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「え?聖女が……?」
ある日の朝食のあと、めずらしくクレイ様から話があると言われ、彼の執務室へと移動したが、そこで聞かされた話に私は耳を疑った。
「ああ。聖女が現れたと最近国民の間で話題になっているそうだ」
「聖女……」
その言葉にドキリとした。ここで生活するようになってからはやることも多く、あまり外に出ていなかったから、まさかそんな話が出ているなんて知らなかった。
「王家にそれとなく確認してみたんだが、やはりこれまでも同じ時期に聖女が二人存在したことはなかった」
「では……」
「ああ。今回現れたという聖女は偽物だということだ」
「偽物……それならすぐに捕まりますね。聖女様を騙るなんて、あまりにも罰当たりですから」
聖女を信仰するこの国で、聖女を騙るなど不敬にもほどがある。バレれば極刑だってあり得るのだ。だから私が心配することなんて何もないと思っていたけれど……
「……いやそれが」
なぜかクレイ様の歯切れが悪い。どうしたのだろうと不思議に思っていると、クレイ様の口から更なる驚きの発言が飛び出した。
「王家は正式にその者を聖女と認めるつもりらしい」
「えっ!ど、どうしてですか?」
「……どうやらその者は銀の髪だけではなく、ケガや病を癒す力も持っているそうなんだ」
「っ」
聖女とは銀の髪と治癒能力と呼ばれる特別な力を持っている者のことを指す。だからそのどちらをも持っているのであれば、聖女として認められるということだ。
もしかしたら私の方が偽物なのではという考えが過ったが、続くクレイ様の言葉でハッとした。
「チッ……あのヴィード侯爵が後見人だからな。何か裏があるに決まっている」
「え……ヴィード侯爵?」
「ああ。たしかヴィード侯爵は母君の養父だったな」
「は、はい」
ヴィード侯爵……。
この十年は実家から離れていたためその名前を聞くことはなかったが、まさか今ここで聞くことになるとは思いもよらなかった。
私たちを苦しめた諸悪の根元たるあの男の名前を。




