29 クレイ
聖女は治癒能力を持っていると伝えられていて、どんな病気も怪我もたちまち治してしまうという。
そしてその聖女という尊い存在は、今現在、間違いなく存在している。私が昔見たと言った銀髪の少女、それは彼女のことだ。本人に確かめたわけではないが、おそらく彼女は聖女だ。
聖女はこの国では信仰対象となっている。だから聖女であることを公表すれば、地位も名誉も財産もすべてが手に入るだろう。彼女だってそれくらいは分かっているはず。
それでもあの日、彼女は聖女になりたくないと言っていた。この国の貴族として国を想うのであれば、彼女の存在を明らかにするべきだ。だけど彼女はそれを望んでいない。
彼女の髪はとても美しかった。けれど私は、彼女が聖女だから好きになったわけではない。好きになった相手が、たまたま聖女の素質を持っていただけのこと。だからたとえ相手が王太子であろうとも、私の口から話すことは決してしない。
「まぁこの話は終わりにして……それで?さっきの女性は誰なんだい?見たことのない顔だったけど……もしかしてクレイの新しい恋人か?」
「こ、恋人!?」
「あー、いや違うか。クレイはまだ奥さんがいるから、あの女性はいわゆる浮気相手ってやつになるのか?」
「ち、違う!そんな不埒な関係じゃない!」
「そうなの?じゃあどんな関係なんだい?」
「そ、それは……」
できればまだ彼女のことは知られたくなかった。もちろん自業自得ではあるが、私だってようやく先ほど彼女との新しい関係を築き始めたばかり。だからまだそっとしておいてほしいというのが本音だが、見られてしまった以上黙っているわけにはいかないくなった。
「……彼女は私の妻だ」
「妻?……ああ、なるほど。だから私は見覚えがなかったんだな。素朴だがきれいな人じゃないか」
「……まぁ、な」
おそらく薬で髪色を変えているのだろう。今日の彼女は栗色の髪をしていた。
アレクの目には栗色の髪が素朴に感じられたのかもしれないが、たとえ銀髪じゃなくたって彼女の美しさは変わらない。だから見る目がないと一言言ってやりたいと思ったが、そんなことを言えば怪しまれてしまうと、グッと我慢した。




