第11話 国王の裁定! 王太子の追放危機?③
舞踏会の喧騒も落ち着き始めた深夜、私たち公爵家の面々は大ホールの出口付近で一息ついていた。父はちらちらとホール中央に沈んでいる王太子のほうを見ながら、危なっかしい殺気をにじませているし、兄レオンハルトは腕を組んだまま、「まだ何かやる気があるのか」と言いたげな顔をしている。そんな二人をどうにか連れ出そうと、私は必死に言葉を選ぶところだった。
「父さま、兄さま、とりあえずもう帰りましょう。あんなに私が仕返ししたんですし、これ以上はやりすぎですよ」
そう声をかけても、父ヴォルフガングは「ふん」と鼻を鳴らし、鋭い眼光をホール奥へ向けたまま返事しない。いっそ今にも殴り込みをかけそうな雰囲気に、私は内心ハラハラが止まらない。
「まだ完全に終わったわけじゃないだろう。王太子があそこで反省するとも思えんし、次に何か企んだら容赦しなくていいんじゃないか」
兄レオンハルトが舌打ち混じりに言うと、父は深く頷きながら「そうだな」と物騒に同意する。まるで「あいつをもうちょっと痛めつけてもいいんじゃないか」と言わんばかりの空気だ。私は焦って二人の間に割って入った。
「ちょっと待って! ここで暴力に訴えたら、せっかく私が証拠を示して追い込んだ意味がなくなります。逮捕されるかもしれませんよ!」
「わしが逮捕される? このわしが? ……はっ、荒唐無稽だな。でも殿下が反省しなければ、次は拳を使ってもいいだろう。おまえがずっとあの小僧に悩まされたのは事実じゃろう?」
父の説得力(?)は相変わらず飛躍したものだが、守ってくれる気持ちからくる行動とは分かっているだけに、余計止めづらい。私はなんとか言葉を尽くして押し返す。
「もちろん感謝してます。でも、私もここまで追い詰められたなら満足ですし、もし今さら王太子に殴りかかったりしたら、公爵家としての立場まで危うくなりますよ。国王陛下だって黙ってません」
「うーん……それもそうだが、殴らないのはもったいない気もするぞ」
父が未練がましく唸っているのを見て、私は「まったくもう」と大きく息をつく。後ろで立っているノエルが「お嬢様、今夜は本当に最高の勝利でしたね!」と、いつもながらのハイテンションで褒めちぎるものだから、こっちとしては嬉しいやら落ち着かないやら。
「お嬢様、ご自身の名誉が取り戻せたのはもちろん、公爵家への悪評も払拭されて、もう完全なる大勝利です! 王太子があんなに醜態をさらした後では、誰もお嬢様を疑いませんよ!」
「それはそうなんだけど……まぁ、確かに今は満足するしかないわね」
私は曖昧に笑い返しながら、まだ真っ青な顔でホールの奥に座り込んでいる王太子を横目で見る。追放危機に陥ったとはいえ、彼が最後に足掻く可能性はゼロではない。父や兄が暴走するのも怖いが、アルフレッドが奇妙な逆襲に出るのも嫌な予感がする。
とはいえ、今のところ彼が立ち上がる気力はなさそうだから、今夜はひとまずこれで十分な成果を得たと納得すべきかもしれない。
「うむ、あの小僧の顔を見るだけで腹が立つが、おまえがそこまで言うなら仕方ない。……妹の復讐を台無しにするわけにもいかんしな」
兄レオンハルトが渋々ながら同意してくれたのを見て、私は胸を撫で下ろす。いつも過激発言を連発する兄も、案外理屈が通じるときもある。そういう意味では、父の暴走を阻止するにも兄の存在はありがたい。
「そうですね、殴るより効果的な制裁を与えられましたし。今の殿下はほっといても大丈夫でしょう?」
「よし、それなら今夜はこれで引き上げるとするか。……ふん、本当にあれで終わりなのか? もし奴が再起を図れば容赦しないぞ」
父の背中に滲む不満を見て、私は思わず小声で「もう終わりにして……」と呟く。周りの貴族たちが「あれが狂犬公爵か……」と目を剥いているのを感じるし、このまま会場に居続ければ、また何か騒ぎが起きてもおかしくない。
ここで退散すれば、公爵家の威光を示しつつも“さらなる大波乱”を回避できる絶妙なタイミングだと判断し、私は改めて父と兄に声をかける。
「さあ、満足したら帰りましょう。父さま、これ以上いたら本当に危なくなりますし、兄さまもここで発散しちゃったらまた面倒が増えます。ノエル、準備をお願い」
「かしこまりました、お嬢様。では使用人たちにも声をかけておきますね!」
ノエルは楽しそうにぴょんっと足を揃えて返事し、さっそく動き始める。家族を率いてホールを後にするのは、意外と目立つ行動になりそうだが、この際もう堂々と退出したほうがいい。再び王太子を視界に入れると父が唐突に襲いかかりそうで怖いのだから……。
「お嬢様、こっちの出口から馬車のところまですぐ行けますよ。あ、兄さま、そっちじゃありません!」
