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21.真の正体(パート1)

如月龍の目の前には、まだ見ぬ世界が広がっていた。

今、彼の旅はほんの始まりに過ぎない。

秘密、陰謀、そして自身の血に刻まれた運命――

すべてが、これから明らかにされるだろう。


誰もが彼を手に入れようと狙う。

その者たちは力を持ち、冷酷で、容赦などしない。

だが、龍は知っている。恐れず、逃げず、立ち向かわねばならないことを。

すべてを背負い、すべてを受け入れた者だけが、真の力を得るのだと。

空気は血と鉄と灰の匂いで満ちていた。

呼吸は重く、一息ごとに内側から引き裂かれるようだった。体は痛んでいたが、傷のせいではない。痛みは…まるで全世界を背負っているかのようだった。


俺は立っていた。泥と内臓で覆われたブーツを履き、足元の土は熱く、湿り、吸収したすべてのもののせいで生きているかのようだった。周囲は廃墟と化した戦場、まるで墓地だった。


死体が散乱している。黒い制服を着た者もいれば、胸の金属の徽章が壊れた者もいる。もっとラフな服装の者、腕にタトゥーを入れた者、顔のそばに落ちた仮面の者もいた。マフィアと兵士…一緒になって俺を狩りに来たのだ。


右腕が重い。長い槍のような武器を握っていた。先端から柄まで血で染まっている。隣には、若い男の体が地面に横たわっていた。目は虚ろで、顔は見覚えがある気がした…けれど名前は、記憶の影の中に溶けていた。


カット。


突然、戦場の別の場所にいた。移動した記憶はない。ただ戦い続けていることだけが分かった。内側の何かが倒れることを拒んでいた。叫んでいた…と思ったが、自分の声は聞こえなかった。言葉は一つも出ない。夢の音は歪み、壊れた録音のようだった。世界が今にも裂けそうに見えた。


カット。


背後で爆発。金属と火の破片が病んだ蛍のように空中で舞う。つまずく。脚は震え、呼吸は乱れている。腹の傷から血が流れた。手を当てると、深く、熱く、痛みが走った。


視界が一瞬ぼやける。


カット。


膝をつき、前方を見つめる。目の前には灰白の髪をした人物が制服姿で—顔は引きつり、震えて—目を大きく見開き俺を見ていた。その背後に、静かに立つ威圧的な戦士。老人は唇を動かしていた。何かを言っている。絶望から、体のこわばりから、それを感じ取った。しかし、声は聞こえなかった。


視線を落とすと、手首に刻まれた印が黒と赤で激しく燃えていた。夢の中で見たのと同じ印。


声を出そうとした。何を言ったか分からない。しかし、彼はその瞬間に崩れたようだった。


カット。


完全な暗闇。


(りゅう)は、はっと目を覚ました。荒い呼吸、胸に冷や汗がびっしょりとついていた。血の感覚はまだ手の指先に残っているようで、あの印も…再び熱を帯びていた。


(りゅう)は一気に目を開け、胸の高鳴りを感じた。数秒間、まだ夢の中か目覚めたのか分からなかった…しかし冷たい空気、微かな電子機器の音、消毒液の匂いが、目覚めたことを告げていた。


瞬きを数回し、天井を見る。白く、平らで、装飾はない。ゆっくりと体を起こすと、その時に気づいた。右腕、前腕から胸にかけて、血管が暗く…まるで乾いた墨のように黒く浮かんでいる。痛みはない。ただ、肌に刻まれた記録のようにそこにあった。


(りゅう)はその静かな印を、眉をひそめながら見つめた。


「な…に…?」


(りゅう)くん?」


眠たげで柔らかい声に、顔を向ける。右手側、同じベッドに横たわる 乃愛(のあ)が、寝ぼけたように目を細め、髪を乱し、肩に毛布を掛けながら起き上がっていた。


「目を覚ましたんだ」――安堵の声――「急に動いたね…大丈夫?」


(りゅう)は反射的に頷いた。まだ答えを整理できていない。


「うん…ただ…変な夢を見ただけ」――そう言いながら、臨時の白衣の袖を素早く下ろし、黒ずんだ血管を隠した。


乃愛(のあ)はじっと(りゅう)を見つめたが、何も言わなかった。


数秒の沈黙。(りゅう)が視線を逸らすと、白く、清潔で冷たい壁が目に入る。奥には医療機器が控えめに置かれ、すりガラスの引き戸。普通の病院ではない。


「ここは…どこ?」


「特別な医療室よ」――乃愛(のあ)は姿勢を正す――「あの異能対策局(いのうたいさくきょく)の人…最後に来た、加納(かのう)祐介(ゆすけ)さんが連れてきてくれたの」


