前編
設定、人名、時代考証、言葉遣いその他諸々全て適当ですのでご注意ください。
「陛下、決心の時です。勇者を誅殺いたしましょう」
「魔王が討たれた以上、ヤツは用済みです。陛下を脅かす前に討つのです」
王宮で2人の廷臣が国王に迫る。
片や宰相のケン・リョークト・ゼニスキー。痩せ気味ながら蓄えたヒゲと鋭い目が威厳を醸し出す。
宰相として内政を取り仕切り、王国最大の権力と経済力を誇る貴族の筆頭だ。
もう片方は王国軍の将軍ランボー・デ・ウヌボレーヤ。巌のような屈強な肉体と炯々とした双眼が目を引く偉丈夫だ。
ゼニスキーほどではないが高位の貴族で、魔王率いる魔族との戦争で活躍し、『破魔将軍』の異名で国内外に名を轟かせる王国随一の猛将でもある。
2人が魔王を倒した勇者の抹殺を進言したのは、国のためではない。
ゼニスキーは大きな殊勲を挙げた勇者が貴族入りし、自分を凌駕する権勢を得ることを恐れた。
政敵はひたすら蹴落とし圧をかけ、腰巾着のウヌボレーヤ以外は冷遇し、領主としては苛烈な収奪をして権力とコネを駆使して国への納税を無視して財貨を蓄えているので、人望など無きに等しいからだ。
ウヌボレーヤはどこの馬の骨とも知れない勇者が自分を上回る武功を立てたことに焦り、嫉妬と憎悪をかき立てられた。
対魔族戦で戦果を挙げたと言っても魔王軍の本隊には苦戦し、民草の被害も厭わぬ非道な作戦をしばしば実施し、兵の憂さ晴らしや自分のストレス発散で領内で略奪すら働いており、その武威に翳りが見え始めたからだ。
有り体に言えば、典型的な悪徳貴族だ。
2人の考えなど承知で、国王のヤメトケ2世が口を開く。
「なぜ誅殺する必要がある? 本人が言っていた通り放置すればよいではないか」
「本人にその気がなくとも、陛下に仇なす者が利用するでしょう。脅威はあらかじめ排除すべきです」
「ヤツはどこの馬の骨とも知れない男でありながら長らく勇者として戦い、戦歴は国内外に知られております。しかも庶民には被害を出さず、声望はますます高まるばかり。我らや陛下を凌ぐのは時間の問題かと」
「もちろん手は打ってあります」
渋るヤメトケ2世にゼニスキーとウヌボレーヤが畳みかける。
「ヤツが陛下の弑逆を企んでいることを察知したため、すぐにでもその旨を布告できるようにしてあります」
「すでに王国軍の主力をヤツが滞在している村に差し向け、包囲が完了したと先ほど報告がございました。ヤツは袋のネズミです」
「陛下の命令さえあれば英雄から一転、反逆者として無様に殺され、王国は安泰となるのです」
そして2人は声を揃えて迫る。
「さあ、ご命令を!」
2人とも王を共犯にし、万が一他国にバレたら王に全部押し付けて責任逃れをするつもりだ。
それを知ってか知らずか、ヤメトケ2世は嘆息する。
「やめておけ。そのような小細工が通用する相手ではないぞ、今回の勇者は。何度も魔王を討ち取り、魔族に恐怖と絶望を与えてきた歴戦の勇者だ。すぐにでも突破して……」
「もう来てるっス」
王が窘めている途中、突然扉が開き、誰かが入ってくる。
中肉中背に特徴のない顔を立ちをした、平凡という言葉がこれ以上なく当てはまる男だ。
男が軽く会釈して玉座に歩み寄ると、ゼニスキーとウヌボレーヤは目を見開き驚愕する。
「バカな!? なぜ貴様がここにいるのだ!? 勇者バリー・タッチ!!」
「貴様はすでに我が軍の十重二十重の包囲により孤立していたはず! それがなぜ王城に!? どうやってここまで侵入した!?」
その男……勇者のバリー・タッチは表情を変えずヤメトケ2世に顔を向け、面倒くさそうに頭を掻く。
「順を追って説明してもいいっスか?」
「貴様! 不敬だぞ!」
「構わん」
ヤメトケ2世はあっさり許可する。
「あざっス。まずどうやって包囲を抜けたかっスね」
バリーは表情を変えずに続ける。
「山を通って抜けました。主要な街道や比較的人通りが多い山道は警戒厳重でしたけど、底なし沼地帯とかとか渓谷なんかは全然人がいなかったんで楽勝っス」
「そんな場所を通ったというのか!?」
