召喚学園で始める最強英雄譚～仲間と共に少年は最強へ至る～

第五章

ヒルクライム、ユウグレナ

　王族のＡ級召喚士であるヒルクライム、そしてその姉ユウグレナ。

　かつてアースガルズ王国の王候補でありながら、Ｂ級召喚士であるゼノベクトにその地位を奪われ（本人は奪ったつもりがない。先代がゼノベクトを後継者に指名した）、現在二人は辺境の地で領主をしていた。

　だが、二人はアースガルズ王国近郊の町にいた。

　高級宿を丸々一つ貸し切りにし、ラウンジでお茶を楽しんでいたのである。

「さて、そろそろか……」

　ヒルクライムは紅茶のカップを置く。

　現在四十歳。召喚士としての実力はもちろん、指導力もある。頭脳明晰でスタイルもよく、四十歳というのに若々しい容姿は二十代後半といっても信じるだろう。

　だが、ヒルクライムは等級至上主義者。自分より低い等級の者をヒトとして扱わず、差別することになんの迷いもなかった。

　ヒルクライムは対面に座る女性……ユウグレナに言う。

「姉上。例のＳ級召喚士の件、うまく処理できそうです。少し無理がありましたが、Ｓ級召喚士を犯罪者に仕立て上げ、その責任を取る形で等級を廃止。Ｓ級を認めたゼノベクトにも責任を取ってもらう……ははは。力だけが本当の強さではないということを証明できそうだ」

「そうね……オズワルドの件はなかなか利用できた。あの子にもお礼しなきゃね？」

　ユウグレナはにっこり笑う。

　紫を基調とした派手なドレスを着た四十半ばの女性だ。だが、その姿は二十代後半にしか見えない。若々しい姉弟である。

　二人が話している内容は、Ｓ級召喚士の件であった。

「まったく。メテオール様が余計なことを……Ｓ級という等級を作り上げたせいで、余計な苦労ばかりしている。特Ａ級は象徴であり、Ａ級が最高の存在であることが当たり前だというのに」

「そうねぇ。それに、ゼノベクトも無能よねぇ……魔人を討伐したから？　未知の寄生型だから？　そんなことで、召喚士の歴史にないＳ級などという等級を創設するなんて、あってはならないことよ」

「その通り。ゼノベクトめ、この責任はとってもらうぞ……」

　全ては、この二人の仕組んだことだった。

　新聞社への圧力、オズワルドが裁判所へ訴えるための支援、リリーシャたち生徒会への支援など、このヒルクライムとユウグレナがこっそり支援をしていたからこそ、Ｓ級を落としＡ級を再び持ち上げることができたのだ。

　アースガルズ王国の情勢は、当然ながらこの二人の耳に入っている。

「あとは……」

「ああ。ゼノベクトだけ……」

「その前に、決めないとね」

「そうだな。姉上……」

　二人の間に、Ａ級召喚士の強大な圧同士がぶつかる。

　二人の計画。それは、Ｓ級を廃止しゼノベクトを王座から蹴落とすこと。

　そして、二人のどちらかが王としてアースガルズ王国を治めること。

　険悪な二人だが、まずは共通の目的のために手を組んでいた。

　すると、遣いの兵士がラウンジへ。

「失礼いたします。ヒルクライム様、ユウグレナ様。お手紙を預かってまいりました」

「手紙……ふふ、吉報かしら？」

「姉上。この話はまた」

　ヒルクライムは手紙を受け取り、王族専用の刻印が入った羊皮紙を取り出す。

　そして───目をカッと開いた。

「───なっ」

「なに？　内容は？」

「……まずいぞ、姉上」

「はぁ？」

　手紙を受け取ったユウグレナ。そこには、短い一文が。

　『仮面舞踏会を楽しみなさい───この意味を知られたくなければ、Ｓ級から手を引きなさい。メル』

　ユウグレナの顔色が変わった。

　なぜ、メルがこのことを知っている。

　ヒルクライムは冷や汗を流し爪を噛んだ。

「メルディス。ゼノベクトの娘。そして……あの女の娘(・・・・・)か。なぜこのことを知っている！？」

「…………」

「姉上。まずいぞ……『仮面舞踏会』のことを知っているのは」

「……引くしかない」

「え」

「Ｓ級から一時的に手を引くわ。オズワルドの件、そしてＡ級召喚士のたちの支援も一時中断。まずいわね……待って、支援は継続。窓口をいくつか経由して行うことにしましょう。ヒルクライム、手紙の用意を」