(りゅう)はゆっくり頷く。


「君の傷を治療する必要があったそうだ…いくつかはかなり深刻だった。でも、ずっと安定していた。ほとんど二日間眠っていた」


(りゅう)は視線を落とし、すべてを噛み締める。夢の光景がまだ頭の中で漂う。熱い血の感覚、戦場、灰白の髪の男の視線…そしてあの印。自分の印。


手を胸に当て、服の上から触れる。脈は安定しているが、力強かった。


「何が起きているんだ…?」


部屋は薄暗く、静寂は医療用モニターの微かなブーンという音と、(りゅう)の左腕に繋がれた点滴のゆっくりとした滴下音だけで破られていた。


隣のベッドにまだ座っている 乃愛(のあ)は、安堵と疲労の入り混じった表情で(りゅう)を見つめていた。何時間も眠らず、彼の呼吸や寝顔の一挙手一投足を見守っていたのだ。今、(りゅう)が目覚めたことで、また不確かな重みが彼女の肩に降りかかる。


(りゅう)は少し体を傾け、腹の包帯が締め付ける感覚を味わった。目は一瞬、胸まで毛布で隠している右腕へと向いた。黒く浮かぶ血管を乃愛(のあ)に見せたくなかったのだ。


「何が起きているのか、まったく分からない…」――(りゅう)は静寂を破り、声を漏らした。まだ夢の影を引きずるかのように、声はかすれていた。


乃愛(のあ)は視線を上げた。ただ聞いている。何も言わない。


「最初は、血圧の急低下や痛み、耐性の異常…全部、保有者としての副作用だと思っていた。高MSIの人にも、普通じゃない反応があるって聞いてたから。」――視線を逸らし、苛立ちを押し殺すように――「でも…もう信じられない。」


乃愛(のあ)は表情を崩さず、胸だけが少し緊張した。(りゅう)の行き着く先が分かっていたからだ。


「二度、無理やり連れ去られそうになった。二度も。で、今回の最後…」――一瞬、声が揺れる――「…生きて帰れるとは思えなかった。前回とは違ったんだ。あのタキ…いや、名前はよく覚えてないけど…後からライフル持って現れた奴も…俺のこと、人間扱いしてなかった。まるで…器みたいに。」


言葉は喉に刺さるが、それでも口に出す。そうすることで、頭の霧が少しでも晴れる気がした。


「それに、あの『藤名村(ふじなむら) 雄蓮(ゆうれん)』のことを話していたこと…まだ頭から離れない。あいつら、復活だの、再生だのって言ってた。馬鹿げてるのは分かってる。でも、あの狂人が壁際に押し付けてきたとき…体の中のあの圧力を感じたとき…」――一瞬黙り、言葉を探す――「…俺じゃなかった。自分を認識できなかった。」


乃愛(のあ)は視線を落とす。両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。


(りゅう)はその仕草に気づきつつも、話を続ける。


「そして最悪なのは…体の中の何かが、彼らが完全に間違っているとは思っていないように感じることだ。まるで…その一部が真実であるかのように。何がどうして、分からない…」――目を乃愛(のあ)に向ける――「でも、感じるんだ。」


乃愛(のあ)(りゅう)を見つめ、一瞬言葉に詰まる。唇は震えるが、言葉は出なかった。心臓が激しく打つ。


(りゅう)は息を吐き、視線を落とす。声を低くして、話を続けた。


「昨晩…あいつらが言ったことを考えていた。雄蓮のこと。復活のこと。そして、昔、好奇心で読んだことを思い出した。古いフォーラム、ネットの隠れたページ。今はほとんど誰も語らない、都市伝説扱いの話だけど…藤名村(ふじなむら) 雄蓮(ゆうれん)は、二百年以上前に神秘的に消えたマフィアの一族の首領だったらしい。」


乃愛(のあ)は息を呑み、瞬きも忘れた。


「当時の国内で最も恐れられた犯罪組織だった。暴力、密輸、失踪…誰も手を出さなかった。雄蓮はただの首領じゃない。人の顔をした怪物だった。日本 の悪魔と呼ぶ者もいたし…名前さえ口に出せない者もいた。」