「魔界だと割とそういうルート使いますよ。平地だとモンスターどもがすぐに匂いを嗅ぎつけて殺到してくるんで。モンスターを蹴散らすのはともかく、魔族に俺の襲来がバレるんで」
驚愕するウヌボレーヤに対し、バリーはこともなげに答える。
「だが貴様とて水や食料がなければ生きてはいられないはず! 休憩や睡眠も必要だろう!」
「水は出力絞った水魔法で確保できますし、地上の動植物は大体食えますね。毒あるのは解毒魔法使うか最悪そのまま食っても自動回復スキルで相殺できるんで。ただ魔界だと植物はほぼないんでモンスター頼りっスね。たとえばオークなら手足切り落とした後に腹掻っ捌いて……」
「やめろ」
無表情で淡々と話すバリーにヤメトケ2世がストップをかける。
「そんなゲテモノ食材の話など聞きとうないわ」
「でもオークって美味いっスよ? 筋肉は全体的に淡白で」
「だからオークの味など聞きとうないし知りとうないし食いとうないわ。休憩について話せ頼むから」
ヤメトケ2世は無理矢理次の話題に切り替えさせる。
「休憩は木の上で寝たりっスね。普通に寝たり姿消しの魔法かけたり認識阻害の魔法かけたり自分の周りだけ時間停止させる魔法かけたりとやり方は変えてますけど」
「ふざけるな! 本当にそんな方法で軍を欺いたというのか!?」
「仮にやっていたとしても、何重にも警戒して山狩りまでさせたはずなのだ! それを抜けられるわけが……!」
「いや抜けたからここにいるのであろう」
まだ信じられないと言いたげな2人にヤメトケ2世がツッコミを入れる。
「そもそもの話、勇者とは少人数のパーティーもしくは単身で魔界まで乗り込み魔王を討伐する、いわば潜入工作のプロだ。王国軍の包囲や警備なぞ児戯に等しいであろう」
「ついでに言わせてもらいますけど、十重二十重の包囲網はかなりガバガバでしたよ。俺の特徴をざっくりとしか現場に伝えてないっスよね? 人相書きもこんな感じでしたし」
バリーは懐から人相書きを取り出して見せる。
載せられた似顔絵は、言われれば本人とわかる程度の精度だ。
「これじゃ検問で捕まえるにしても無理あるっスよ。認識阻害とか使わなくても見逃されると思いますし、検問覗いたら似たような体格の村人とか捕まえてましたから」
「先ほどから無礼なことばかり言いおって! コケにしているのか!?」
「忌憚のない意見ってヤツっスね」
「意見など求めていない! もう我慢ならん! この場で処刑してくれるわ!」
「やめておけ、ウヌボレーヤ」
逆上して剣に手をかけたウヌボレーヤをヤメトケ2世が制止する。
「色々と言いたいことはあるが、こやつはそなたの手に負える相手ではない」
「お言葉ですが陛下、いかに強くしぶとくとも勇者とて不死身ではございませぬ。不要となった勇者が始末された例など近年だけでもかなり……」
「あ、そこは訂正というか補足してもいいっスか?」
「貴様この期に及んで!」
「許可する」
怒り狂うウヌボレーヤを半ば無視してヤメトケ2世は発言を許可する。
「また忌憚のないこと言いますけど、毎度のように謀殺されるんで長年人材不足なんスよ、勇者業界」
バリーはチラッとゼニスキーとウヌボレーヤを見る。
「有望株はサポート職に行っちゃいますし、前衛でも冒険者ギルドで低ランク詐欺がトレンドっス。だから最近の新人はろくでもないのばかりで、すぐ死ぬか落ちぶれて定着しないっス。ずっと勇者やっているのはどうしようもなく人間性終わってる俺ぐらいっスよ」
「お前も一応勇者なのにそこまでボロクソ言うか?」
「一応俺が勇者になった頃はまだ花形でしたよ? 女神様の求める水準がやたらと厳しくてなり手がいなくなったもんで、しょうがないから『一見厳しいようですがこんな才能も容姿も平凡な凡人でも勇者になれますよ』キャンペーンで俺が勇者の末席に選ばれたんスけど」
バリーが勇者に選ばれた事情を話すと、ウヌボレーヤが顔を歪める。
「そんな……そんな下らない理由で選ばれたと口にするのか貴様は! これは世界を見守る女神様への侮辱だ!」
「陛下! 女神への不敬は本来ならば宗教裁判にかけて火炙りとすべき重罪! 今すぐ捕縛しましょう!」
