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後編

 重苦しい雰囲気と沈黙が漂うなか、侍従が入室し、ヤメトケ2世に耳打ちする。

 それでゼニスキーが弾かれたように動きだす。


「やはりヤツは危険すぎます! 生かしておいては世のためになりませぬ!」

「危険すぎるし人間としてゴミなのは同意するが、多くの魔王を討伐した勇者だぞ?」

「ですが生かしたまま、というわけにもいきませぬ! なんとしても陛下の責任でヤツを討たねばなりませぬぞ! 下劣な勇者を招いた陛下の責任で!!」

「余は散々やめておけと警告したぞ? あの勇者はベテランだが危険人物で、ベテランの勇者という時点でどれだけ異常な存在か。それでも呼べの一点張りだったではないか」

「言い訳無用! 陛下には責任を取ってもらう!」

「今戻りました」


 ゼニスキーがヤメトケ2世を糾弾していると、無表情だがスッキリした様子のバリーが戻ってくる。

 その姿を見たゼニスキーがバリーにも矛先を向ける。


「よくおめおめと顔を出せたものだな! 我が国が誇る破魔将軍ウヌボレーヤを手にかけるとは!」

「お言葉ですが宰相様、さっき陛下と一緒に将軍を見捨てましたよね?」

「口答えするか! やはり貴様には罰を与える必要があるようだな!」

「老いて感情が抑制できなくなってきた感じっスか? 上も下もお口がユルユルになって、熟れきった果実が今まさに落ちようとしているんスか?」

「そこまでにしておけ。ウヌボレーヤはどうした?」


 顔を赤くするゼニスキーと、熱い視線を向けるバリーをヤメトケ2世が制止する。


「腰振りモンスター化した騎士の相手中っス。8割も適合して腰ヘコし始めたのは正直驚きました。宴はまだまだ続きそうっスね。残りの2割の方も生きているんで大丈夫っスよ? 寝込みましたけど」

「ずいぶんアッサリ譲ったな」

「自分は十分堪能しましたし、恋多き勇者なんで。それにしても将軍様、魔族の女子供を犯すときは角を掴んで嫌がる様を見るのが好きだったらしいっスけど、自分もご自慢の一本角を掴まれてしごかれると泣いて悶えて嫌がっていましたよ。やっぱり自分が嫌がることを他人にしたがるタイプなんスね。かわいい」

「そんな気色悪い話など聞きとうないわ」

「信じられん……あの破魔将軍が……」

「なにが破魔将軍だバカバカしい。あやつなぞ()()将軍で十分ではないか。これまでの魔族退治も大半が魔族の村を襲撃しただけであろう」


 唖然とするゼニスキーをよそに、ヤメトケ2世が吐き捨てる。


「でも魔族って正直クソそのものな種族っスよ? 俺が言えたことじゃありませんけど。大体、地上にある魔族の村ってどんな風に成立するかご存知ですか?」


 バリーからの問いかけに、ヤメトケ2世は首を横に振る。


「まずはごく少数を送り出して、行き倒れたフリをさせるっス。それを保護した善良な村に住み着いて、最初は隅の方でひっそり暮らしつつ少しずつ仲間を呼んで移住させていくんスよ。そして数が増えるごとに自分たちの権利を主張してどんどん呑ませて、時に暴力を振るって、そのクセ義務は果たさず我が物顔、最終的に村を乗っ取るワケっす。男は殺して女子供は犯してから殺して証拠を隠滅、これで魔族だけが住む村の出来上がりっス」

「しかし魔族は先祖代々住んでいると主張し、歴代の墓まであると聞くぞ」

「あんなのでっち上げっスよ。1年しか住んでいないのに50代先の先祖が埋まっているとか普通にフカしてきますし。この前なんかまだ生きて隣にいる父親の墓まで見せて泣き落としかけてきたんで笑っちゃったんスよね。まぁそういうところがかわいくて」


 バリーが微かに笑うのを、ヤメトケ2世は見逃さなかったが、触れないことにした。


「根本的な問題として、人間と共存する気皆無っスからね。自分たちは人間を虐殺しても当然の権利、人間が魔族を1人でも傷付けたら万倍に誇張して被害者面してわめきたて、族滅しても収まらず、未来永劫恨み続けるんスよ。男はこき使って殺す道具、女子供はコキ捨てて殺すか殺してからコキ捨てるかの肉便器がヤツらの認識っスよ」

