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(えっ!だ、ダメ!)
その時になって私は、この状況がまずいことにようやく気がついた。
朝は気分じゃないからと飲まなかったあの小瓶。どうしてあの時飲まなかったのか。あの時の自分を叱り飛ばしたい気分だ。
けれどこのまま諦めるわけにはいかない。なんとか家の中に戻ろうとした私だったが、無情にも馬車の扉が開いてしまう。私は慌てて持っていた布を頭から被った。
(どうか気づかれませんように……!)
もう祈るしかなかった。
馬車から誰かが降りてくる。そしてその誰かは、無情にも私の前で立ち止まってしまった。
「すまない。聞きたいことがあるのだがいいだろうか」
「っ!は、はい……」
馬車から降りてきたのは、声からして男性のようだ。口調は丁寧だが、一体どんな人なのだろうか。
私はそっと布の隙間から盗み見る。すると見えたのは、私なんかと比べ物にならない程質のいい服と靴だった。
それと先ほど見たあの馬車。派手な装飾はなく実用的であるものの、あれはそんじょそこらの人間が乗れるものではない。それくらい私にも分かる。
(……この人は貴族ね)
一応私も貴族ではあるが、私のような貴族もどきではない。目の前の男性は本物の貴族だ。しかもかなり高位の。姿は見えなくとも、高貴なオーラが隠しきれていない。
(一体この人は何者なの?それにどうしてこんな何もないところに?やっぱり道にでも迷った?それとも……)
今の私は平民と何ら変わりない。なるべく高位の貴族とはかかわらない方が身のためなのだが、声をかけられてしまった以上、何も答えないわけにもいかない。それに黙っていても怪しまれるだけ。
(でもこの姿を絶対に見られるわけにはいかない)
この姿を見られたら私の平穏は終わる。私は布を持つ手にグッと力を入れた。