私は兄を軽く引っ張り、父をちらっと見て制止のサインを送る。周囲の貴族がなんだかんだ言いながら遠巻きに見送っているが、誰も止めようとはしない。むしろ「公爵家はもう十分に勝ち名乗りをあげた」という雰囲気がそこかしこで醸し出されていて、ちょっと得意な気分だ。
「リリエッタ、明日になったらさらに噂が広がるだろうな。おまえも覚悟しておけ。いい意味でも悪い意味でも、注目されるのは避けられないぞ」
「ええ、もちろん。準備はできてるわ。あの方が反省するにしても、しないにしても、もう何を言われても私を陥れるのは無理でしょうし」
「そうだな。いやあ、もうちょっと痛めつけられてもよかったんだが……父上、また別の機会にでも?」
「ふん、まあよい。あの小僧が落ちぶれた様を見られただけでも、わしは満足じゃ。次に出しゃばってきたら容赦なく拳を叩き込むがな」
父と兄が物騒な会話を交わす背後で、ノエルが「ああ、お嬢様こそ至高……!」とつぶやいているのを聞き、私は思わず苦笑いする。いつもながら盛り上がりすぎなのが困りものだけど、嬉しいことに変わりはない。
「まあね、私も上手くいってよかったわ。この先どうなるかは分からないけど、とりあえず今は成功を喜んでおきましょ」
そう口にして、私はホールを出て王宮の廊下へと足を踏み出す。深夜の静けさが耳に沁みるなか、足音だけが響く。振り向けば、ノエルが満面の笑みで私のドレスを抱えてくれているし、父と兄はまだ何やら物騒な会話をしている。
ともあれ、今日という日は私にとって一つの節目。王太子への仕返し、そして公爵家の威光を見せつけられたことで、今後の立場が大きく変わるはず。王太子の追放危機という事態にまで発展したのも、私が得た大きな成果だと言っていいだろう。
「いい感じですね、お嬢様! これで全てが解決ってわけじゃありませんが、少なくとも殿下に振り回されることはなくなりそうです」
「ノエル、はしゃぎすぎないで……でも、ありがとう。あなたがサポートしてくれたからこそ、ここまでうまくいったのよ」
「わたくしこそ、お嬢様の強かさと美しさに感動しまくりです!」
ノエルは感激で震える声を抑えきれない。私は「もう、騒がないの!」と囁きながらも、心のなかでは嬉しさを噛みしめていた。兄や父も何だかんだで私を誇りに思っているだろうし、少しは信用してくれるようになった気がする。
「さあ、帰ろう。殿下のあの様子なら、しばらく復讐なんか考える余裕もないでしょうし。第二王子のほうは厄介かもしれないけど、今は本当に上手くやれたと思うの」
廊下を抜ければ王宮の庭園へ繋がる扉がある。その外には私たちの馬車が待機しているはずだ。夕べの喧騒が嘘のように静まり返った夜気を吸い込むと、改めて自分が一つの山場を越えたと実感する。
「いいか、もし奴が懲りずに襲い掛かってきたら、そのときは拳で……」
「だーかーらー、やめてくださいってば!」
父の物騒発言を聞いて兄が「俺も加勢しよう」と便乗し、私が必死に止める。このやり取りを見ていたノエルが「平和が一番なのに……」と呆れ顔を見せる。家族揃ってこんなだが、今夜ばかりは“最高の勝ち戦”だと言えるから、不思議と不快感はない。むしろ、互いに支え合った感があるだけマシだ。
「まったくもう……。でも、本当にこれで一段落よね。私の名誉は回復できたし、王太子も追放危機に陥るなんて。ここから先は、さすがに変な横槍もないでしょう」
「安心してはいけないぞ、リリエッタ。おまえ自身が言ったとおり、あの弟王子も腹にいろいろ抱えている可能性がある。気を緩めるんじゃないぞ」
「うん。そこは分かってる。次は第二王子やコーデリア、もしくは他の陰謀……いろいろあるでしょうけど、私はもう動じないわ」
そう堂々と胸を張って宣言し、私は馬車の扉を開く。父と兄、そしてノエルが笑みを浮かべながら乗り込み、私は最後に振り返って、王宮の荘厳な建物を見上げた。背後には王太子の余韻がこびりついているかもしれないが、もはやそこに私を苦しめる力はない。
「さて、これからが本当の意味でのスタートかもしれないわね」
心の中でそう呟きながら、私はドレスの裾を持ち上げて馬車に乗り込む。ドタバタとした舞踏会の一夜を終えた公爵家が、再び動き出す日は近い。今度はどんな嵐が待っているか分からないけれど、この勝利の余韻と家族の支えがあるなら、私はもう怖くない。
乾いた夜風を受けながら走り出す馬車の中、父と兄の物騒な会話にノエルが突っ込みを入れる声が耳に心地よく響く。私の人生もここで止まるわけではなく、また新しい難題を乗り越えながら進んでいくのだろう。そんなことを思いつつ、私は少しだけ微笑んで目を閉じる。今夜はぐっすり眠れそうだ。