「魔族が人間の敵なのは理解しているが、魔族の男は犯して死なせた後も蘇生してさらに犯し抜いて、女子供は男を犯したり絶望させたり上げ落としするための道具として利用し、死ぬことも発狂することも忘却も美化も許さず生かし続けるお前が言うと説得力が落ちるな」

「大丈夫っス。さすがに俺も全魔族を相手にするのは無理なんで。俺に遭遇していない魔族はたかが人間の手で完堕ちした魔王と幹部を殺して主導権争いを始めますし、新たな魔王が威勢よく、かつ性懲りもなく地上侵攻に勤しむ。この繰り返しっスよ、魔族は」

「たまに魔族の再侵攻のインターバルが短くなるのは?」

「真っ当な勇者が討伐した場合はそうなりますね。その魔王が弱かっただけ、たまたま負けただけ、ですぐ切り替えるんで。そういう切り替えの速さと危機意識と学習能力が欠如したところがまたイイんスけど」


 バリーはそこで話を切る。


「とにかく、対魔族戦で将軍様はそんな悪くないっスよ」

「……そんなことより! 貴様は同性愛者だな!? 神の教えで同性愛は固く禁じられておる! 異端者め、貴様は破滅確定だ!」

「待て。神殿を利用できる時点で神官は黙認しておる。何より至高神のお気に入りで権能をいくつか授かっておるのだ。神官たちにもどうしようもない」


 しつこく処罰を主張するゼニスキーにヤメトケ2世が投げやりな態度を隠そうともせず返す。


「大体、どのような罰を与えるというのだ? こやつに死刑なぞ何の意味もない。言っておくが肉体的な拷問も精神的な責め苦もこやつには通じぬぞ? 尻穴や目玉すら鋼鉄の杭をハンマーで撃ち込んだら杭の方が粉砕されてハンマーも弾け飛んだし、精神汚染系の魔法は掛けた側が何人も発狂したのを見たわ」

「ならば永遠に幽閉すればよいのです! この世に解き放たなければいい!」

「転移魔法も死に戻りもできるこやつをか? 仮に魔法やスキルを封じても至高神の権能ばかりは人の手では封じられぬし、こやつの場合、純粋な肉体(フィジカル)技術(テクニック)だけでどんな牢獄からも脱獄できるぞ」

「というか壁壊すのに魔法もスキルもいらなくないっスか?」

「普通なら壁を壊すのに魔法かスキルか道具が必要なんだわ」


 ヤメトケ2世からのダメ出しにゼニスキーは黙り込む。


「それにだ、罰を与えようにもこやつは罪を犯していないぞ?」

「……こやつは税を納めておりませぬ! 義務を果たしておらぬ者に法の庇護など不要!」

「いやちゃんと税金納めてますよこの国に来てからは」

「昨年の納税者ランキング5位だぞこやつは。そなたは宰相となってから一度たりとも100位どころか1000位以内にも入ったことはないが」

「宰相は税を納めなくともよいのです!」

「そんな法律ないしそなた以外にそんな運用されたこともないがな」

「黙らっしゃい!!」


 痛いところを突かれたゼニスキーは声を荒げる。


「仮に税を納めていたとしても反逆を企てた大罪人! わしが揃えた証拠もある! 今さら無罪を主張してももう遅い! 貴様は魔王を倒した気高き勇者からゲスな反逆者となるのだ!」

「それは困りますよ」


 少し眉を顰めるバリーを見るなり、ゼニスキーは勝ち誇る。


「やはり貴様とて名誉を汚されることは(いと)うか! だがもう遅いわ!」

「俺のやり甲斐がなくなるのはちょっと困るっス」

「やり甲斐だと?」

「ウッス」


 意外な言葉にゼニスキーが聞き返す。


「俺、魔王を倒して勇者として凱旋した日の真夜中に全裸徘徊(ストリーキング)するのが勇者稼業のやり甲斐なんスよ」

「は?」


 ゼニスキーの思考がフリーズし、マヌケな声を上げる。


「正確に言うと、真夜中に全裸徘徊しているときに親の言うこと聞かずに深夜に出歩いている男の悪ガキを見つけて、朝まで無言で追い回して最後にギャン泣きさせた瞬間こそが、ああ勇者やってるんだな俺、ってなる瞬間なんスよ」


