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公爵邸で過ごすようになってから早いもので、半年が過ぎた。最近ようやく世話をされる生活にも少し慣れてきたところだ。
ここで生活するようになって、じっとしていることがこんなに大変なことなんだということを初めて知った。本来の貴族というのはそういうものだと知識では知っていても、二十数年もの間染み付いた習慣を変えるのはなかなか簡単なことではなかった。何でも自分でやろうとして、何回ルーナに注意されたことか。最近は注意されることもずいぶんと減ってきたけど、それでも油断しているといまだに注意されている。
ルーナとはあの時の侍女だ。元々はクレイ様の側近だったけれど、今は私の専属侍女をしてくれている。クレイ様のもう一人の側近であるルカとは双子の姉弟だ。見た目はそっくりでも、性格は全然似ていない。クールな姉とお茶目な弟。そんな二人のやり取りを見るのが最近の楽しみだったりする。
それに楽しみと言えばもう一つあって、あの家で育てていた畑が今はこの公爵邸にあるのだ。畑では野菜や薬草を育てていて、あの家を離れることになって心配していた。だけどクレイ様の配慮によって、あの家の畑がそのまま公爵邸の一画に引っ越してきたのだ。それを目の当たりにした時はさすがに驚いたが、畑は生活の一部でもあり趣味でもあったから嬉しい。
公爵夫人が畑仕事をするなど、普通はあり得ないだろう。でもクレイ様は私の好きなようにしていいと言ってくれたので、ありがたく畑を満喫させてもらっている。毎朝畑の世話をするのがここ最近の日課だ。
ただこれだけ聞くと、公爵邸に来てから遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、もちろんそんなことはない。語学や歴史、マナーやダンスなど、様々な勉強している。覚えなければならないことがたくさんあって大変ではあるが、知らないことを学べるのはすごく楽しいので苦ではない。
それとクレイ様との関係も、多分良好だと思われる。
今までは公爵様(心の中ではご主人様)と呼んでいたけど、本人から名前で呼んでほしいと言われたのでクレイ様と呼ぶようになった。
一応結婚して十年経つが、まだお互いに知らないことが多い。けれど不思議なもので、名前で呼ぶようになると、何だか距離がぐっと近くなったように感じられた気がした。
それにこの半年、クレイ様は私の秘密について口にすることは一度もなかった。
もちろん気にはなっていると思う。この国の人たちは聖女を神のように崇めているから。
だけどクレイ様は私を聖女として扱うことは一度だってなく、フローリアという一人の人間として扱ってくれている。
すごく嬉しい。この人は信じられる。
だから話すべき時が来たら、私はクレイ様にすべてを話そうと心に決めていたが、案外その時はすぐにやってきた。