第6話 コーデリアの自爆作戦と王太子の愚行②
宮廷に用事があったわけではないのだけど、ちょうど書状を届ける必要ができたため、私はノエルと一緒に王宮を訪れた。すると、どういうわけか廊下の角や広間の片隅で、しきりに私をうかがう怪しげな視線を感じる。
うーん、嫌な胸騒ぎがするわ。最近は公爵家への中傷も増えているし、「また面倒に巻き込まれたらどうしよう」と落ち着かない。もっとも、頼れる侍女ノエルが隣に控えてくれているから大丈夫だろうと信じたいけれど……。
「お嬢様、念のため私が少し先を偵察しますね」
「うん、わかった。あんまり無茶はしないでね。ここは王宮なんだから」
私がそう言うと、ノエルは「もちろんです!」と笑顔を返し、何かを決意したように足早に進んでいく。ほんの数秒後、彼女が何かにつまずいてひっそりと倒れ込んだ女性を避けるように移動したのが視界の片隅に入る。え? どういう状況?
「コホン、お嬢様、あちらに足元が微妙に盛り上がっている箇所がありました。お気をつけくださいませ」
「え、どこどこ?」
ノエルがまるで何事もなかったかのように戻ってくるが、その背後ではドレス姿の女性が床に倒れてうめいているのがチラリと見えた。あれは……見覚えがあるような気がする。髪の色とドレスの派手さからして、まさかコーデリア・フローラン?
「ちょっとノエル、あの人、転んでるみたいだけど……大丈夫かしら」
「心配なさらず。たぶん勝手に転んだだけかと。お嬢様には何の害もありませんよ」
「そ、そうなの? でも、なんで急に――」
やたらと髪を乱し、周囲をキョロキョロしているコーデリアが一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに「くっ……あの使用人、何者よ!」とつぶやいて立ち上がる。どうやら私のほうへ仕掛けたはずが、逆に自分が引っかかってしまったらしい。私は「?」という状態だが、ノエルには何か見えているらしく微笑んでいる。
「お嬢様、さっきの場所、実はこっそりロープが張ってありました。お嬢様を転ばせるつもりだったみたいですね。まあ、私が先に察知してちょっと動かしたので、仕掛けた人が自滅しちゃったんだと思います」
「ロープですって!? そんな子どもじみた手段でどうにかしようとしたのかしら……」
私は呆れつつも安堵する。危うく変な恥をかかされるところだったけれど、ノエルのおかげで無傷で済んだようだ。そもそも王宮の廊下でそんな罠を仕掛けるなんて、正気とは思えない。
「まさかコーデリア・フローランがこんなことするわけ……いや、あり得るかもしれないわね」
「ええ、おそらくご本人だと思います。あの派手なドレスに、隠しきれない負のオーラというか……すぐ分かりました」
「負のオーラって……ノエルの感覚、怖いくらいに鋭いわね」
私が苦笑するうちに、コーデリアはドレスのすそをバサリと払って体制を立て直す。そして舌打ちでもしそうな勢いでこちらを睨んでくるが、どうやら作戦失敗を悟ったらしい。そそくさと廊下の陰に消えていった。
「ふう。何だったのかしら、ほんとにもう……」
「お嬢様、さっそく意地悪な嫌がらせですね。おそらく次はもっと手段を選ばないかもしれませんから、気をつけましょう」
「ええ、わかったわ。とにかく、ありがとう。ノエルがいてくれて助かったわ」
私が素直に感謝を述べると、ノエルは「お嬢様のためなら何でも!」と輝く笑顔で応える。最近、彼女の忠誠心がますます過激になっている気がするけど、それで被害を防げているなら文句は言えない。
