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「もしかしてあなたはここの使用人か?」
「え……あ、そ、そうです!」
ここに使用人などいない。ここに住んでいるのは私一人だけなのに、とっさに嘘をついてしまった。
だけどそんなことは目の前の人には分からないだろうし、この服装から私が貴族だとは思いもしないはずだ。
(落ち着け、落ち着くのよ私!)
ただでさえ自分でも怪しい格好をしている自覚はある。ここでおかしな反応をすれば、さらに怪しまれてしまう。だから焦らず落ち着いて対応しなければ。たとえどんな返事が返ってきたとしても……
「そうか。今までご苦労だったな」
「……え?」
「ああ、なに心配はいらない。退職金とは別に今日までの給料はきちんと支払うつもりだからな」
「……」
てっきり疑われたり、何か命令でもされるのではと身構えていたのに、返ってきた返事に私は焦るどころか呆然としてしまった。
慣れた感じで使用人(のふりをした私)に労いの言葉をかけ、何事もなく解雇通告をするこの男性は一体何者なのだろう。
一瞬旦那様かと思ったりもしたが、さすがにそれはないと思い直す。だってそもそも私が旦那様の声を間違えるわけ……
(……あれ?旦那様はどんな声をしていたかしら?あら、それに顔も……)
ここにきて衝撃的な事実に気づいてしまった。まさか旦那様の声も顔を覚えていないだなんて……
とてつもない衝撃を受けた私だったが、相手はそんなことに気づくわけもなく。
「詳しくはあとで担当の者に説明させよう。何か分からないことがあればその者から聞いてくれ」
「……」
「聞いているのか?」
「あっ……は、はい!」
「……まぁ、いい」
(……終わった、かな?)
それなら早く帰ってくれるとありがたい、なんてことを考えていると
「ではとりあえずここにフローリア嬢を呼んできてくれないか」
「……え?」
まさかここでその名前が出てくるとは。『フローリア嬢』というのは私のことだ。
どうやらこの人は道に迷ったわけではなく、私に用事があってここに来たらしい。それならそうとさっさと言ってくれればいいのにと思ったが、薬を飲んでいなかったのでやっぱり最初から来ないでほしかったと思い直す。
それに私は先ほど使用人だと嘘をついてしまった手前、今さら『はい、私です!』とは言い出しづらい。これはどうしたものか。
「どうしたんだ。ほら早く彼女を連れてきてくれ」
すると、目の前の男性がその場から動こうとしない私に苛立ったように語気を強めた。
「それが、えっと……」
しかしそうは言われても、お探しの人物はもう目の前にいる。ただこの状況ではさすがに名乗り出ることはできないだけで。
(ま、まずいわね……)
この状況を乗り切れるようないい案はまったく思い浮かばない。そうこうしているうちに男性が私のことを疑い始めた。