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「えっと……」
「ねぇ、いい加減名前くらい教えてくれてもいいんじゃないの?私は名乗ったというのに、あなたは名乗らないなんて失礼よ?」
こんな不遜な態度を取るのは大変心苦しいが、ここで弱気になるわけにはいかない。すべては秘密を守るため。本人から名前を聞くまでは身内かどうか分からないし、たとえ相手が身内の人間だったとしても、ここは公爵夫人然とした対応を取らなければ。
「そ、それは」
「あなたは誰なの?」
「わ、私は……」
「私は?」
「っ……い、従兄弟のアレクシスだ!」
(アレクシス?……なんだかどこかで聞いたことのある名前ね)
「君の様子を見てくるように頼まれてここまで来たんだ!……さ、さぁ、これでいいかな?じゃあ早く屋敷に戻って」
「え?戻らないわよ?」
「ど、どうしてだい!?ちゃんと名乗っただろう?だから一緒に」
「たとえあなたがご主人様の従兄弟だとしても、私はご主人様からの指示じゃなくちゃ従うつもりはないわ。あなたはただ様子を見てくるように頼まれたのでしょう?それならご主人様は私が公爵家の屋敷に来ることを望んでいないわ」
「ぐっ……」
十年もお飾りの妻だったのだ。今さらご主人様が私を必要とするはずがない。勝手に連れ帰ればこの人が叱られてしまう。それはなんだか嫌なのだ。初めて会った人なのにそう思うのは、きっとあの懐かしい碧色の瞳のせいだろう。
「私は毎日楽しく暮らしているとご主人様にお伝えください」
「……」
「それとこの髪のことは秘密にしてください。ご主人様にご迷惑をお掛けしたくないんです。お願いします」
私は頭を下げてお願いした。この人が公爵様の従兄弟である以上、公爵様が許さない作戦の効果はないだろう。それならもう私に残された手は誠心誠意頭を下げるしかない。
「頭を上げてくれ!」
「いえ、私にはもうこうするしかないんです」
「だ、だが、君は……」
男性の言おうとすることは分かる。でも私はこの秘密が公になることを望んでいない。
「……もちろんこの髪がどういう意味を持つのかはちゃんと分かっています」
「それなら!」
「でも!それでも!私は聖女にはなりたくありません!」
「っ!」
「だからどうかお願いします!」
私は聖女の証とされる銀の髪を揺らし、懸命に頭を下げた。
聖女はこの国の象徴だ。誰もが聖女を敬い崇めている。そして二百年ぶりに聖女が現れたとなれば、国中が沸き上がるに違いない。
自ら正体を明かし、さっさと聖女になっていれば結婚などしなくても、家を、家族を救うことも簡単にできただろう。でもそうしなかったのは、救いたいと思っていた家族がそれを望んでいなかったから。
私は顔も知らない国民よりも、家族の方がずっとずっと大切だ。こんな考えを持った聖女などいない方がいい。それにこれまで二百年も聖女はいなかったのだ。このまま存在しなくたって何の問題もないはず。だから私は二十数年間、この銀髪を隠し続けてきたのだ。