 バリーは淡々と言葉を続ける。


「親の言うことも聞かず真夜中に出歩くようなイキった悪ガキって、根底には『大人の言うこと聞かないオレカッコイイ!』って見栄と、自分は絶対に危ない目には遭わないっていう根拠のない自信と危機意識の欠如、子ども特有の際限のない万能感がありますからね。それが全部ブチ壊されて泣きわめくところを見るのが最高の瞬間なんスよ」

「そ、それと名誉を汚されるのとなんの関係が……?」

「当たり前だけど、そんなことしたら犯罪者になるわけじゃないっスか。そうすると勇者としての実績が一瞬で崩れていくわけですよ。この自業自得で積み上げたモノを崩す瞬間こそが、自分が勇者をやっている自覚と、積み上げてきたモノの重みをこれ以上なく実感させてくれるワケっスよ。陛下ならわかりますよね?」

「お前とはそれなりに長い付き合いだけど、その趣味が度し難いこと以外は理解できたことがないし、理解できないし、理解できる気がしないし、理解したくないわ。理解したいと思ったこともないが」


 ゼニスキーは、完全に固まっている。


「話を戻すと、俺は自分の手で台無しにしたいんで、他人の手で台無しにされるのは解釈違いなんスよ。しかも国への反逆とか罪としてはありきたりすぎませんか?」

「お前の判断基準なんなの? 反逆罪がありきたりな罪だったら余は今日までに軽く10回は死んでるんだが?」

「それは置いておくとして、そんな証拠の捏造から冤罪までかけるようなあくどい真似をされたら……俺、下腹がキュンとして、玉と竿がギンギンになって、宰相様たちとこの国のこと……本格的に好きになっちゃって、気持ちが抑えられなくなりますよ……」

「それだけはやめてくれ本当に!!」


 頬をほんのりと染めるバリーを見た瞬間、ヤメトケ2世は顔色を変えて玉座から立ち上がる。

 焦りに焦ったヤメトケ2世の顔を見て、ようやくゼニスキーは再起動する。


「なにをそんなに焦るのですか? 国を好きになるのであれば……」

「ゼニスキーよ、ベルマン帝国は知っておろう? この大陸最大の版図に最強の軍事力を備えた大国だ。その()()()()帝国……ええいやはりダメか。とにかく、その最大版図を築き上げて()()()()()()()()()()()()()()()……これもダメか。当時の皇帝()()()()1()9()1()9()世……がそなたと同じように、いやそなた以上に悪辣な計略をもってこやつを陥れようと()()()()()()()()()()()()()()て、失敗して呪いを受けて()()()()()()()()()()()()()()たのだ」


 明らかに言いにくそうにしながら、どうにかヤメトケ2世は言葉を絞り出す。


「言いにくそうっスね」

「お前がかけた呪いだろうが。ベルマン帝国のある時代を語ろうとするとケツマン帝国に入れ替わり、皇帝や帝国の事績を語ろうとすると最後に全臣民の前でケツイキアクメしたと必ず付け加えられ、皇帝の名前に至ってはメスイキ1919世になるとか言いにくくて仕方がないわ。しかも言うだけではなくて記録や記憶も余さず改竄されるし、全臣民の前でケツイキアクメした瞬間の皇帝の顔が脳裏にハッキリと思い浮かぶとか。そもそもこれ解除できないのか?」

「至高神様の権能を借りて発動したので至高神様の同意がないと。ただ、至高神様はもちろん、女神様も俺が成し遂げた唯一最大の善行だと手放しに褒めてくださっているんで、事実上無理っスね」

「皇帝自ら神など必要ないと驕り高ぶり、神殿を破却して全臣民の前でケツイキアクメすれば当然か……せめてケツイキアクメとかの意味がわからないようにする呪いもかけてくれないか? おかげでケツマン帝国は誰も語りたがらなくて歴史の闇に消えそうなんだが」

