7
私がペンゼルトン公爵家に嫁いだのは今から十年前のこと。
それはある日突然なんの前触れもなく、ペンゼルトン公爵家から縁談が舞い込んできたのだ。
正直言って理解不能だった。
普通、公爵家からの縁談ともなれば大喜びするものなのだろう。だけど我が家はその普通には当てはまらなかった。
我が家――メルト伯爵家は、超がつくほどの貧乏なのだ。貧乏と言ってもいろいろあると思うが、我が家は使用人など雇う余裕などなく、掃除洗濯料理と全ての家事を自分たちでこなすほどの貧乏である。
贅沢な甘いお菓子など夢のまた夢。きれいなドレスを着て社交界に出ることは叶わない。
だからそんな家の娘に縁談など、とても正気の沙汰とは思えなかったのだ。それも縁談の相手が、この国唯一の公爵家の当主ときた。
これが私ではない他のご令嬢であれば、間違いなく喜んだに違いない。だけど私はただただ恐ろしかった。我が家と婚約なんてしても、公爵家には何の利益もないのに、どうしてなのかと。何か怪しいことや危険なことに巻き込まれるのではないか。
けれどたとえそうだったとしても、相手は我が家より遥か格上の公爵家。こちらから断ることなどできやしない。
一体どうすればいいのか。
悩みながら家族で書状を読んでいたが、ふとその中のある一文に私は目が釘付けになった。その一文とは、
【縁談を受け入れれば資金援助を約束する】
というものであった。
さらにその続きには金額も一緒に書かれていたが、それはそれはとてつもない金額だった。こんなにゼロが並んでいる数字を見るのは、きっと最初で最後だろう。あまりの金額に驚きはしたが、意外と私の頭の中は冷静だった。
このお金があればボロボロの屋敷を直すことができるし、領地の整備や領民に与える農機具だって新調できる。そしてなにより、可愛い弟にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげることができる。そんなことで頭がいっぱいになった。
八つ下の弟は食べ盛り真っ只中。貧乏な我が家では、これまで満足にご飯を食べさせてあげることができなかった。
だけどこの縁談を受けさえすれば、望みがすべて叶う。屋敷も領地も整えば父と母は楽になるし、弟には素敵な婚約者かできるかもしれない。
気づけば恐ろしさなどどこかへ消え去っていた。
だから私はペンゼルトン公爵との縁談を受け入れることに決めた。両親には再三考え直せと言われたが、私にはこれが最良だと思えたのだ。
それに私ももう十七歳。両親が一生家にいてもいいと言うからつい甘えていたが、やはりいつまでも家にいるわけにはいかない。小姑がいる家など、いつか迎える弟のお嫁さんが嫌がるだろう。
そして私は反対していた両親をなんとか説得し、ペンゼルトン公爵家に嫁ぐことが決まった。
通常嫁入りの際は、持参金や嫁入り道具を新婦側の家が用意しなければならない。けれど当然我が家にそんな余裕があるわけもなく。
けれど公爵家から持参金も嫁入り道具も不要だと言われ、私は文字通り、身一つだけで会ったこともないペンゼルトン公爵へと嫁ぐことになったのだった。




