討伐隊、出発
魔人討伐部隊は、王城前に集合した。
王城前には馬車が四台。一台はS級用、残り三台はA級用の馬車だ。
一台が移動用、もう一台が荷物用、最後の一台は王族のサンバルト用の馬車だ。
そのサンバルトは、頭を押さえていた。
「メル。なぜここに……」
「S級の引率です。わたしがここにいることに問題が?」
「お前は討伐部隊から外れたと父上から聞いたぞ……?」
「それは間違いでしょうね。わたしはS級召喚士で、S級召喚士のリーダーですので。お兄様こそ、次期国王候補なのに、こんな危険な仕事をするおつもりで?」
「……私はA級召喚士だ。魔人の危機を前に」
「わたし、S級召喚士の前はA級召喚士でしたの。お忘れでして?」
「…………」
「では、これにて失礼いたします。お兄様」
「……はぁ」
兄と妹の仲はよろしくないようだ。と、アルフェンはこの光景を見て思った。
A級の馬車を見ると、キリアスがB級の下っ端生徒会役員に荷物の積み込みを命じていた。
他の生徒会メンバーはリリーシャやダオームを激励し、オズワルドに頭を下げている。
「アルフェン、荷物の確認終わったの?」
「ん、おう。昨日のうちに済ませたから大丈夫だって。そういうフェニアは?」
「もちろん大丈夫! サフィーもアネルも確認して、『くろぴよ』ちゃんのお腹の中に入れてあるわ」
「くろぴよ……」
馬車のドアが開いていたのでチラッと見えた。
フカフカのクッションの上に、黒いディメンションスパロウが丸まっている。しかも気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。
名前はくろぴよ。女子たちが深夜を過ぎても考えていた名前だ。
全ての確認を終えると、メテオールが激励に来た。隣には白い修道服を着た少女もいる。
「整列!」
リリーシャの号令。
討伐部隊は、メテオールの前に整列した。もちろんS級も。
ウィルだけが渋々移動していたが、他のメンバーはリリーシャの号令に従っていた。こんな最初の最初で諍いを起こすつもりはアルフェンにもない。
メテオールは、にっこり笑って言う。
「新たな魔人という脅威に立ち向かうきみたちを、わしは誇りに思う。どうか気を付けて。それと……オズワルド、生徒たちを頼むぞ」
「はい。お任せ下さい」
オズワルドは、恭しく一礼した。
アルフェンはメテオールと目が合う。すると、メテオールはにっこり笑い頷いた。
さらに、白い修道女と目が合う。
「…………」
「…………え?」
白い修道女の口が、小さく動いていた。
『あなたに、神の祝福を』
アルフェンには、そんな声が聞こえたような気がした。
◇◇◇◇◇◇
「さ、姫。足下気を付けな」
「ありがとう、ウルブス」
「いいってことよ」
リリーシャを馬車に乗せる手助けをしているのは、A級召喚士ウルブスだった。
十八歳だがやや老け顔で、着ている制服は着崩し、胸元には金色のチェーンが光っている。さらに袖をまくって二の腕を見せ、不良っぽい印象だった。
髪は背中の中ほどまで伸び、後頭部で縛っている。ニヒルな笑みを浮かべリリーシャをエスコートする姿は、意外にも様になっていた。
すると、サンバルトの眉がピクリと動く。
「ウルブス、きみは荷物馬車の方だろう? ここは私に任せて、あちらへ」
「おっと。悪かったね。プレイボーイの仕事を取っちまったぜ」
ウルブスはポケットに手を入れたまま荷物馬車へ。そのまま馬車の屋根に上り、ごろりと横になった。
御者を務めるキリアスが言う。
「あ、あの……そこだと危ないのでは」
「気にしなさんな。風を浴びたいんでね」
「えっと……」
ウルブスはそのまま寝てしまった。
馬車が走り出し、仕方なくキリアスは馬車を出す。すると、ウルブスは落ちることなく、揺れているにも関わらず昼寝を続けていた。
アルフェンは、馬車の中からその様子を見ていた。
「あれもA級召喚士か……強いのかな?」
「雑魚だろ。それより……あいつ、御者もできんのか?」
「ああ。フェニアはリグヴェータ家の執事一家の娘だからな。執事に必要な技能は習得してるんだよ」
ウィルの疑問だった。
アルフェンたちの御者を務めるのは、フェニアだった。
馬車を引くのはマルコシアスで、御者は必要ない。見張りを兼ねての御者だった。
サフィーは、御者用の窓を開けて言う。
「フェニア、寒かったらいつでも入って下さいね。マルコシアスなら大丈夫ですから」
「ありがと。でも任せて」
フェニアはずいぶんとやる気になっていた。
馬車に乗っているメンバーは、アルフェン、ウィル、フェニア、サフィー、アネル、メルだ。十人乗りの馬車は広く、小さな階段があり二階もある。二階は女子用の寝室になっていた。
レイヴィニアとニスロクは留守番だ。ガーネットが保護者となり、授業を受けさせたり、町に買い物に連れ出したりしてくれるそうだ。寮の冷蔵庫にはウィルやアネルが作った大量のお菓子が保存してあった。
アルフェンは、窓を開ける。
アースガルズ王国から出るだけでけっこうな時間がかかる。今日は一日馬車で揺られるだろう。