「まあ待て。話が終わってからでも遅くはない。神殿に突き出しても向こうが困るだろうが」
「女神様も顔を合わせるたびに『お前なんか本当ならすぐにでも勇者クビにしてブチ殺してやりたい』と常々おっしゃってきますよ。他に成果上げる勇者がいないしどこも死後の受け入れを拒否しているし、上役の至高神様が仕事ぶりを評価しているから女神様にはどうしようもないらしいっスけど」
とにかく理由をつけてバリーを殺したがる2人をヤメトケ2世が制止し、バリーが付け加える。
「しかし本当にまともな人材はいないのか? たまに他の勇者が魔王討伐に成功しているが」
「その億が一で入ったまともな人材は成果上げるとさっさと引退するかまともな国に囲われて貴族入りするか、抹殺されるかで結局定着しないんスよ。仮に続けても大抵は副業扱いっスね」
勇者の事情について一通り暴露したバリーは、改めて口を開く。
「話を戻すと、勇者は簡単に殺せるんじゃなくて、簡単に殺せる程度の勇者しかいないんスよ」
「こやつの不死性は……実際に見た方が早いであろうな。例のものを持ってこい」
ヤメトケ2世が声をかけて少し経つと侍従がやってくる。
ただし、2人がかりで棺のような大きく分厚い金属の箱を抱えている。
侍従は金属の箱を置くとすぐに広間を出る。
「箱から離れよ。命が惜しければな」
ある程度2人が離れたところでバリーに声を掛ける。
「箱を開けよ」
バリーが箱を開け、拳大の黒い塊を取り出す。
その瞬間、ゼニスキーとウヌボレーヤの背筋に怖気が走る。
「あれは!?」
「ヒュドラの毒嚢だ。毒盃に使っていることは知っておろう? 通常は1万倍に希釈したものを使い、並大抵の勇者なら5000倍に希釈したもので十分殺せるヒュドラの毒……その原液が詰まっている」
世界でもトップクラスの劇毒だ。匂いを嗅いだだけで耐性のないものは中毒を起こすとまで言われている。
それを手にしながら、バリーは平然としている。
「ではいつものを頼むぞ」
「ウッス」
次の瞬間、バリーは毒嚢にかぶりつき、溢れ出る猛毒を一滴も垂らさずに飲み下していき、残った毒嚢もバリバリと噛み砕いて飲み込んでしまう。
バリーは苦しむどころか顔色一つ変えず、平然としている。
「この通り、ヒュドラの毒の原液を飲んでも苦しむ素振りすら見せぬのだ。こんなヤツ、異端審問にかけて拷問しようが宗教裁判で火炙りにしようが死ぬと思うか?」
「そこは訂正を。自動回復の回復量が上回っているだけで毒状態にはなってるんで。おかげで目がチカチカしてうっとうしいんスよ」
「本来即死するヒュドラ毒でそれとか誤差の範囲内では?」
「それでもストレスになるんスよ。ぼちぼち解毒してもいいっスか?」
「構わんぞ」
絶句するゼニスキーとウヌボレーヤをよそに、バリーは人差し指を自分に向け、無詠唱で解毒魔法を発動させる。
バリーが相変わらずな無表情なのに対し、2人の悪徳貴族は固まっていたが、気を取り直す。
「……デタラメだ! トリックだ! インチキだ! ヒュドラの毒を飲んで死なぬはずがあるか! 何かの間違いに決まっている!」
「陛下! 悪戯が過ぎますぞ! わざわざヒュドラ毒の偽物まで用意して我々をからかうとは!」
ゼニスキーはヤメトケ2世と組んだ悪戯と強弁する方向で行くようだ。
一方のウヌボレーヤはその場で剣を抜き放ち、バリーの首に切っ先を突きつける。
「仮に毒では死なぬとしても! 首を刎ねれば死ぬはずだ! 何人もの勇者を殺してきたこの魔剣『ブレイブキラー』を使えばな!」
ウヌボレーヤの持つ剣が赤く妖しいオーラを放つ。
「それだけではない! 来い!」
続けて声を張り上げると重武装の騎士たちが何人も踏み込んでくる。
豪奢な鎧を身に着け、手には赤く輝く長剣を握っている。
「これぞ王国が誇る精鋭中の精鋭! 近衛師団第十三大隊、またの名を『真聖騎士団』よ! このウヌボレーヤが直々に選抜して鍛え上げ、大枚はたいて集めた聖剣を装備した最強部隊だ!」
「本当にそんな実力あるなら勇者なんて呼ばなくてよかったんじゃないっスか?」
