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新聞社

 『ユグドラシル新聞社』に勤める新聞記者ベンザックは、編集長の机を拳で叩いた。


「なんっっっですかこの記事は!! オレが書いた記事じゃない!! S級とA級の模擬戦、S級の圧倒的勝利だったじゃないですか!? こんなA級に同情が集まるような記事、しかもS級がバケモノ揃いとか……こんな胡散臭い記事、どうして!!」

「……仕方ないんだ」

「仕方ない!? ってか、原稿を上げたのは昨日の夕方!! 朝刊の発行をするにしても、新しい記事は……そうか、初めから」


 ベンザックは気付いた。

 模擬戦翌日に掲載する記事は、すでに決まっていたのだ。

 新聞社が用意していたのは三通り。A級勝利を盛大に祝う記事、A級敗北だがS級はバケモノ揃いという記事、そしてA級とS級は引き分けたという記事。

 このことを知っているのは編集長と数人の幹部だけ。

 つまり、国民に知らせる内容はすでに決まっていたのだ。


「一体、誰がこんな……」


 ベンザックは怒り狂っていた。

 真実を伝えるメディアが、ねじ曲がってしまったのだ。新聞記者としての誇りを汚されたベンザックは、ぎりぎりと歯を食いしばり編集長を睨む。

 編集長は、大きなため息を吐いた。


「……このユグドラシル新聞社は、アースガルズ王国で最も大きい新聞社。その信用度は王国一だ」

「そんなこと知っている!!」

「だがな……新聞社も逆らえない『権力』があるんだ。貴族連盟だけならまだ何とかなった。だが……『王族』相手には逆らえん」

「……お、王族って、アースガルズ王族」

「そうだ。アースガルズ王族のサンバルト殿下が敗北したという事実は変えられん。ならば、勝利者であるS級を乏める内容の記事にしろと圧力をかけた」

「そんな!? いくら王族でも、この国で最も大きい新聞社を潰すなんて」

「できる。それが……アースガルズ王族なんだ」


 編集長はため息を吐いた。

 そして、このユグドラシル新聞社の記事をきっかけに、S級召喚士の存在は憧れから『恐怖』へと変わっていった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 アースガルズ王国。

 人口三千万人を超える大国家であり、この『ユグドラシル大陸』の中心国家。

 召喚士発祥の地であり、はじまりの召喚士である『アースガルズ』が興した国がアースガルズ王国なのだ。

 そう、はじまりの召喚士アースガルズこそ『魔帝』である。

 その魔帝の血を引く者たちこそアースガルズ王族。大国家アースガルズを治める王族である。

 王族は、生まれながらにして強大な召喚獣を身に宿し、その力は最強の二十一人にも匹敵する……と言われているが、近年、その力は衰えを見せているとか。

 特に、今代の王ゼノベクトは、B級止まりの召喚士。先代であるアースガルズ王に選ばれ国王に即位しただけの……正直、無能だった。

 だが、長男サンバルトは様々な才能にあふれた立派な青年、二女メルも美貌に恵まれた才女だった。

 今代はともかく、次世代は……それが、国王の側近たちの本音だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 そんな王族の一人メルは、誰もいないS級寮の自室で歯を食いしばっていた。

 床には、ビリビリに破かれたユグドラシル新聞社の記事が散らばっている。


「あんのクソオヤジ……最初からこうするつもりだったのね!! あぁぁぁむっかつくぅぅぅっ!! なによこの記事!! 勝ったのはS級なのに、こうもA級が賞賛されちゃってぇぇぇ!! しかも何? 『まるで魔獣のような戦いっぷり、そして姿』って? なによなによ!! あぁもぉぉぉぉぉっ!!」


 メルはとにかく切れていた。

 模擬戦の後、リリーシャたちが満足そうに引き上げていったのをチラ見したが、もしかしたらこの記事のことを知っていたのかもしれない。そして兄サンバルト……奴も知っていた可能性がある。

 

「……あのクソ兄貴、今日もリリーシャのところに行ってるはず」


 調べなくてはならない。

 メルは呼吸を整え、指をパチッと鳴らした。


「フギン、ムニン」

「「ここに」」


 すると───メルの影から二人の男女が現れた。

 漆黒の衣装を身に纏った十五歳ほどの少年少女だ。髪の長さと体格で男女と識別できるが、顔までマスクでおおわれているので表情はわからない。

 メルは、影の自然型召喚獣『ナハトムジーク』を操る少年フギンに言う。


「フギン、情報収集を命じるわ。ムニンと一緒にA級召喚士全員の会話を盗聴、全ての会話を記録して。模擬戦の熱が冷めていない今しかないわ」

「御意」

「ムニン、学園在住のA級召喚士、あと生徒会役員にも『付けて』おきなさい」

「御意」


 ムニンの召喚獣は装備型でも希少な『憑依型』で、他者の持ち物に『憑依』して能力を行使する。ムニンの場合、他者の持ち物に憑依して会話を盗聴する『ヴォイスギャザー』という召喚獣を持っていた。

 召喚獣の形状は丸いシールのような形で、貼ることで持ち物と一体化し会話を盗むことができる。

 フギンとムニン。二人一組のメル直属部隊だ。


「じゃ、頼んだわよ」

「「御意」」


 二人はメルの影に潜り消えた。フギンの力で、影から影へ移動しているのだ。

 メルは呼吸を整え、部屋を出た。

 一階に行くと、アルフェンがオレンジジュースを飲みながら新聞社の記事を読んでいた。


「……ん、おお」

「読んだようですね」

「ああ。はは、こうもねじくれた結果とはな。昨日、あいつが余裕ぶってたのってこういうことだったのか。少しは変わると思ったんだけどなー……」

「…………」


 メルは何も言わず、しばらくアルフェンを見つめていた。

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