「あ、ああ……くそ、なぜメルが。ええい、あの小娘……！！」

　ユウグレナはラウンジのドアを開け、待機していたメイドに手紙の準備をさせた。

　オズワルドの訴えは撤回され、アルフェンの罪も消えた。

　全てが元に戻ったわけではない。だが、メルが動いたことでヒルクライムとユウグレナは警戒を強めることになる。

　◇◇◇◇◇◇

　早朝、オズワルドの元に届いた手紙にはこんなことが書いてあった。

　『訴えを至急取り下げるべし。これは命令である───【仮面舞踏会】』

　これを見たオズワルドは目を見開き、開いた口がふさがらなかった。

　とにかく、【仮面舞踏会】の命令は絶対。オズワルドは食事も着替えもろくにせず裁判所へ向かい、告訴状を取り下げた。

　そして、家に戻り手紙を書く……あて先は【仮面舞踏会】宛て。【仮面舞踏会】から支給された便箋に手紙を入れて封をすると、一瞬で燃えあがり手紙は消える。

「どういうことだ……！！」

　Ｓ級、そしてアルフェンを貶めるために訴えた。

　オズワルドも少々無理があると思っていた。戦闘中に話した内容で名誉棄損、侮辱など、罪として認められるわけがない。だが……どういうわけか、審問官も裁判所にもすんなり告訴状が通ったのだ。

　これはいける。そう思っていた矢先の『取り下げるべし』だ。これにはオズワルドも納得できなかった。

「くそ……【仮面舞踏会】め、どういうつもりだ」

　オズワルドは、出勤時間が迫る中、自室の執務室を忙しなく歩く。

　たまに執務机の三番目の引き出しを開ける。だが、そこには何も入っていない。

　【仮面舞踏会】から指示がある場合、ここに必ず便箋が入っているはずなのだが。

「……ええい！！」

　手紙はまだ来ない。

　オズワルドは、仕方なく学園に出勤した。

　◇◇◇◇◇◇

　授業を終え、生徒会役員を生徒会室に招集した。

　オズワルドは、今朝届いた手紙の話をする。生徒会メンバーは全員が等級至上主義者で、謎の支援者である【仮面舞踏会】の存在を知っていた。

　その【仮面舞踏会】がＳ級、アルフェンの告訴を取り下げろと言ったことにショックを受けていた。告訴されれば罪は確定し、Ｓ級の存在は消えるはず。そう聞かされていたのだ。

　模擬戦に負けても新聞社が同情の記事を書き、Ｓ級の評判は落ちＡ級召喚士の地位や人気は再び向上……問題なく進んでいた。

　ここで、告訴の取り下げだ。

　リリーシャは、オズワルドに聞く。

「その命令、無視するわけには？」

「駄目だ。【仮面舞踏会】の指示は絶対……支援者は多くいるが、支援者を全員集めても【仮面舞踏会】以上の支援は期待できない」

「ならば……」

「告訴は取り下げた。だが、Ｓ級の人気は落ちＡ級召喚士の人気は戻りつつある。今の状況は半々といったところか……」

「これからどうするんですか？」

「指示を待つ。と言いたいが……【仮面舞踏会】が使えなくなる場合もある。その時に備えて、我々も独自で動く必要がありそうだ」

　そして、ダオームが挙手。

「それでは、何か案があるのですね？」

「ああ。我々に足りないのは実績だ。こうなったらやるしかあるまい」

「……ま、まさか」

「そうだ。魔人討伐……これ以上の功績はあるまい」

　オズワルドは、生徒会役員を見渡す。

「きみたち生徒会役員、そしてＢ級、さらにＡ級召喚士……これらを動員し、魔人討伐を行う」

　これに、リリーシャが挙手。

「魔人の行方は？」

「……『嫉妬』と『怠惰』は手が出せん。残りは『強欲』と『色欲』……諜報部を総動員し、行方を捜索させる。見つけ次第、討伐隊を編成し魔人討伐を行う。魔人討伐後、大々的に知らしめようではないか。Ａ級召喚士が魔人討伐を成し遂げたとね」