短い間があり、(りゅう)は軽く眉を寄せながら話を続ける。


「一族の血筋に自分の遺伝子を刻み、いつか子孫の誰かの中で目覚めることを誓った…とか言われている。でも…冗談だろ?」


乃愛(のあ)の完全な否定を期待して、微笑もうとした。


「死からの復活…血を通して?ありえない。あいつらの言ったことは狂信者の妄言にすぎない。俺にそんなこと、起きるわけない…だろ?」


乃愛(のあ)は身動きせず聞き入る。言葉の一つ一つが心に衝撃を与える。真実の一部を知っているからだ。雄蓮のこと、印のこと。(りゅう)がただの高MSI保有者ではないことを知っている。


「俺、頭がおかしくなってると思う?」


(りゅう)は、問いかけるというよりも、囁くように言った。


乃愛(のあ)は彼の目をじっと見つめた。ゆっくりと首を振り、喉の奥が痛むのをこらえながら、無理に微笑む。


「違うよ。そんなことない。」


柔らかな風が二人の間を抜け、庭の葉を少し揺らした。しかし、その後の沈黙は、どんな風よりも重かった。


(りゅう)は数秒間、彼女を見つめる。表情は脆く、まるで違う答えを聞くことを恐れているかのようだった。


乃愛(のあ)は唾を飲み込む。


「起きたことは現実だよ。怖いのは分かる。でも、あそこから生き延びたんだ、(りゅう)くん。戦ったんだ。生き残った。」


(りゅう)は視線を落とし、答えない。


「もし、体の中で何かが目覚めつつあるなら…君は向き合う。自分のやり方で。いつも通りに。」


短い沈黙があった。(りゅう)は毛布を握りしめる。


「もし俺が、俺じゃない何かになったら…?」


乃愛(のあ)は今度は強い眼差しで彼を見る。少し体を前に傾け、ベッドの端に座った。


「その時は、私が思い出させる。君が誰かを――」

――「何度でも、聞かせることになるとしても。」


(りゅう)は彼女を見つめ、感謝と罪悪感が入り混じった目を向けた。


彼女はかすかに微笑む。


しかし、心の奥では、秘密の重さがより大きくのしかかり、そしてそれを明かす時が近づいている予感も…あった。


その時、部屋の引き戸がかすかな音を立てて開き、(りゅう)乃愛(のあ)の間にできた穏やかな沈黙が破られた。二人は同時に顔を向ける。最初に目に入ったのは、暗いコートをまだ羽織り、落ち着いたが注意深い眼差しをした 祐介(ゆすけ)の姿だった。


「おはようございます。」

――堅実だが、礼儀正しい声で挨拶した。


加納(かのう)さん…」――(りゅう)は少し体を起こしながら、つぶやいた。


「起きているようだね。」――加納(かのう)は近づきながら言う――「調子はどうだ?」


「まあ…」――(りゅう)はうなずく――「まだ体中が痛むけど、大丈夫だ。」


加納(かのう)はさりげなく微笑み、若者の様子を身体と精神の両面から慎重に見渡す。


「それを聞けて安心した。ほぼ二日間、眠り続けたんだよ。」


乃愛(のあ)先輩が教えてくれた。」


「そうだ。体は、この間に経験したことを処理する時間が必要だった。かなり激しい戦いだったからね、(りゅう)。」


彼はベッド脇の椅子に腰を下ろし、腕を組む。口調が少し真剣になる。


「昨日の事件では、重傷者が何人か出た。銃撃、火災、肉弾戦…だが、幸いにも死者は出なかった。参加者の大半は現在拘束されている。」


(りゅう)は真剣に耳を傾ける。


加納(かのう)は息を吐き、話を続けた。


緒方(おおがた) 太絆(たいき)は生きている。戦闘後に確保し、今は異能対策局(いのうたいさくきょく)の最高警備施設で収容中だ。しばらく身動きは取れない。」


(りゅう)は歯を食いしばる。誰かの死を望むわけではない。しかし、あの男が自分にしてきたことを思うと、同情の感情は湧かなかった。


「で、もう一人は…?」――(りゅう)は続ける――「ライフルを持ってた奴…」


祐介(ゆすけ)は、その言葉を聞くとわずかに視線を上げた。表情はさらに硬くなり、その質問が彼の最も繊細な部分に触れたかのようだった。


(あさひ)…」――ようやく声を落として答えた――「誰も居場所は知らない。チャンスを見つけるとすぐに逃げた。深刻な問題だ、(りゅう)。あいつは致命的だ。そして、どこから襲ってくるか分からない。影から攻撃し、痕跡を残さない。」


