38
「それからは一人で勝手に外に出ないようにしていました。それに念のため、毎日髪色を変える薬を飲むようになったんです」
「……疑問なんだが、私が知っている限り髪の色を変える薬というのは高価なものだったと記憶している。だけど君は毎日飲んでいたんだろう?メイト伯爵家にそんな余裕はあったのか?」
クレイ様の言う通りで、髪の色を変える薬は高い。たとえ貴族であっても、とてもじゃないが毎日飲めるような代物ではない。生活に余裕のなかった私たちなどなおさらだ。
ではなぜ五歳からこれまで、毎日その薬を飲み続けることができたのか。
それは母がその薬の材料と作り方を知っていたから。
髪の色を変える薬のような特殊な薬の製造・販売は、教会の管轄となっている。だからシスターとして教会で働いていた母は、その時に作らされていたので嫌でも覚えてしまったのだそうだ。
「たしかにあの薬は買うと高価ですが、材料は安価でどれも簡単に手に入れられるようなものばかりなんです。だから自分たちで材料を買って作っていました」
「なるほど」
「……もちろん私が聖女だと名乗り出ることも考えました。そうすればすべての問題が解決できるんじゃないかって。……でも教会とはこれ以上関わりたくなかったんです」
私が聖女として認められれば母も聖女の産みの親として、孤児だという引け目を感じる必要はなくなる。そうすればヴィード侯爵の脅しを気にしなくても済む。
ただそうは分かっていても、教会を信用することができなかった。だって教会にはヴィード侯爵と繋がっている司祭がいたから……
「これまではお金さえ払っていれば危害を加えられることもなかったので、自分たちの生活を削ることでなんとか耐えていました。……ですがさすがに今回のことは、見て見ぬふりはできません。だからどうか私も開国祭に参加させてください。お願いします!」
これはこの国と恩人であるクレイ様の今後の人生を左右するはずだ。いい方向に進むのであればそれでいい。だけどあの男が絡んでいる以上、それはあり得ないだろう。それに私たち家族も、あの男に怯える人生はもう終わりにしたいのだ。
「……わかった」
「っ、ありがとうございます!」
「だがこれだけは約束してくれ。絶対に私の側からは離れないと」
「!」
「何があっても私が君を守る。……だから私の側にいてほしい」
まるで小説のような台詞だ。だからなのか、胸がキュッとなった。もちろんクレイ様は、ただ私の身を案じてくれているだけ。分かっている。
それに私も今はよく分からないことを考えている場合ではない。これは私にとっても大きな人生の分岐点となるだろう。正直その後のことは全然考えていない。間違いなく大変なことになる。
ただ今動かなければ絶対に後悔する、それだけは不思議と確信できるのだ。
私とクレイ様は夫婦だ。だから私は彼を信じて前に進むのだけ。
「はい。ずっとクレイ様の側にいます」
「っ!」
「あの人たちの悪事は必ず阻止しましょう!」
「あ、ああ、そうだな」
「はい!」
それからの私たちは開国祭までの間、忙しい日々を送ることになった。
そして一ヶ月後、開国祭が開かれたのだ。




