第5話 黒幕か? セバスティアン登場③
セバスティアンとの一件を整理しようと、公爵家のサロンで一息ついていた私。そこへ兄レオンハルトが、まるで待ち構えていたかのように姿を現した。テーブルにはノエルが淹れたばかりの紅茶が並んでいるのに、少しも落ち着く気配がない。
「で、早速聞こうか。妹があの第二王子と何を話したんだ? まさか変な取引でも持ちかけられたわけじゃないだろうな」
「変な取引って、兄さま想像飛躍しすぎよ……。まあ、似たような話があったのは事実だけど」
私は深いため息をつきながら、セバスティアンとのやりとりをかいつまんで説明する。兄は途中から静かに目を細め、眉間に皺を寄せて聞き入っていたが、私が話を終えるや否や、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「やっぱりな。第二王子も敵か。妹を利用しようとしているのが見え見えだ。王太子といい、揃いも揃ってろくでもない兄弟だな」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。セバスティアンが敵になるかどうか、まだ分からないわ。確かにあの人、腹黒そうだけど……」
「あの野郎の腹黒さは表情からダダ漏れだ。放っておけば兄とまとめて王位を巡る争いを仕掛けるに決まっている。いっそ二人ともまとめて潰してやるのが一番早い」
レオンハルトの目が明らかに危険な光を宿している。私はその言葉に慌てて手を振った。いつものことだけど、うちの兄はすぐに物騒な方向へ走ろうとする。
「待ってよ。潰すとか簡単に言わないで。相手は王族なのよ? 下手すれば国を巻き込んだ内紛になるわ」
「構わんさ。それで妹の名誉が守れるなら、こっちも手段は選ばない。王太子も第二王子も、どっちか一方が大人しくなるならまだいいが、あの男が“おまえと協力する”などとほざく時点で胡散臭さ全開だろう?」
「それは……否定できないけれど」
確かに、セバスティアンが私を利用して王太子を引きずり降ろそうとしているのはほぼ間違いない。だけど、私も私で、それを逆手に取ってうまく使える可能性があるとも思ってしまう。いや、危険な取引であることに変わりはないけれど……。
「お嬢様、セバスティアン殿下は本当に信用できなさそうなんですか?」
紅茶を差し出してくれるノエルが、遠慮がちに口を挟んでくる。
「うん。あの人、表情とか喋り方とか、完全に人を試している感じ。お世辞にも真っ当とは言えないわ。だけど、やけに情報通みたいなのよね。もしあの人から王太子の弱みを仕入れられるなら、うちとしては大きいんだけど……」
兄はノエルの言葉を聞いたうえで、苛立ちを隠そうともせずテーブルに拳を置く。
「情報か。なら、情報だけ抜き取って捨てればいいだけの話だろう。妹よ、おまえがあの男に丸め込まれる心配があるなら、俺が代わりに“始末”するが?」
「いえいえ、兄さま、それはどうかご遠慮ください。今は慎重に動かないと、第二王子と正面衝突するリスクだってある。もうこれ以上面倒ごと増やしたくないのに……」
私はうんざり顔で紅茶を口に含む。心配してくれているのは分かるけれど、兄のやり方はいつだって乱暴すぎる。
「でも、妹を敵視している可能性も高いんだぞ? やつはおまえの利用価値を見込んで近づいているだけかもしれない。もしその計画が成功したら、最後におまえを裏切る気満々だったとしても不思議はない」
「そうだとしても、それを承知の上でこちらも動きようがあるかもしれないでしょう? 一方的に拒否するのも惜しい気がするの」
兄が「惜しい」と言った私の言葉にピクリと反応して、眉をひそめた。
「まさか……妹よ、おまえ、あの第二王子に何か思うところがあるのか? 見た目は整ってるが、中身は王太子といい勝負の最悪さだぞ」
「別に好意なんてないわよ! ただ、あれだけの立場と情報網を使えるなら、こちらの狙いにはうってつけかもしれないというだけ」
思わず声を荒らげて反論すると、兄は半ば呆れ顔でため息をついた。ノエルはそんなやり取りを少し楽しげに眺めているが、当の私はまったく面白くない。セバスティアンの顔が脳裏をちらつく度に、訳のわからない胸騒ぎが生じてしまうのだ。
