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「フローリアは何も悪くない。これは私の愚かさが招いたことだからな」
クレイ様はそう言うが、このままでは……
「……ほ、他に継承権をお持ちの方は」
「今現在、王位継承権を持つ者は私までしかいないんだ。……本来なら私もとっくの昔に継承権を放棄していてもよかったんだが、国王陛下の子は王太子殿下しかいなくてね。王子たちがある程度大きくなるまでは継承権を放棄できなかったんだ。それに……」
「っ!」
クレイ様と目が合った。ただそれだけなのに落ち着かない気持ちになるのは、どうしてだろう。
「それに私はどうしても聖女と、君と結婚したかったんだ。だから王位継承権を放棄できなかった。……笑えるだろう?君は十年もの間ずっとそばにいたというのにな」
「クレイ様……」
「だから開国祭でその者が聖女と認められれば、私は必ず婚姻しなくてはならないだろう。……君にはまたしても迷惑をかけることになるな。本当にすまない」
クレイ様が深々と頭を下げてきたが、私はなんて声をかければいいのか。
『気にしないでください、私は大丈夫ですから』
本当ならこう言うべきなのだろう。そうすればクレイ様を困らせることはない。
「っ……」
だけどどうしてなのか。思うように言葉が出てこないのは。
一体ヴィード侯爵は、どんな手を使って国王陛下の病気を治すつもりでいるのか。分からない。でもあの男のことだ。開国祭で披露するつもりでいるのなら、間違いなく何か考えがあるはず。そしてもしもその企てが成功したとなれば、この国はあの男に手出しができなくなってしまう。
これまで復讐なんて一度も考えたことはなかった。だって考えたところで私には何もできないし、毎日を生きるのに必死だったから。
だけどクレイ様のお陰で、私も家族もようやく穏やかな生活を手に入れることができた。そんな恩人であるクレイ様は、この婚姻を望んでおらず、そればかりか私を望んでくれている。
私は何もしなくていいのか?
いや、私だって言葉に出さないだけで、本当はこの穏やかな日々が続いていくことを心から望んでいるのだ。
(……そうよ。あの男の好きなようにさせちゃダメ!)
じゃあどうすればあの男の企てを阻止することができるのか。その方法はたった一つだけある。それは……
「本当なら開国祭には一緒に参加する予定だったが、参加すれば間違いなく君に嫌な思いをさせてしまうことになる。だから」
「いえ、私も開国祭に参加します」
「だが……!」
クレイ様が言いたいことは分かる。開国祭に参加すれば、私は彼の妻として初めて参加する社交の場で、離婚を宣告された惨めな女としてずっと指を指され続けることになるだろう。そうなれば今後貴族社会で生きていくのが大変になる。だからクレイ様は心配してくれているのだ。
心配してくれるのは素直に嬉しい。でも私の意思は変わらない。
ヴィード侯爵の企てを阻止する唯一の方法。
それは私が二十数年隠してきた秘密を明かすこと。それしかない。
「……私が、私が聖女になります!」
これまでの恩に報いるためにも、この穏やかな生活を守るためにも、私は覚悟を決めた。