「フン、元より戦力を温存するために馬の骨たる貴様を利用し、用が済んだら討ち取って名を挙げるという流れよ!」
ウヌボレーヤは胸を張り、剣を握り直す。
「陛下にも見ていただきましょうか! 勇者なぞ塵に等しいということを!」
「やめておけ、ウヌボレーヤ。そやつは……」
「黙らっしゃい! 王子時代からの付き合いとはいえこやつは大罪人! 情けは無用!」
諌めるヤメトケ2世を強気で遮り、ウヌボレーヤは得意げにバリーを嘲笑する。
「無様だな。私の前に現れなければよかったものを。何か言い残すことはあるか?」
「言っておきたいこととやっておきたいことは割とあるんスけど、時間ないっスよね?」
「潔いことだな、気に入った。なんでも言えばいいし、なんでもすればいいではないか。それぐらいの慈悲は与えてやってもいい」
「……今、『なんでもすればいい』って言いましたよね?」
次の瞬間、バリーの口角が上がり、野獣の如き鋭い眼光をウヌボレーヤに向けたのを、ヤメトケ2世は見逃さなかった。
しかし、ウヌボレーヤ本人含む周囲は気付かない。
「言ったとも……なんでもしてよいぞ? 死んだ後ならばな! 死してから我が名と強さを讃え、恨み言を喚き散らすがよい!!」
そして魔剣を振りかぶり、渾身の力で横薙ぎに振るうとバリーの首が飛び、頭と残された身体がほぼ同時に小さく爆発して消失する。
少し間を置き、ウヌボレーヤは大笑する。
「やはり勇者など大したことないではないか! こんな男を恐れていたというのか、陛下は……いや愚王ヤメトケ2世!」
そして今度はヤメトケ2世に剣を向け、真聖騎士団もヤメトケ2世とゼニスキーを取り囲む。
「貴様の愚劣さにはいい加減うんざりだ! 老害ゼニスキーの暴虐にもな! 魔族殲滅の英雄にして勇者殺し、破魔将軍ウヌボレーヤがまとめて誅殺し、国を正してくれるわ!」
「貴様何を言っているのかわかっているのか!? 陛下を手にかければ逆賊ぞ!」
「ヤメトケ殺害の罪など勇者にでも着せればよい。それよりジジイ、状況がわかっているのか? 今兵力を握っているのは私だけだ。貴様なぞただの老いぼれにすぎん!」
慌てふためくゼニスキーを一喝するウヌボレーヤに、ヤメトケ2世は嘆息する。
「この期に及んで他人事か? 私の機嫌を損ねたらどうなるかわからんようだな!」
「絶好の機会が来たと思って行動に移したのだろうがな、ウヌボレーヤよ」
「誰に向かって口を利いている!? 最早貴様は私の主君ではない! 私に討たれるべき敵で、踏み台だ! 馴れ馴れしい口を利くでないわ!」
「……なら『元』主君として最後に忠告してやろう。勇者の加護に復活があることを知らんのか? 勇者は死してなお蘇ることができるのだ。いずれはお前を……」
「もういるっス」
「ごめん予想していたよりずっと早かったわ」
すると玉座の間のドアが開いて無傷のバリーが入ってくる。
「バカなバカなバカな!! なぜ貴様が生きているのだ!?」
「一回死んだっスよ? 死んだけど……」
「何をしている!? やれ!」
半狂乱になったウヌボレーヤが指示を出し、真聖騎士団が一斉に飛びかかる。
だがバリーの身体から放たれた無数の閃光が当たるなり、騎士たちは全員昏倒する。
さらにウヌボレーヤの持っていた魔剣に赤い光線が当たり、魔剣が粉々に砕け散る。
あまりのことにウヌボレーヤが絶句している間に、バリーが歩み寄る。
「大丈夫っスよ。武器破壊の魔法と最近開発した『対象に気絶と催眠を付与して目覚めたら寝取られ性癖を励起させて適合した場合は鬱勃起シコザル化からのヘコヘコ腰振りモンスターに進化させる』魔法を使っただけですから」
「なんでそんな無駄に効果が回りくどい魔法を開発した?」
「趣味っス」
ヤメトケ2世からのツッコミに、バリーは即答する。
「それより、ずいぶんと駆けつけるのが早かったではないか。転移魔法か?」
「最近習得した再出現のスキルっスね」
「再出現?」
「死んだら事前に登録しておいた場所から復活できるスキルっス。今回は玉座の間の扉前も登録しておいたんで」
「なぜそのようなスキルをいちいち覚えたのだ? 死んでも神殿で復活できるであろう」