「新しい魔人か……どんな奴かな」
「フン。『色欲』だったら最高なんだがな……」
「アタシ、あんまり強い相手は嫌だな」
「私、今度こそ頑張ります!」
「レイヴィニアやニスロクみたいな子ではないと思うわ。新たな魔人は、いくつもの村や集落を滅ぼしている……油断は禁物よ」
アルフェンは、右手を強く握りしめ、再び開いた。
◇◇◇◇◇◇
三台の馬車は、アースガルズ王国領土の外へ向かって走る。
魔人に襲われてるのは、全てアースガルズ王国外の村や集落だ。まずは『運命』ナクシャトラの出した予言の村で情報を集める。
アルフェンたちを乗せた馬車はゆっくり走っている。アルフェンは大きく欠伸した。
「ふぁ~あ……そういえばさ、なんであっちの馬車、荷物用の馬車なんてあるんだ?」
なんとなく思った疑問だ。
生徒会側にも、ディメンションスパロウは渡してある。だが、大量の荷物を馬車に積んでいるのをアルフェンたちは見た。
すると、メルが言う。
「……魔獣は信用できないって、大事な荷物は馬車に直接積んだそうよ」
「え、じゃあ黄色いディメンションスパロウは?」
「一応、連れては来てるみたい。あのグリッツとかいう子が籠に入れてたわ」
「マジかぁ……」
アルフェンはため息を吐く。
とりあえず、不当な扱いを受けているわけではなさそうなので安心した。
アルフェンは、馬車の隅に敷いてあるクッションの上で眠るくろぴよを見る。
『ぴゅるる……』
「……ニスロクの力で操られているとはいえ、魔獣……いや、こいつも召喚獣なんだよな」
この世に存在する魔獣。それは、過去に魔帝が召喚した召喚獣だ。
魔帝が封印されると同時に繋がりが断たれ、召喚獣の世界に帰ることなくこの世界に残った。そして、同型の召喚獣同士で繁殖し、この数十年で爆発的に増えたのだ。
魔帝が残した召喚獣。通称魔獣として。
魔獣は、死ぬと死骸とならず、数時間ほどで煙となって消え失せる。死んだ召喚獣がどうして消えるのか。一説によると、召喚獣は魂となり召喚獣の世界へ帰り再び受肉する、という説もあった。
「人と召喚獣、か……もしかしたら、魔獣も話せばわかるかも」
『ぴゅるる』
アルフェンはくろぴよの傍に移動し、モフモフの頭を撫でた。
「あーっ! アルフェン、ずるいです。くろぴよちゃん、私も触りたいです!」
「あ、アタシも! もふもふ可愛いっ」
「お待ちを。わたしが先です!」
「ちょっと、あたしも触る!」
サフィー、アネル、メル。そして御者席の窓を開けフェニアが叫ぶ。
こうして、くろぴよの取り合いが始まったのだった。
◇◇◇◇◇◇
A級召喚士用で三台ある馬車の一つは、王族サンバルト用の馬車だった。
現在、リリーシャはサンバルトと二人でこの馬車に乗っている。
「リリーシャ、お茶でもどうだい?」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です」
「そうかい?」
サンバルトは紛れもない紳士。だが無能。それがリリーシャの評価だ。
リリーシャは恋愛結婚は望んでいない。使えるか使えないか。辺境伯となった父の後を継ぐのに相応しい相手かどうかだけだ。
領地をダオームに任せ王宮入りするということも考えたが、リリーシャ自身は王宮で王妃になるよりも、自分の領地を持ち経営をするということに憧れていた。
なまじ、父アルバンが経営に関しては無能だったので、『自分ならこうする』や『自分だったらこんな失敗はしない』という想いが常にあったからでもあった。
「ところで、リリーシャ……きみの弟だけど」
「弟、ですか? ダオームとキリアス……」
「いや。末弟……アルフェンだ」
「…………」
リリーシャの眉が、少しだけ動いた。
だが、そんな変化にサンバルトは気付かない。
「その、和解はできないのかい?」
「は?」
そして、思わず変な声が出てしまった。
和解。つまり、仲直り。
アルフェンとリリーシャが仲直り。魔人襲撃時、アルフェンを見捨てたリリーシャが仲直り。模擬戦でアルフェンを殺そうとしたリリーシャが仲直り。
意味がわからなかった。
「その、考えてみたんだ。アルフェン……彼は、きみを毛嫌いしている。きみの全てが悪いというわけじゃないけど、きみが謝ればアルフェンだって許してくれる。アルフェンも、心を入れ替えて姉のきみを大事に想うんじゃないかな?」
「…………」
「あのさ、もし、もしもだよ? ヘルヘイム領地をダオームに任せて、弟のキリアスとアルフェンに領地の一つを管理させて、きみは……その」
「サンバルト殿下。そろそろ、休憩地点ですね」
「え、あ……うん、そうだね」
前方の馬車が止まった。
街道脇に、小さな小屋が建っている。先は長いのでここで休憩をはさむのだ。
リリーシャは華のような微笑を浮かべ、サンバルトを虜にする。
「殿下。せっかくのお天気です。殿下の紅茶を振るまっていただけませんか?」
「あ、ああ! とびっきりの紅茶を淹れるよ!」
リリーシャは改めて決意した。
このサンバルトとは、何があっても結婚などしないと。