17 クレイ
婚約してから三ヶ月後。私とフローリア・メイト伯爵令嬢は結婚した。婚約期間が三ヶ月と異例の短さだったが、周囲には私の一目惚れだと言って押し通した。あの王女と結婚するくらいなら、それくらいなんてことない。
結婚式も教会でひっそりと行った。結婚式の日が初めての顔合わせとなったが、あえて彼女の顔は見なかった。どうせ彼女を表舞台に立たせるつもりはない。あくまでも彼女との結婚は、隣国の王女が私を諦めるまでのカモフラージュ。ただ結婚したという事実さえあればいい。
彼女に公爵夫人としての責務を求めるつもりはない。私が彼女に求めるのは、ただ大人しく過ごしてもらうことだけ。
しかし大人しく過ごしてもらうと言っても、公爵邸に住めば、いずれどこからか彼女の情報が漏れてしまう可能性も否定できない。我が家の使用人に限って、そんな愚かな真似をするものはいないと信じたい。
それに私に惚れられてしまっては困る。だから念には念を入れて、彼女に用意したのがあの家だ。
家の周囲を認識阻害の魔道具で囲み、あの家の存在を隠した。家の場所を知るものでなければ、あの家までたどり着けないようになっている。
なぜここまでするのかと言えば、できる限り彼女の存在を隠したかったから。結婚したからといっても、あの王女が簡単に諦めてくれるとは思えない。そうしたらあの王女の標的になるのは間違いなく彼女だ。
使用人を一人も置かなかったのもそういった理由で、王女の差し金で使用人が買収されたり、気づかないうちに入れ替わられていたりしたら彼女が危険になる。
それなら初めから置かなければいいだけのこと。それにメイト伯爵家を調べた時に、伯爵家には使用人が一人もいないことを知っていた。だからいなくても問題はないだろうと判断したのだ。
それ以降彼女とは一切関わることがないまま、十年という長い時間が過ぎていった。
そしてようやく王女が結婚した。隣国の国王は娘に甘かったが、さすがにこれ以上は婚期を遅れさせるわけにはいかないので、他国の高位貴族の後妻として嫁がせたそうだ。
その話を聞いた私は、すぐに離婚を決意した。
結婚していたこの十年の間も、銀色の彼女を探し続けていたが、未だに見つかっていない。
もう二十年以上探しているが、公爵家の力をもってしても、手がかりすら見つけられていない。だから本当はもう諦めるべきなのだろう。だけど私はまだまだ諦められそうにない。もう一度、もう一度だけでもいいから彼女に会いたいのだ。
王女という脅威が消え去った今、フローリア嬢と婚姻関係を維持する必要はなくなった。だから離婚しようと考えたわけだが、離婚するには本人の同意と署名が必要だ。
最初は使用人に頼もうかと思った。だけどこの十年、彼女は言われた通りに何の問題も起こさず、静かに過ごしてくれていたのだ。それならばそれに対する労いを少しくらいしてもいいかもしれない。
そう思った私は、自らあの家を訪れることにしたのだ。
まさかその行動によって、あんなことになるなんて思いもせずに……