「最近就任した神官長が真面目で敬虔な方でしてね。この前の迷宮攻略最速記録挑戦中に手順間違えて自殺したときに、ちょうど神官長がいる神殿で復活しまして。前々から気軽に死んでは復活していることを前任から聞いたらしくて、悲しそうな顔をしながら滾々と命の大切さを説かれまして。なんか申し訳なくて敷居が高いんスよ」
「言いたいことはたくさんあるが、申し訳ないと思う心がお前にも多少なりともあったことが一番の驚きだわ」
そしてバリーは、ウヌボレーヤにねっとりとした熱い視線を向ける。
「それより、さっきおっしゃったこと忘れてませんよね? 将軍様……死んだ後ならなんでもしていい、って」
「……なっ!? い、言っていない! そのようなこと、私は言っていない!!」
「いや言っておった。そうであろう? ゼニスキーよ」
「言っておりましたな」
「陛下! 宰相殿! 私を見捨てるつもりですか!?」
「見捨てるもなにも、余はすでにそなたの陛下ではないのでな」
ようやく自分が置かれた状況のまずさに気付き、ウヌボレーヤは言い逃れようとするが、ヤメトケ2世とゼニスキーが冷たく言い捨てる。
そしてバリーは音もなくウヌボレーヤの背後に回り込み、羽交い締めにする。
「ええい離せ! 逆恨みで殺そうというのか!?」
「そんなことしませんよ。それよりずっと言いたかったことがあるんス」
大柄で筋肉質なウヌボレーヤが全力で抵抗しても小揺るぎさえしない。
それどころかますます力が強まり、膝カックンを受けたウヌボレーヤが膝をつく。
そしてバリーがウヌボレーヤに囁きかける。
「あんたのことが好きだったんスよ」
「はぁ!?」
熱い吐息混じりの迫真の告白に、ウヌボレーヤが目を見開く。
しかしバリーは止まらない。
「ゴツい体格に男前の顔、筋肉が詰まっているクセに肝心な部分がスカスカな脳ミソ、そして何よりどこまでも黒くてあくどい人格……オスと悪の匂いをムンムンさせて、ずっと俺のこと誘ってたんスよねスケベ将軍様。もう出会った瞬間から恋患いしちゃってたんスよこのビッチ貴族め。今からあんたを猥褻物陳列罪と勇者誘惑罪と逆性交強要罪と本気汁漏洩誘発罪で逮捕連行して動物裁判にかけて三審までしっかり審理して判決確定させてやるからなドスケベモンスター筋肉種ウヌボレーヤが死ねよ」
「おいさっきから何を言っているんだ!? 陛下! こやつを私から引き離してください!」
「いや無理だ」
「それにさっき言ったでしょ? 死んだらなんでもしていいって。ちゃんと剣撃に合わせて自死魔法で死んでからこうしているんスよ」
「やけにあっさり死んだと思ったらやはりそういうことか」
ウヌボレーヤの鎧をむしり取ったバリーをよそに一人納得していたヤメトケ2世だが、厚い胸板を触り始めたところで声をかける。
「それ以上はよそでやれ。むさい男が犯される光景なぞ見たくないわ」
「じゃあ河岸を変えましょうか。騎士の皆さんも連れて行っていいっスか? 実質将軍様の私兵みたいなんで」
「構わん」
「どうもっス。じゃあ行きますよ……あんたのお尻、あんたの性剣、あんたの毛深くてガチムチのカラダ、そして極悪で醜く救いようのないココロ。全部凌辱してあげますからね」
「やめろ! 離せ! 離してくれ! 謝る! 謝るから離してくれえ!!」
ヤメトケ2世の言に従い、バリーはもがくウヌボレーヤを引き摺って玉座の間から出ようとする。
同時に騎士たちが一斉に立ち上がり、緩慢な動きでバリーに従い歩き出す。
玉座の間の扉が勝手に開き、まずはウヌボレーヤを引き摺ったバリーが退室し、騎士たちがそれに続く。
最後の騎士が退室して扉が閉じてからも、ウヌボレーヤはわめき続ける。
「さっきのは冗談! ジョークだ! 貴族ジョーク……ンん~~!? ン〜!?」
だが途中で口を塞がれたのか、うめき声しか聞こえなくなる。
やがて足音が遠ざかり、うめき声も聞こえなくなり、騎士たちの気配もなくなる。
一連の流れをゼニスキーは硬直したまま見送り、ヤメトケ2世は嘆息し、その場を沈黙が支配する。
破魔将軍ランボー・デ・ウヌボレーヤは、それっきり戻ってこなかった。