「それだと凌辱にならないじゃないっスか。なにより、一大帝国の皇帝が俺一人のために謀略を巡らせて軍事力を投入し、ありとあらゆる手を使って俺を貶めようとする……これって愛の究極系じゃありません? だったら俺も永遠に残るレベルの愛で返さないと失礼じゃないっスか」

「その認識が大いに歪んでおるわ。というか、あの時本当に全臣民の前でケツイキアクメした皇帝の姿がハッキリと頭に思い浮かぶのはな、お前が思っている以上にキツいぞ? 人質時代に帝国に滞在して、一部始終を見届けた身としては」


 心底げんなりとした様子でヤメトケ2世はぼやく。


「ゼニスキーよ、こやつの好きを抑えられないとは帝国と同じ末路を辿ることを意味するのだ。それに、罪状が欲しいならおあつらえ向きなのがある。せっかくだから確認するぞ」


 ヤメトケ2世は玉座に座り直す。


「魔界から帰った日の真夜中、滞在した村で全裸徘徊した挙げ句、男は大人も子供も朝まで犯し、女は拘束してその一部始終を見せつけたとの訴えがあったが本当か?」

「本当っス」


 するとゼニスキーが水を得た魚のように元気を取り戻す。


「それ見たことか! やはり勇者は罪人だ!」

「待て。全裸徘徊はともかく、子どもまで犯すとはらしくないな。悪党の大人が好みなんだろう?」

「順を追って説明しますね」


 いきり立ち喚くゼニスキーを無視し、バリーが話を進める。


「あの村、かなり悪質な追い剥ぎ村っスね。老若男女問わず旅人を身包みはいで殺して犯して捨てるのは当然として、近隣の村を襲撃して肉奴隷にしたり人身売買も常態化していたようですし」

「村に入った衛兵隊によれば民家の隠し部屋に奴隷扱いされた他所の村人もいたとの報告があったな。ついでに近隣の村から何度も請願があったが、あの村がゼニスキー家に金品を上納して見返りにゼニスキーが全部握り潰していたとさっきタレコミが入ったが」


 ヤメトケ2世はゼニスキーを一瞥する。


「それで村のガキなんスけど……すごかったっスね。全員親から追い剥ぎその他の悪事とマインドセットを自然と叩き込まれた、エリート中のエリートっスよ。全裸徘徊している俺を見たガキどもの反応わかります?」


 心なしか興奮した様子で、バリーは言葉を紡ぐ。


「俺の弱みを握ったと判断して即座に有り金全部を要求したのが半数、親を連れてきて俺に犯されたと嘘泣きして親と一緒に謝罪と賠償を要求しだしたのが半数。村長の息子に至っては謝罪と賠償だけでなく言いふらされたくなければ俺に奴隷になれと言い出して、奴隷用の首輪着けて焼印付けようとまでしましたからね。あまりの悪のエリートっぷりに俺も感動しちゃって、子ども扱いはさすがに失礼だろうと性的暴行(わからせ)しちゃいましたよ。」


 バリーが笑みを微かに浮かべる。


「だから他の村からはお前の無罪や減刑を嘆願する投書ばかりが送られてくるわけか。しかしこんな魔族じみた追い剥ぎ村が実在したとはな」

「そもそも魔族のやり口を模倣してる感じっスね。一昔前はこういう追い剥ぎがメインでしたから。今は違法な薬物の製造密売が魔族村の主要産業っスけど」

「追い剥ぎ村の方は別途どうにかするとして、犯罪は犯罪だから一応罰を言い渡すぞ」


 ヤメトケ2世は居住まいを少し正す。


「勇者バリー・タッチを国外追放、および1年間の入国禁止とする」

「そんなものが通るか! ヤツは死刑にしなければ!」

「いい加減にせんかゼニスキー」


 ヤメトケ2世から言い渡された刑罰にゼニスキーが抗議するが、ヤメトケ2世が一蹴する。


「よいかゼニスキー、今一度だけ聞くぞ」


 ヤメトケ2世は心底呆れた様子で尋ねる。


「放置しておけば魔族と悪党にしか害を与えず、死にもしなければ毒も効かず閉じ込めることもできず、仮に死んでもすぐに復活し、おまけに国一つを滅ぼすどころか未来永劫凌辱することすら容易な勇者を、わざわざ我らの手で殺そうとすることになんのメリットがある?」


