30 クレイ
「でも奥さんとは離婚するんじゃなかったのか?それなのにどうしてここに連れてきたんだ?」
当然の疑問だ。アレクは私が結婚した理由を知っている。だから不思議に思っただろう。離婚するつもりであれば、わざわざここに彼女を連れてくる必要などないから。
だけど私は彼女と離婚するつもりはない。なぜなら彼女こそが、私が長年探し続けていた女性だからだ。
「いや、彼女と離婚するつもりはない。これからも私の妻は彼女だけだ」
ここは下手に嘘をついて誤魔化すよりも、事実を伝えた方がいい。もちろんすべてを伝えるつもりはないが。
「へぇ。一体どんな心境の変化があったのかは気になるところだな」
「……」
ここは下手に口を開かずに待つ。そして相手の出方を見てから……
「……まぁいいさ」
「え?」
「私は最初からいるかも分からない聖女を追い求めるよりも、今の奥さんを大切にした方が何倍もいいと思っていたからね」
「そう、なのか……?」
アレクがそう思っているなんて初めて知った。
「当たり前だろう?それにクレイだってもう若くないんだ。そろそろ跡継ぎのことだって真剣に考えた方がいい」
「うっ……」
跡継ぎ……。貴族として重要な義務のひとつであるが、これまでの私はいつか必要な時が来たら、親戚から養子をとろうと考えていた。
だけど彼女との新しい関係を築いていこうとしている今、できることなら彼女との子どもがほしい。もちろん自分の都合いい望みだということは分かっている。彼女が望まないのであれば、これまで通り親戚から養子をとるつもりだ。
「まぁ今日は顔を見に来ただけだしそろそろ帰るよ。次に来る時はちゃんと紹介してくれよな?」
「……次に来るときは先に連絡をくれ」
「クレイもな」
「うっ……わかった」
「わかればよろしい。じゃあまたな」
本当に顔を見に来ただけのようで、アレクはさっさと帰っていった。
「ふぅ……」
あのタイミングでアレクが現れた時はどうなることかと焦ったが、なんとか無事に収まることができたのはよかった。
ただ考えなくてはならないことはまだたくさんある。ここで気を抜くわけにはいかない。すべてはまだ始まったばかりなのだから。
「……これから、か」
一人になった部屋で、私はソファに背を預けながらひとりごちるのだった。