「まあ、その気持ちは分からなくもない。確かに王太子を失墜させたいなら、身内である第二王子の力を借りるのは効率的だろう。しかし、あの男に借りを作ったら最後、取り返しのつかない事態になりかねんぞ」
「ええ、それは承知の上。でも、こっちは目的のためなら多少のリスクは考えるべきじゃない? 今のまま自力で動いても、王家相手には限界があるわ」
「ぐ……確かにな」
兄が苦渋の表情を浮かべて黙り込む。その間にノエルが嬉しそうに手を叩いた。
「お嬢様、ならいっそ本当にセバスティアン殿下と取引なさってみるのはいかがです? もし殿下が余計な真似を始めたら、そこから対処を考えれば……」
「それも一つの手かもしれないわ。だけどまだ決めきれない。あの人がどこまで本気なのか、裏で何を考えているのかも分からないし」
視線を机上の書類に落とす。そこには王太子の愚行リストが山ほど積み上げられているが、どれも証拠が不十分で、あと一押しが必要なものばかり。セバスティアンの情報網を借りればこれらを補強できるかもしれない。その誘惑が、私の頭を悩ませる。
「妹よ、気をつけろ。あの男は兄を蹴落とすつもりだが、同時に公爵家だって無傷で済むとは限らない。どこに罠があるか分からんからな」
「ええ。だから、まだ曖昧に返事を保留してあるの。いざというときに利用してやろうかと思って」
「ふん……まったく、俺が常に見張っていないとおまえの周りには危険が多すぎる。あいつを潰すなら早いうちがいいだろうに」
再び物騒な発言をする兄を、私は制止の手で押し止めた。いつものパターンだが、ここで彼をなだめるのは骨が折れる。
「まずはノエルと一緒に、セバスティアンについてもう少し噂を集めるわ。王太子よりましとは言え、彼も相当曲者だもの。そこを把握してから動いても遅くないでしょう?」
「……分かった。おまえがそう言うなら従おう。しかし、何かあったらすぐに俺を呼べ。あの奴の企みを阻止するだけでなく、殴り飛ばすくらいの覚悟はいつでもできているからな」
「もう、兄さまの暴力話はいいから。頼むから軽々しく口にしないで……」
最後の兄の言葉は相変わらず過激だが、その分だけ妹思いであることが伝わってくる。ノエルがクスクスと笑いながら「お嬢様、そろそろ紅茶を温め直しますね」と席を立ち、部屋に一時の静寂が訪れた。
「とにかく、セバスティアン殿下の話は保留ね。私の胸の中でも整理がついてないし……なんだか変にときめきとか抱いちゃったら嫌だし」
「ときめき? ふざけるな。あんな奴に心を揺さぶられてたまるか」
「そ、そうよね! 第一印象は最悪だし。やっぱり油断ならないわ」
急に自分が言い訳じみた返事をしていることに気づき、軽く顔が熱くなる。まさか、あの冷たい王子にまったく魅力を感じていないと言えば嘘になるけど、あんな態度を取られて素直に好意を抱くほどお人好しじゃない。
――それでも、どこかで胸がざわつくのは事実だ。私の中の意地悪な声が、「あんなイケメンなのに最悪な性格……なんかそれ、逆に気になる」と囁いているようで、我ながら嫌になる。
「ま、妹よ。困ったらすぐ言え。おまえの面倒は俺が看る。セバスティアンだろうが王太子だろうが、まとめて地獄に落としてやるさ」
「だからその言い方……もういいわ。でもありがと、兄さま」
そう言って私はわざとらしく苦笑いする。形はどうあれ、家族の愛情は感じるし、ノエルも信頼できる。そこに追加される形で第二王子の存在がちらついて、物語はさらに複雑になっていくのだろう。
――胸騒ぎを抑えつつ、私は紅茶を飲み干した。セバスティアンの動向を警戒しながら、いつか彼の“本当の目的”を見極めてやる。それが私の今の最優先事項だ。
次なる行動をどうするか、兄との相談は続きそうだけれど、とりあえず一歩ずつ進むしかない。王太子への復讐という大目的に加えて、第二王子との微妙な駆け引き……思わず頭痛を抱えそうだが、ここで折れるつもりはない。
私は強く拳を握りしめ、決意を新たにする。“あいつら”全員を出し抜くか協力するかは、私次第。だからこそ、この手の中に全てを収められるよう、冷静に立ち回っていかないと。




