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初めて公爵様と顔を合わせたのは、結婚式当日だった。
迎えに来た馬車に乗せられ、揺られること半日以上。たどり着いたのは小さな教会だった。中に入ってみると、いたのは司祭一人だけ。
『このままでお待ちください』
司祭にそう言われて待つこと一時間。
日が昇り始める頃に家を出たが、すでに日は落ちて外は暗くなっている。
きっと公爵様は忙しい人なのだろう。だから仕方ない。そう言い聞かせても、さすがにただ立っているだけでは暇で暇た。それにできることならここから早く離れたいと思っている。
しかし待つことしかできない私は、教会の窓から見える星をぼぉーっと眺めていると……
――ギィィィ
突然扉が開く音が聞こえてきた。
(誰か来たのかな?)
私はその音につられて後ろを振り向く。するとそこには一人の人物が立っていた。
『前を向け』
振り向いた途端、冷たい声が教会に響き渡った。
『っ!』
私はすぐ前に向き直った。これまで生きてきたなかで、こんなに冷たい声を聞くのは初めてだ。心臓がバクバクしている。
落ち着かせるために呼吸を整えていると、その人が私の隣に立った。
『始めろ』
『それでは――』
結婚式が始まった。どうやら私の隣に立つこの人物こそが、結婚相手であるペンゼルトン公爵様のようだ。
そして結婚証明書にサインをし、結婚式(と呼べるかはわからない)が終わると、公爵様はさっさと帰ってしまった。
顔は振り向き様にチラッと見ただけで、声も一言二言耳にした程度。……どおりで顔や声が思い出せないはずである。忘れてしまったわけではない。そもそも覚えるほど見聞きしていなかったのだ。
ただ公爵様の容姿でなんとかかろうじで記憶に残っているのは、瞳の色がどこか懐かしさを感じさせる碧色をしていたことくらいであった。