられたのは、すべてリリエッタのせいだわ。私の完璧なドレスコーディネートと殿下を組み合わせていれば、そんな恥をかかせずに済んだはずなのに……!」
コーデリアは歯ぎしりしながら、メイドの説明を完全に聞き流す。意地でもリリエッタに敵意を向けたいらしく、「殿下の失態なんかより、私の努力が報われなかったことが問題なのよ!」と言わんばかりの態度だ。
メイドはおずおずと視線を下げ、これも言うべきかどうか迷った末、意を決して報告することにする。
「……お嬢様、実は殿下、もうあなたを相手にしていないという噂がありますの。あの後、謹慎処分になったとも聞き及びますし、しばらくは会うどころか……」
「なっ……何ですって? あの殿下、私を相手にしていないですって!? 信じられない……いやでも、あの人、自分のスキャンダルで頭いっぱいかもしれないけど、私を捨てるなんて許せない……!」
バサリとクッションを投げ捨て、コーデリアは乱れたスカートを直すことも忘れ、ベッドから飛び起きた。だが、激しく動いた拍子に昨夜のドレスの飾りが外れて床に落ち、軽く足をとられて危うく転びそうになる。メイドが慌てて駆け寄り、「大丈夫ですか!?」と声をかけるが、コーデリアは「放っておいて!」とその手を振り払う。
「殿下にも腹が立つけど、それ以上にリリエッタの存在が気に食わない。すべてあの子のせいよ! きっと裏で妙な証拠をでっち上げて殿下を追い詰めたに違いないわ。私がせっかく庇おうとしても、殿下が聞かないんだもの……」
「お嬢様……そうは言っても、世間は殿下の自業自得だという見方が強いようです。リリエッタ様も、公爵令嬢として名誉を守っただけという話ですし……」
「それを“公爵の権力乱用”って言わないでどうするの!? いい? 私は絶対にリリエッタを許さない。こんな恥をかかせられた責任はとってもらうから!」
血走った目で決意を固めるコーデリアだが、メイドは不安げに眉を寄せている。たとえ恥をかいたとしても、リリエッタの言動が事実に即したものだという噂が広まっている以上、ここから逆転してコーデリアが王太子の隣を奪える見込みはかなり低そうだ。
それでもコーデリアはそんな現実を受け入れず、逆恨みの感情を高ぶらせるばかり。涙と怒りが混ざり合う目には、「絶対にリリエッタを追い落とす」という歪な執着が宿っている。
「あの子をこのままのさばらせたら、この国はどうなると思う? いずれ殿下が復帰したとき、私のポジションが消えてしまうじゃない……! そんなの認められないわ!」
「で、ですが……殿下ご本人は、しばらく謹慎中らしいですし、追放が決まる可能性も……」
「殿下の追放が決まるわけないじゃない! ああ、本当にもう……どうして私がこんな仕打ちを受けなきゃいけないの! 私を馬鹿にしたリリエッタが憎い……! もし私があんな証拠を持っていれば、殿下を救えたのに……どうしてうちのメイドは何も用意してくれなかったのよ!」
突然の矛先が自分に向いたことで、メイドは慌てふためく。内心「用意しようとしたけど、お嬢様が無計画に突っ走った結果では……」と思いながらも、言葉に詰まってしまい、うろたえるばかりだ。コーデリアの逆恨みがさらに募っていくのが手に取るように分かるが、ここで下手なことを口走ったらどんな目に遭うか……メイドには想像もしたくない。
「くっ……こんな屋敷に引きこもっている場合じゃないわ。いつか私が巻き返すためにも、もっとしっかり準備をして……ああ、でも今は人前に出ると笑われそう……!」
ベッドに再び倒れ込むコーデリア。その姿は痛々しいくらい残念ながらも、一部では同情する声が上がるかもしれない。彼女なりに殿下を守ろうと奔走した結果、一切報われず、むしろ笑い者にされて舞踏会から逃げ帰ったのだから。
しかし、逆に言えば、「これを機に潔く身を引けばいいのに……」という周囲の本音が重く垂れ込めている状況でもある。コーデリアはそれをまったく受け止める気がなく、引きこもってはいるものの、頭の中では「次こそ勝つ!」という逆恨みと自己顕示欲が渦を巻いているのだから、そう簡単に大人しくはならないだろう。
「お、お嬢様、どうかお気を確かに……。しばらくは休まれて、それから改めて――」
「休むですって? そんな暇はないのよ! いいから、リリエッタについて詳しく調べなさい! 何か弱みを探し出して……彼女があんな得意気になれるのはおかしいの。公爵家だって穴があるはずよ!」
「は、はい……。ですが、本当にそれで大丈夫なのでしょうか……?」
「黙りなさい! 私は殿下の正妻になる運命なのよ。それが今の恥ずかしい状態のままで終わるなんて、ありえないんだからっ!」
悲壮感あふれるコーデリアの決意に、メイドは震えながら「かしこまりました」としか答えられない。屋敷の外では、王太子の騒動に続いて第二王子の暗躍やらリリエッタの活躍やら、国全体が大きく揺れている。そんな中で、彼女がどんな再起を図るのか、その行方は誰にも分からない。
そうしてコーデリアは両目を腫らしながらも、リリエッタへの逆恨みで立ち直る意思を固めている。もし今後、またしても無理やり動き出せば、さらなる自爆をもたらす可能性が高いのに――本人だけが気づいていない。その残念な勘違い優越感と被害妄想が、彼女の心を炎のように燃やしていた。まさしく転落からの一人暴走の始まりを予感させる場面だが、屋敷の中ではまだ誰も彼女を止めようとはしない。
舞踏会の余韻が外を包む中で、コーデリアの叱咤混じりの泣き声が深夜の屋敷にこだまする。その行き場のない恨みが今後どこへ向かうのか、ひとりのメイドを除いては皆知らない。何よりコーデリア自身も、その先にまた別の惨劇が待っていることを想像できずにいた。