部屋には一瞬の静寂が訪れた。微かな医療モニターの音だけが沈黙を破る。その後、加納(かのう)は軽く頭を傾け、乃愛(のあ)の方を向いた。


乃愛(のあ)さん、少しだけ二人にしてもらえますか?(りゅう)と個人的に話す必要があります。」


乃愛(のあ)はほんの一瞬迷ったが、(りゅう)に心配そうな視線を向けた。(りゅう)は落ち着いた表情で彼女を見返し、軽く頷く。


「わかったわ」――ようやく答える――「必要ならすぐ外にいるから。」


加納(かのう)は軽く手を挙げて礼を示し、乃愛(のあ)が扉を閉めるのを待ってから(りゅう)の方を向いた。表情は変わり、より控えめで…より機密めいた空気をまとっていた。


扉が閉まり、再び沈黙が部屋を包む。加納(かのう) 祐介(ゆすけ)はすぐには口を開かない。視線は(りゅう)に固定されている――哀れみではなく、心配と敬意が混じったまなざしだった。少年が地獄をくぐり抜けたことを知っていた…そしてそれは始まりに過ぎないと。


「俺に何が起きているんですか、加納(かのう)さん?」――(りゅう)が突然、沈黙を破って尋ねる。絶望的ではないが、純粋な疑問に満ちた声だった――「なぜ誘拐されたのか?なぜこんなに多くの人間に追われるのか? 太絆(たいき)は訳の分からないことを言っていた…でも、どこかに真実がある気がする。」


加納(かのう)はゆっくり頷く。


「聞かれるだろうと思った」――真剣な口調で答える――「あの 太絆(たいき)という男が言ったこと…一部は本当かもしれない。それが心配だ。」


「ずっと思ってた。症状は保有者だからだって。低血圧、MSIの異常、傷の治りの速さ…全部セットの一部だと思った。でも…これは違う。首都に来てから二度も誘拐されかけた――」――(りゅう)は視線を落とす――「そして最後の時は、生きて出られないと思った。」


「分かっている」――加納(かのう)は重々しい口調で言う――「だから、君が経験していることを理解する手助けをしてくれる人と話したんだ。昔の上司で…異能対策局(いのうたいさくきょく)での名付け親だ。長年多くのことを見てきた人物。」


「で、何て?」


「君はおじいさんと話すべきだ」――加納(かのう)は遠回しにせず答えた。


(りゅう)は目を見開き、明らかに混乱している。


「おじいさん?なぜ?」


「私が持っていない答えを持っているかもしれないからだ。今、君にとって最善のことは彼の話を聞くこと。話すことだ。信じてくれ、(りゅう)。黙っているだけでは状況は悪化する。」


(りゅう)は唾を飲み込む。完全には理解できない。しかし、ひとつだけ分かっていた――祖父はいつも奇妙な人物だった。厳しく、読みにくく…だが、両親を失ってからずっとそばにいてくれた唯一の大人でもあった。


「後で電話するよ」――ようやく言った――「そろそろ全部理解し始める時だ。なんで首都に連れてきたのかも分からない。保有者だと知ってたなら、地元の学校に登録させればよかったのに、美山(みやま)で。」


加納(かのう)は軽く眉を動かして頷いた。その瞬間、杖が床に当たる音が会話を遮った。


「遅かれ早かれ、民間人ごっこはやめる時が来るだろう、(りゅう)」――低く、ざらついた声だが、硬さとは対照的に温かみが混じっていた。


(りゅう)は即座に振り向く。扉には、中背の老人が立っていた。白髪を後ろに撫でつけ、濃い眉が厳しい眼差しを強調している。整えられた顎髭。暗い伝統衣装に身を包み、右手の杖に体重をかけながら歩く。だが、その佇まいは威厳に満ち、数多の戦いをくぐり抜けた者にふさわしい。