 ゼニスキーは答えられず、黙り込む。


「そういうわけだから、近いうちに国からは出てもらうぞ。追い出す形になって心苦しいが」

「いいっスよ。即位前からの付き合いっスから」

「とはいえ何も出さんわけにはいかんからな。ほれ」


 ヤメトケ2世は懐から金貨が詰まった袋を取り出し、バリーに投げ渡す。


「余のポケットマネーからだ。少しは生活の足しになるだろう」

「あざっス。じゃあ残りの用事済ませたらこの国出ますんで」


 袋を受け取りポケットに収めたバリーは一礼し、玉座の間から退室する。


 残されたゼニスキーはワナワナと身体を震わせていたが、顔を上げる。


「このクソが!! なぜわしの言うことを聞かない!? お飾り無能の分際で!!」


 宰相としての威厳など投げ捨て、ゼニスキーはヤメトケ2世を声の限りに罵倒する。


「確かに余は無能で有力貴族に担ぎ上げられただけのお飾りよ。人事権もまともにない。元はと言えば本家の継承争いで男児がほぼ全滅し、分家のうちで一番無能で後ろ盾がない余が繋ぎの王に選ばれ、今もまだ在位しているだけなのだからな。本家に男児が出来ては謀殺され、ようやく15になる男子が2人出たという体たらくたのせいだが」

「それも今日までだ! 本家のアンクーン様は昨日成人の儀を終えられた! 貴様など用なしよ!」

「本家には1つ上の兄のメイクーンもいるであろう? しかもメイクーンはかねてより俊英と名高い。それを差し置くつもりか」

「アンクーン様は貴族における声望がこれ以上なく高い! メイクーンなど邪魔なだけだ!」

「……まあ、アンクーンほどの暗愚ならば傀儡とするのも容易いであろうな」

「黙れ! よいか、明日にはアンクーン様をお連れして、そこでアンクーン様の立太子が完了すれば、貴様はその場でアンクーン様に継承して退位だ! せいぜい玉座の座り心地を噛み締めておくんだな!」

「……勝手にするがよい。帰り道には気を付けるのだな」

「ほざくな! 貴様こそ命の心配をしておけ!」


 ゼニスキーは荒々しく背を向け、玉座の間から出る。


「ヤメトケめ! 傀儡の分際でわしに恥をかかせおって……なんだ貴様は!?」


 部屋を出た直後、玉座の間にも聞こえるほどのゼニスキーの叫びが響く。


「どうも宰相様。知ってるでしょう? バリー・タッチでございます」


 待ち構えていたバリーと遭遇したようだ。


「そうではない! なぜわしの背後から!?」

「もちろん熟れに熟れていよいよ落ちる瞬間の果実を収穫しに来たんスよ。このままクーデターを起こして無様に失敗して、頭が耄碌(もうろく)して見ていられなくなるほどに老け込む前の、野心ビンビンで最後の輝きを放つ宰相様を思う存分に味わいたいと思って、ずっと恋患いしていたんスよ?」


 バリーはいよいよゼニスキーも毒牙にかけるつもりらしい。


「待て! や、やめろ! 先ほどまでの無礼は謝ろう! そ、そうだ! 金! 金ならやるぞ! それとも領地か!? 爵位か!? 欲しいものならなんでもやるから!!」

「今、なんでもやるって言いましたよね?」

「……あっ!?」

「なので宰相様自身をいただくっスよ。場所を変えましょうか」

「待て違う今のは言葉のあや……うもっ!? んんっ!」


 ゼニスキーの懇願も虚しく、玉座の間にはゼニスキーのうめき声と何かを吸うような音、遠ざかる足音だけが響く。


 バリーがどうやってゼニスキーの口を塞いでいるのか、ヤメトケ2世は想像したくもなかった。


 やがて足音が聞こえなくなり、ヤメトケ2世は嘆息する。


 ひとまず後任の宰相は決めなければならない。

 ゼニスキーはそう遠くないうちに、口に出すのも憚れる名前に変わるだろう。


「……だからやめておけと言ったんだ」


 ヤメトケ2世は小声でぼやく。


 ランボー・デ・ウヌボレーヤは、最後まで戻ってこなかった。

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