21
「わぁ……」
馬車から降りた私は、目の前に広がる光景に唖然とするしかなかった。一体どこからどこまでが公爵家の敷地なのだろうか。ここはひとつの町なのでは?と勘違いしてしまいそうだ。
建物や庭、調度品、使用人のすべてが洗練されていて、まさしく貴族の頂点にふさわしい。
私はふと自分の姿を見下ろした。三着しかない服の中で、唯一の外出着であるラベンダー色のワンピース。自分の瞳の色と同じでお気に入りの服だが、それでもこの場所には似つかわしくはなかった。
アレクシス様のあとを付いていく。そして私の後ろを侍女が続く。
「えっと、ここは……」
案内されたのは応接室のようだった。どうしてこのような場所に私を連れてきたのだろう。
「あっ!す、すまない!長旅で疲れたから早く休みたかったよな?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……その、てっきり使用人の部屋に案内されると思っていたので……」
「な、なぜ!?」
あの日から私はこれからのことを考えていた。なんとなく心のどこかで、もうこの生活は続けられないと思っていたから。たとえこの人が私との約束を守ってくれたとしても、私の人生は大きく変わる、そんな予感がした。
ではどんな人生になるのかと考えた時に一番あり得そうで、身の丈に合っているなと思ったのが……
「えっ?私を使用人とするためにここに連れて来てくれたのですよね?」
「違う!」
どうやら私の人生予想は違っていたらしい。しかしそれなら私はどうして公爵邸に連れてこられたのか。
「え……ではどうして私をここに?そもそもご主人様はこのことをご存じなんですか?」
「っ、も、もちろん公爵様には許可はもらっている!だから心配は」
「じゃあ私はここで何をすればいいのですか?」
「何をって……そ、れは……」
急に口ごもってしまったアレクシス様。私は何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか。
「アレクシス様?」
「……本当は君に謝らなくてはいけないことがあるんだ」
「謝る……?」
お飾りの公爵夫人である私とは違い、この人はご主人様の従兄弟なのだから、産まれた時から高貴な身分なはず。そんな人が私に謝ることなどあるわけないと思うのだが……
「……ああ。少し長くなるが話を聞いてもらえないだろうか」
しかし嘘を言っているような雰囲気ではない。どうやら本当に謝ることがあるようだ。それなら私もしっかり聞くべきだと、改めて姿勢を正した。
「……わかりました」
「ありがとう。……実は」
彼が口を開こうとした瞬間だった。
――ドタドタドタドタ
『お、お待ちください!』
誰かの足音と、呼び止める声が聞こえてきたのは。そして、
――ガチャ
「やぁ、クレイ!今日は私から来てやったぞ!」
「なっ!?」
「え?」
突然扉が開かれると、一人の男性が現れた。マナーに詳しくない私でも、これがマナー違反だということは分かる。けれどあまりにも突然の出来事だったので、体は動かないし声も出ない。
そしてさらにこの状況で、信じられない言葉を耳にすることになった。
「アレクシス殿下!お待ちください!」
あとから遅れて部屋へとやって来た男性。この屋敷の使用人だろうか。どこかあの侍女と似ている。
その使用人が言った言葉に私は戸惑った。
(え?どういうこと?同じ名前?それにアレクシス殿下って…………嘘、まさか)
「お、王太子殿下……?」
「ん?おや、初めて見る顔だね。クレイ、この女性はどちらのご令嬢なんだい?」
「おい!お前はなんてことを……!」
「っ!クレイって……」
どうして気づかなかったのだろうか。瞳の色が同じであると、そこまでは気づいていたはずなのに……。あの人があの場に来るわけがないと、その可能性を無意識に排除してしまっていた。
この国でただ一人の公爵であり、王位継承権を持つ唯一無二の存在。
そして書類上、私の夫である人物……
碧の瞳をした彼こそがクレイ・ペンゼルトン公爵、その人だったのだ。