その後、私たちは用件を済ませるために応接室へ向かおうとしたのだけれど、今度は廊下の奥からヒソヒソ声が聞こえてきた。内容を盗み聞きするつもりはなかったけれど、「リリエッタってやっぱり意地悪で有名らしいわよ」とか「公爵家が裏でいろいろやってるんだって」などのフレーズが耳に入る。コーデリアが流しているらしい悪口が早くも広がっているのが察せられた。
「また噂話か……しかも根も葉もないんでしょう?」
「ええ、あの令嬢が仕掛けている可能性が高そうですね。まったく、似たような嘘を流したところで、事実は隠せないというのに」
「本当なら、笑ってスルーすれば済む話だけど、これ以上拡散されると私の計画にも影響が出るわ」
イメージダウンといえば当初の私もさんざん悩まされたポイント。コーデリアがこんな形で再度仕掛けてくるとは、何とも執念深い。しかもさっきのロープ騒動など、手段が幼稚なのにその分こちらが対応に困るところが厄介だ。
「ご安心ください。私が先に噂を打ち消す手配をしておきます。あの方はまだ懲りずに動くかもしれませんが、お嬢様には指一本触れさせませんから」
「うん、ありがとう。……とはいえコーデリアさん、本気で私を目の敵にしてるのかしら。そこまで言われる覚えはないんだけど」
正直、私としては彼女をそこまで気にかけていなかった。王太子に取り入ろうとしている姿を見ると、必死に見えるけれど、ここまでしつこくちょっかいを出してくる意味が分からない。
「たぶん王太子の隣を奪うために、ライバルを排除する気なのでは? 殿下に“あのリリエッタは危険”と思わせて再び叩きのめすよう誘導したいのかもしれません」
「もう殿下の興味はコーデリアにも向いてなさそうなのに……本当に方向性がズレてるわね」
私が呆れつつ歩き出すと、先ほどのロープがあった場所に何やらドレスの切れ端が落ちていた。どう見てもコーデリアのものだ。いかに慌てていたかが丸わかりで、思わず吹き出してしまう。
「自分が仕掛けた罠に自分がかかるって、いかにも彼女らしいわ。今までどれだけ失敗してきたのか想像に難くないね……」
「お嬢様に被害がなかっただけでも幸いです。あちらさんが自爆して終わりでしたし」
「まあ、笑って済ませられるならいいんだけど、このまま放置してたらまた変な噂が増えそう。早めに対策を打たないとね」
今後の方針について頭の中で組み立てていると、ふと背後でドタドタと足音が聞こえ、思わず振り向いた。そこには、スカートの裾を引きずりながら、再びコーデリアらしき姿がうっすらと見えたが、目が合う前にまた別の廊下へ引っ込んでしまう。なんというか、振り返る気力もなくなるほど滑稽だ。
「お嬢様、あまりかまってあげる必要はないと思いますよ。あの様子なら、放っておいても自爆する確率が高そうですし……」
「確かに。彼女の無駄な努力を逆手に取れば、こちらの計画にも生かせるかもね」
ノエルの言葉に、私も軽く頷く。少々鬱陶しい相手ではあるけれど、その分「自爆作戦」で勝手に転んでくれるなら、対処も楽だ。このまま彼女がハマっていけば、王太子ともども勝手に落ちていきそうな気さえしてくる。
「本当に何もなかったみたいで良かったわ。じゃあ用事を済ませましょう。きっとコーデリアさん、また失敗策を練ってるんでしょうけど、その間にこっちは一歩先へ進むわ」
「ええ、お嬢様。油断は禁物ですが、コーデリア様が近づいたら私にお任せください!」
朝から繰り広げられたトラップや罠騒動も、結局はコーデリアの自爆に終わった。王宮での緊張をよそに、私はそそくさと要件を済ませるべく歩みを再開する。
ロープの切れ端をスッと拾い上げて、ノエルはにっこり笑う。その背中を見送りながら、私は心の中でコーデリアへとため息混じりの問いかけをした――あなた、そこまでして何がしたいの? その答えはきっと、また次の失敗で見えてくるのかもしれない。




