第1話 爆裂! 婚約破棄と危険な家族①
今日という日は、本来なら私にとって最高に晴れやかな記念日になる……はずだった。
――王太子アルフレッド殿下との婚約を祝うお茶会。それも会場は、私の実家であるグラディス公爵家の広大な庭園。大勢の貴族が招かれていて、華やかなテーブルクロスや彩り豊かな菓子、それに美しい花々が風にそよいでいる。準備だけは完璧。いかにも「王太子妃候補の私」に相応しい場だと思っていた。
実際、女友達も何人か参加しているし、周りの大人たちも目をキラキラさせて私に祝福をかけてくる。もちろん、それは嬉しい。だけど……問題は、当の王太子であるアルフレッド殿下がまだ姿を見せていないということ。
「まさか、もう少しお待ちくださいね?」
私がやんわりそう言うと、近くにいた貴婦人たちは困ったように目を伏せた。彼女たちも、まさか王太子がここまで遅刻するとは思っていなかったのだろう。
こんなにも大勢が待っているのに殿下はどこで何をしているのだろう。仮にも私と婚約を交わした方なのに。
(ま、まぁ少しぐらいの遅刻は大目に見てあげないと……。)
心の中でそう言い聞かせながら、私は庭園の中央にある泉のそばでグラスを片手に周囲へ微笑みを振りまく。
「リリエッタ様、本当におめでとうございますわ」
「王太子殿下とのご縁、羨ましい限りですわ」
こんなふうに直接声をかけられれば、不機嫌になりかけていた表情も自然とほころんでしまう。近々王太子妃になる身――その事実は私に大きな誇りを与えてくれている。
とはいえ、遅刻が続くというのはさすがに困る。もしや何かトラブルでもあったのかしら? それとも気まぐれで遠回りしているだけ? ああ、考えれば考えるほど苛立ちが胸に募ってしまう。
(でもここで怒った顔をしたら、みんなに変に思われそうだし……)
そう思いながら、私はグラスの中身を少し口に含んだ。甘みのあるジュースが喉を潤してくれる。ふう、と小さく息をついて周りを見渡せば、何人もの招待客たちが「あれ、いつ来るの?」という表情を浮かべているのが分かる。
私の隣に控える侍女は「もうすぐ殿下がいらっしゃるはずですから」と小声で囁いてくるのだけど、正直もうちょっと早く来てくれないかしら、という気持ちは隠せない。
今はまだ「婚約を祝う会」ですむが、これがもし王家の正式な場だったらと想像すると、もっと大ごとになりそう。
そもそもアルフレッド殿下は、少し自由奔放すぎるというか……私ですらフォローしきれないところがある。それでも未来の配偶者としてやっていくには、少しぐらい目を瞑るべきだと思っていたのに。
(もう、殿下を信じられなくなる前に、ちゃんと来てほしいんだけど……)
不安と苛立ちが半分混ざった複雑な気分でグラスを見つめていると、突然奥の方から大きな声が響いた。
「殿下がいらしたようですわ!」
その瞬間、ほぼ全員の視線が庭園の入口へと集中した。私も背筋を伸ばして笑顔を作り、できるだけ優雅に出迎えようとする。
そこには、ちょっと大仰なマントをはためかせながら入ってくる金髪の青年――アルフレッド殿下の姿があった。
久々に会った気がするけれど、会話をする前からなんだか予感がする。今日はろくでもない展開になりそうな、そんな嫌な胸騒ぎがしてならない。なぜなら、殿下の表情が今ひとつ冴えず、周囲に謝罪するでもなく、どこか不満げに私を見つめているからだ。
(え、何その顔。私が責められる立場? いや、遅刻したのは殿下でしょう?)
言いたいことは山ほどあるけれど、私は笑みを崩さず、まるで完璧な淑女のように歩み寄る。
「殿下、お待ちしておりました。どうなさったのかと皆さまもご心配しておりましたのよ」
極力柔らかい口調で声をかける。でも殿下は軽く顎をしゃくり、まるで私を責めるような瞳で見返してくるではないか。
「……ああ、悪かったな。いろいろあって遅れたんだ」
それだけ言うと、殿下はちらりと私の手元のグラスを見やり、どこか呆れたように鼻を鳴らす。
内心、「は?」という疑問が音もなく駆け巡る。でも、他の招待客が見守るこの場で大声をあげるわけにもいかない。私が固まっていると、殿下は急に回りの視線を意識したようで、慌てて咳払いをした。
「ま、まずはこの会を開いてくれて感謝する。俺と……その、グラディス家の令嬢との婚約を、こうして皆が祝ってくれるというのは光栄なことだ」
言葉の端々に引っかかるものを感じながらも、一応殿下は私の横に立って客人たちへ挨拶を始める。遅刻した当人が何を言うかと思えば、妙な素っ気なさで、むしろ私が気に食わないのかと思うほどだ。
(まるで私が原因で遅れたとでも言いたげに見えるのは気のせい……?)
うっすらとした嫌な予感は消えない。周囲の人々はさっそく「では乾杯を!」と盛り上げようとするけれど、私は笑顔の裏でずっとモヤモヤが渦巻いていた。
けれど、まだこのときは知らなかった。ここから先に待ち受けている、とんでもない出来事を――。
華やかな庭園に、どこか不穏な空気が漂い始める。私とアルフレッド殿下の婚約は、順風満帆どころか、一歩も動き出す前に大きな亀裂の予兆を見せていたのだった。




