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 国王陛下からは、巡礼が終わればあとは好きにしていいと言われているが、そういうわけにはいかないだろう。そう思ってクレイ様に質問したのだけれど……



「……フローリア」


「っ!」



 クレイ様の雰囲気が変わった。先ほどまでの気さくな感じはなくなり、声も表情も真剣なものへと変わっていく。

 突然の変化に驚いてしまったからなのか、碧の瞳に見つめられているからなのか、心臓がひどくうるさい。



「屋敷に帰ったあとのことなんだが」


「は、はい」


「その……」



 口を閉じたり開いたりを繰り返すクレイ様。何か言いづらいことなのだろうか。



(もしかして屋敷から出ていけとか?そ、それとも離婚……?)



 そんな最悪な考えが頭を過った瞬間……



「屋敷に帰ったらもう一度、結婚式を挙げないか?」


「……え?結婚式、ですか?」



 なぜここで結婚式の話が出てくるのか。結婚式は十年前に済ませている。それをもう一度?



「えっと、それはもう十年前に済ませて」


「私がフローリアを想っていることは知っているだろう?」


「っ!……はい」



 初めて公爵邸に行った日に打ち明けてくれた話は、もちろん今でも覚えている。むしろ忘れられるわけがない。



「ずっと後悔していた。あの時はまだフローリアに気づいてはいなかった。だけどそれは言い訳で、十年前のあれは最低な結婚式だった。そしてその選択をした私も」



 たしかにあの時は、あれを結婚式と呼んでいいのかとは思ったりもした。だけどその日以降は、日々を生きていくのに必死で思い返すことなんてなかったし、そもそも私は始めから特に気にはしていない。けれどクレイ様はずっと後悔していたようだ。




「自分勝手なのは分かっている。だけど私はもう一度フローリアと結婚式を挙げたい。そして本当の夫婦になりたいんだ」


「……本当の夫婦?」



 今だって私たちは夫婦だ。でもクレイ様はそうは思っていないということ。ではクレイ様の言う本当の夫婦というのは一体……



「私はもっとフローリアに触れたい」


「っ!」



 頬が熱くなり、赤くなったのが分かる。でも宝石のような碧色の瞳から目が離せない。



「都合がいいことを言っているの分かっている。もちろんあの十年が許されるとも思っていない。……だけど私はフローリアと本当の夫婦になりたいんだ」


「……」



 どう答えるのが正解なのか。突然の話で言葉が出てこない。



「まだ屋敷に着くまでには時間がある。だから少しでも可能性があるのならば考えてみてくれないだろうか」


「わ、私……」


「もちろん嫌ならそう言ってもらってかまわない。その場合離婚するのは難しいが、必要な時以外は一生触れないと約束しよう」


「っ!」



 クレイ様の発言に胸がギュと締め付けられる。

 思い返してみればクレイ様が私に触れたのは、エスコートが必要な時などを除いて、開国祭の時だけ。


 クレイ様にもっと触れたい。


 口には出さなくても、私は心の中で何度も思った。手を伸ばせば触れられるのに、触れられない。でもそんなことを口にするのははしたないと、そっと心に仕舞っていたのだ。


 でもこの瞬間、私とクレイ様は同じ想いを抱えているということを知った。

 それなら首を縦に振ればいいだけだ。けれどクレイ様は、いまだにこれまでのことを気にしている。どれだけ大丈夫と言っても、受け入れてくれず、自分が悪いと言い続けているのだ。

 もちろん驚きはしたけれど、それだけ。クレイ様を恨んだことなんて一度だってない。

 私の返事はとっくに決まっていた。だけどどうやって伝えればいいのか。


 そうこう悩んでいるうちに、いつの間にか馬車は公爵邸へと到着してしまった。



「さぁ行こう」



 クレイ様が馬車から降りるために手を差し出してくれる。私はその手を見つめ、決意した。



(……うん!女は度胸よ!)



 私はクレイ様の手を取り……



 ――チュッ



「フ、フローリア!?」



 クレイ様の頬にキスをした。これが私の答えだ。伝われ、私の想い……




 ――パチパチパチパチ



「「「おめでとうございます!」」」



「え?……あ」



 クレイ様にはきっと伝わったと思う。だけどどう伝えようかということで頭がいっぱいだった私は、今ここがどこだか忘れていた。

 使用人たちに盛大に祝われたことは言うまでもない。



 ◇



 それから数ヶ月後。

 私たちは十年前に誓いを交わしたあの教会で、もう一度誓いを交わした。

 そして初めてのキスをしたのだった。



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