如月(きさらぎ) 典雄。


「おじいさん?」――(りゅう)は驚き目を見開き、安堵の表情を隠せなかった。


「見ろよ。首都に来てまだひと月も経たないのに、もう戦争を起こしたのか」――典雄は歪んだ笑みを浮かべ――「家の恥だな。」


「…計画したわけじゃないけど」――(りゅう)は顔をそらし、笑みを隠す――心の中では感情が胸をかき乱す。何ヶ月も会っていなかったし、関係はいつも硬い頭同士の友好的な喧嘩のようだったが、心の奥では祖父を思う気持ちが大きかった。


「そうそう、若者の言い訳だな。全貌は後で聞かせろ」――典雄はゆっくりと(りゅう)のベッドに近づき、上から下まで見渡す――「ミイラの格好してても…思ったより生き生きしてるな。」


「温かい言葉をありがとう、おじいさん」――(りゅう)は目を転がす。


それまで控えめにしていた加納(かのう)は、一歩横に下がり、背筋を伸ばした。礼儀正しく、手を額に当て、完璧な軍礼を行った。


如月(きさらぎ)司令官 —加納(かのう) 祐介(ゆすけ)は、視線を逸らさずに力強く言った。


(りゅう)は眉をひそめ、困惑した表情を浮かべた。敬礼の様子を見つめ、次に加納(かのう)を…そして祖父を見た。混乱が顔に浮かぶのを止められなかった。


(なに…?加納(かのう)がおじいさんに敬礼してる…?何が起きてるんだ…?)


一瞬、二人の間だけの冗談か、異能対策局(いのうたいさくきょく)の変わった習慣かと思った。しかし、祖父が眉を上げ、懐かしそうな表情を見せたとき、すべてがさらに奇妙になった。


—休め、加納(かのう)兵士 —則夫(のりお)は低い声で返し、軽く頭を下げた。まるで古い戦友を認めるかのように。すると、年を重ねたしわの声で乾いた笑いを漏らした—。久しぶりにこうして敬礼されたな。まるで、まだ自分に執務室があるかのように錯覚させる。


加納(かのう)はわずかに微笑み、体を緩めた。


—古い癖さ —そう答えた。


(りゅう)は言葉を発せなかった。目の前の光景が信じられなかった。まるで他人の人生に紛れ込んだかのようだった。


—おじいさん…?あれは何?何が起きてるの?


則夫(のりお)は真剣な目で(りゅう)を見つめ、何も隠さなかった。


—本気で思ってたのか?私の人生はただの、ミステリー小説を読む老いぼれで、タオルを投げっぱなしにして怒るだけの人間だと?


(りゅう)は答えなかった。沈黙が返答となった。


則夫(のりお)は視線をそらし、壁に映る過去の光景を見つめるように語った。


—二十年間、異能対策局(いのうたいさくきょく)の情報部長を務めていた。秘密作戦、スパイ活動、脅威の排除。すべて影の中で。ほとんどの任務は記録にも残っていない。


(りゅう)は胸に衝撃を感じた。


—な… —かすれた声で呟く—。あなたが?


則夫(のりお)はゆっくりと頷いた。


—意図的に隠していた。見えないことこそ、私の立場では最強の武器だと学んだからだ。そして、世界が崩れるとき、生き残る唯一の方法でもある。


(りゅう)は初めて祖父を見つめるような目で見た。


—では…すべて嘘だったのか?


則夫(のりお)は視線を落とし、その言葉が予想以上に自分を傷つけたかのように見えた。


—すべてではない。君とイリーナを育て、守り、些細なことで口論し、朝食を共にした。影に満ちた人生の中で、それだけが唯一の真実だった。


(りゅう)は唾を飲み込む。心は問いで満ちていたが、同時に怒り、悲しみ、そして…理解という奇妙な感覚も混ざっていた。


—なぜ今、話す?


—敵が過去から来るとき、黙ってはいられないからだ。旧守派が動いているなら…君はその中心にいる。まだ理解できなくても。そして、君が誰になるべきか理解できるように、私が誰であったかを知る必要がある。


加納(かのう)は黙って、敬意を込めて頷いた。


(りゅう)は深く息を吸った。家族について信じていたすべてが崩れ去る。しかし祖父の視線には否定できないものがあった――揺るぎなさ。勇気。そして、何よりも真実。


—やっと…誇れる家族の話ができるのか —小さく苦笑しながら呟いた。


則夫(のりお)は真剣に(りゅう)を見つめた。


—そして信じてくれ、(りゅう)…これはまだ始まりに過ぎない。


自動車は静かに、灰色の首都の街を滑るように進んでいた。雨は数時間前に止んだが、空は厚い雲で覆われたままだった。タクシーの後部座席で、(りゅう)は頭を窓に寄せ、通り過ぎる都市の景色を見ては見なかった。唇を強く閉じ、顎を固くしている。クリニックを出てから一言も発していなかった。