　オズワルドは、ユメを語る少年のような声色だった。

　◇◇◇◇◇◇

　アルフェンの部屋にメルがやってきた。

　当たり前のように椅子に座り、アルフェンの方を向く。

「とりあえず、告訴の件は終わったわ。評判までは戻らないけど、しばらくは普通通りの生活ができるはずよ」

「それはどうも。お前、何したんだ？」

「切り札の一つを切っただけ。あーあ。これで叔父様や叔母様にわたしの本性が知れちゃった。もう少し泳がせてから地獄見せてやろうと思ったのに」

「……えっと」

「ま、いいわ。現状を整理するわね」

　メルは足を組みかえた。

「A級召喚士……というか、生徒会の背後に叔父様と叔母様の組織【仮面舞踏会】が付いてるわ。いつ接触して支援を受けたのかはわからないけど、新聞社の件や今回の告訴の件も絡んでるみたいね。【仮面舞踏会】は等級至上主義者の集まりで、前々からS級の存在を快く思っていなかったみたい」

「そんな組織が……」

「一部の貴族と王族の集まりよ。まぁ、わたしが王になったら潰すつもりだったから、ずーっと前から潰すための材料を集めてたんだけどね。はぁ～……人畜無害な王女を演じてたけど、これで警戒されちゃったわ」

「……悪い」

「あなたが悪いわけじゃないわ。【仮面舞踏会】は昔からある組織だし、メテオールもS級を設立するにあたって【仮面舞踏会】の危険性を知っていた。なんとか抑えてたみたいだけど……どうも、二十一人の『審判(ジャッジメント)』が妨害してたみたい。そこを突かれて今回の騒動になったようね」

「メテオール校長……そういや、最近見てないな」

「王城にいるわ。どうも仕事漬けみたいね……」

「あのさ、王様とかお前の兄貴とか、不審に思ってないのか？」

「全っっっ然。あの能天気馬鹿どもはいつも通りよ。ったく……おじい様、お父様を後継者に命じた理由が『ヒルクライムとユウグレナよりはまし、その次に期待』って理由よ？　期待なんかしてないし、利用されやすいからわたしが守らないと」

「お前も大変だな」

　メルは再び足を組みかえる。

　腕組みもし、疲れたようにため息を吐いた。

「はぁ～……S級は魔人討伐だけさせたいんだけど、どうも敵は味方に多い……んー、A級は味方じゃないか。そういうわけにもいかないのよねぇ」

「だな。面倒くさい……」

「……あのさ、すっごく空気読めてないし、馬鹿馬鹿しい話なんだけど」

「ん？」

　メルは言いにくそうだ。

　物事をズバズバ言うメルにしては珍しい。

「お父様、S級を呼んで晩餐会を開催したいって……」

「……はぁ？」

　意味が分からない。

　アルフェンは、嵌められたとはいえつい数日前まで訴えられていたのだ。国内の人気も下がり、今はA級とS級人気は同程度。そんな中で国王がS級を晩餐会に招待するなど、いろいろ勘違いされても仕方ない。

　だが、メルは言う。

「そういう空気読めないのよ……本当に、ただ純粋に、魔人討伐をしたS級召喚士とご飯食べたいってだけ。裏表のない王様なのよ」

「……ま、まぁいいんじゃね？　そういうの好感持てるぞ」

「等級至上主義者が知ったらどうなることやら……」

　アルフェンは苦笑いし、メルは大きなため息を吐いた。