19 クレイ
「……もう一度確認させてほしいんだが、もし例の彼女が見つかったら、こ、婚姻相手は私のままで変わりないよな?」
「例の彼女?……ああ、クレイが一目惚れしたっていう聖女のことか」
「っ!……ああ」
聖女という言葉に心臓がドキリとする。バレてはいないか?自然と手に力が入る。それにどんな答えが返ってくるのか……
「なんだ。確認したいことってそんなことか。まぁ気持ちも分からなくはないが」
「……え?そ、それはどういう」
「だってお前、今の奥さんと離婚するつもりなんだろう?」
「なっ!?ど、どうしてそれを……」
今はもう離婚しようなど微塵も考えていないが、離婚のことを知っているのは私と私の側近だけのはず。それなのになぜアレクシスが知っているのか。
「そりゃあどうしてって、あの王女がようやく結婚したって話を耳にしたからな」
「あ……」
アレクシスは私が彼女と結婚した理由を知っている。だから王女という脅威がなくなれば、離婚するのではと予想していたようだ。
「それにクレイが昔見たっていう聖女が本当にいたとすれば、年齢はおそらく二十代後半くらいだろう?そうだとすれば、今の王家にその年齢に釣り合う男はいない。だからもしも聖女が本当に存在して見つかるようなことがあれば婚姻相手はクレイ、お前だ」
「っ!」
王家に残されている文献によると、聖女は王家の人間と結婚する習わしとなっている。
本来であれば王位継承権一位のアレクシスが、聖女の婚姻相手となるはずなのだが、アレクシスにはすでに妻も子どももいる。王位継承権二位の現国王の弟、アレクシスの叔父も同じだ。どちらも今さら離婚するのは現実的ではない。
それに王位継承権三位と四位であるアレクシスの息子たちは、まだ六歳と三歳。とても結婚できる年齢ではない。
そういった事情から、王位継承権五位である私が聖女との婚姻相手として選ばれたのだ。
「ってまぁそれは聖女が見つかったらの話だけどな」
アレクシスの言う通りで、もちろん見つからないのなら何の意味もない。そう、見つからなければ……
王太子である私の従兄弟は、どうやら今の話に特別疑問を抱いている様子はない。それなら確認したいことは確認できたし、一刻も早くここから離れよう。
「……そうだな」
「もしもクレイがもう一度結婚するような奇跡が起きれば、その時は私が盛大に祝ってやるよ」
「……じゃあそろそろ帰るよ。忙しいところ悪かったな」
「いや、気にするな。私もたまにはそっちに顔を出すよ」
「あ、ああ、わかった」
従兄弟にいつまでも隠し続けるわけにはいかないことは分かっている。だけどまだ自分自身も混乱しているし、内容が内容だ。とてもじゃないが簡単に口にはできそうにない。
そう、私はすでにその聖女と結婚していて、さらには十年もの間放置し続けていたなんて。