則夫(のりお)は横目で彼を見た。孫の沈黙は無関心ではない。怒りだ。肩の硬さ、握りしめる拳の様子でそれを読み取れる。深く息を吸う。


(りゅう)… —できるだけ柔らかく声を落として話し始めた—。真実を話さなかったことを謝る。君のためだった。人を内側から喰らう世界から遠ざけたかった。ただ、君に穏やかで…普通の生活をさせたかっただけだ。


(りゅう)は答えなかった。呼吸で曇った窓ガラスに視線を向けたままだった。


—君が私の家に来たとき…まだ一歳だった。あの時、私はもう異能対策局(いのうたいさくきょく)を退くところだった。現役として残る時間は少なかった。考えたんだ、もし私が離れれば、君は私の影…そしてこの姓を背負うことの重みから解放されて成長できると。


(りゅう)の顔に、一瞬の疑念が走った。頭は振らなかったが、眉が深く寄った。


—イリーナは知っていたのか? —やっと、低くも確かな声で尋ねた。


則夫(のりお)はゆっくりと頷いた。


—数年前に知った。利己的に隠したわけじゃない。二人を守りたかったんだ。そしてもし間違っていたなら…責任は私にある。


家に着くと、空気は静かだった。普段よりも重く感じられ、言葉にならなかったすべての重みを抱えているかのようだった。イリーナは大学に行っており、二人の間の微妙な緊張は明らかだった。


—気分はどうだ? —則夫(のりお)が家に入る前に尋ねた。


—一人で歩ける —(りゅう)は見ずに答えた—。打ち身だけだ。


自分の部屋に荷物を置き、ゆっくりと階段を下りた。途中、台所から漂うあの馴染みのコーヒーの香りに気づいた。


—コーヒーを飲むか? —則夫(のりお)はカウンターの向こうから、(りゅう)が子供の頃と同じように尋ねた。


しかし今回は、(りゅう)は自動的な仕草で応えなかった。ダイニングテーブルの前で立ち止まり、クリニックを出て以来初めて祖父の目を直視し、自分でも驚くほど真剣な声で言った。


—座れ、祖父。話をしなければならない。


則夫(のりお)は静かに(りゅう)を見つめ、手に持っていたカップをゆっくりとカウンターに置いた。表情がわずかに硬くなる。避けられない瞬間が来たことを悟ったかのようだった。テーブルに近づき、(りゅう)の前に座った。


二人は数秒間、黙って見つめ合った。ダイニングの薄明かりでは、顔の影を消すことはできなかった。壁掛け時計の微かな音だけが時間の流れを刻んでいた。


—話してくれ —(りゅう)はやっと口を開いた—。すべてを。もう子供じゃない。知る必要がある。俺は本当は誰なのか? なぜ追われているのか? これが何を意味するのか?


則夫(のりお)は一瞬視線を落とし、指を組んでテーブルに置いた。話すとき、その声には迷いの余地がなかった。


—起きていることを考えると、もはや隠してはいられない、(りゅう)。君自身の真実…血筋…そして「如月(きさらぎ)」という名前が意味するものを知る時だ。


(りゅう)の背筋に軽い震えが走った。祖父の口調に、血の凍るような何かを感じた。


—真実…とは?


則夫(のりお)は顔を上げた。久しぶりに、(りゅう)の知る頑固じじいの仮面はなかった。そこにあるのは、戦略家の眼差し。痛みを見て見ぬふりできない兵士の瞳だった。


—君は、ただの如月(きさらぎ)(りゅう)ではない。


則夫(のりお)は一呼吸置き、長く息を吐き…そして声をひそめ、ほとんど厳粛な調子で言った。


—君は…まだ終わっていない戦の遺産なのだ。


沈黙。


そしてまるで世界が息をひそめたかのように、壁掛け時計が鋭く時を刻んだ。


さあ、これから始まるのは試練の連続だ。

読者の皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

どうか、この先も龍の物語を見守り、共に歩み続けてください。

次なる戦いと謎が、あなたを待っています。

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