12
「だ、ダメだ!」
先ほどまで項垂れていたとは思えない程の早さで、男性が封筒を拾い上げていた。
「え?でもそれは私の」
「こ、これはまったく!全然!これっぽっちも関係ないから気にしないでくれ!」
「じゃあ私に用事はないってこと?」
「あ、ああ!」
「そうですか。じゃあお帰りくださいな」
用事がないというのなら、さっさとお帰り願おう。
「え?」
「私、これでも忙しいんです。用事がないのならさっさと帰ってもらえますか?」
男性は一瞬、なにを言われたのかわからないような表情をしていたが、言葉を理解した途端、急に意味のわからない言葉を言い始めた。
「だ、ダメだ!君をここに置いていくわけにはいかない!」
「はい?ここは私の家ですよ?何をおかしなことを言ってるんですか?」
「それは……!だ、だけどここには使用人がいないじゃないか!」
「?そうですけど、それが何か問題でも?」
「な、何って、君は」
「私、ここに十年も一人で住んでるんですよ?」
もっと言えば生まれてからずっと使用人なしで生活してきたのだ。普通の貴族ではあり得ないかもしれないが、私からすれば使用人がいる生活の方が考えられない。
「うっ!」
「私がどこに住もうと、あなたには関係ないことでしょう?」
「か、関係ない……」
「というかそもそもあなたは誰なんですか?貴族だというのはわかるけど……」
身なりのよさから貴族だということは間違いない。だけどいかんせん、私は社交界に足を踏み入れたことがない。だからたとえ誰もが知っているような大貴族であったとしても、私はこの人が誰だかを知らないのだ。
「わ、私は……その……」
「うーん……でもその瞳の色はどこかで見たような気もするのよね……」
「っ!」
男性の碧い瞳。ただの緑とは違い、青みがかったような緑色。まるで宝石みたいにキラキラしているその瞳は、一体どこで見たのだろう。私は自身の記憶を辿っていく。
「……あ」
そして思い出したのは二つの出来事。
一つは十年前の結婚式。
後ろを一瞬振り向いた時に見たご主人様の瞳の色が、たしかこんな感じの同じ色だった気がする。
そしてもう一つは私が幼い頃。
連れ去られそうになった私を助けてくれた男の子がいた。目が涙で濡れていたので、その男の子の顔までは分からない。だけど私を泣き止ませようと、頭を撫でてくれた時に見えた宝石のような碧色だけは、二十年以上経った今でも記憶に残っている。
……ずいぶんと懐かしいことまで思い出した。幼い頃の記憶を思い出すのは久しぶりだ。
(でも多分碧色の瞳ってめずらしい色だと思うのよね……)
この十年、食材や日用品、そして小説を買いに町へと足を運んでいたが、町で見かける人のほとんどは茶色の目をしていた。碧色の目をした人など、私が二十七年間生きてきたなかで、先程思い出した二人しか見たことがない。
それなら目の前にいるこの男性は誰なのか。貴族で碧の瞳、そしてここまでたどり着けたといつ事実。私の今現在知る限りの情報で導きだせる答え、それは……




