ウィルの苛立ち
ウィルは、苛立っていた。
フロレンティアは来ない。ニスロクが再度呼び出しても連絡が付かない。
オウガを倒されるとは思っていなかったのだろう。ニスロクとレイヴィニアが人間に懐柔されたと知り、不用意な接触を避けているようだ。
ウィルは、イライラしながら城下町を歩いていた。
「……ッち」
舌打ちが止まらない。
酒でも飲もうと手ごろなバーに入り、カウンターに座って酒を頼む。
バーのマスターはグラスを磨いていた。
「スコッチ。つまみも適当に」
「はいよ」
丸い氷が入ったグラスに、琥珀色の液体が並々と注がれる。
つまみはチーズにナッツ。甘い物が欲しかったがそこまで言わない。
ウィルは、ロックグラスを掴みちヘンリーと飲む。
「…………」
「お客さん……何かあったのかい?」
「あぁ? ……フン、まぁな」
バーのマスターはグラスを磨きながらウィルに言う。
ここでマスターに当たったところで仕方ない。ウィルはスコッチを飲み干し、お代わりを要求した。
「お客さん、いい飲みっぷりだね」
「そりゃどーも」
マスターがお代わりのスコッチを注ぎ、出す。
ウィルは酒で酔うことはあまりない。寄生型となったウィルは身体が頑丈になっただけではなく、怪我や病気にも強くなり、アルコールでもあまり酔えなくなってしまった。
だから、強い酒を飲み、ほんの少しだけ酔う。その感覚がウィルは好きだった。
マスターは話題を提供しようと話をする。
「そういや聞いたかい? アースガルズ召喚学園のS級の話」
「あぁ……知ってる」
「すごいよなぁ。若干十五歳のアルフェン・リグヴェータが、二十一人の召喚士をも超える偉業を達成したんだとよ。『憤怒』の魔人討伐の功績を称え、勲章と称号が授与されたんだと」
「…………」
「二十一人の召喚士、それを超える称号……『愚者』のアルフェン・リグヴェータ! いやぁ~……子供ながらすごいねぇ」
「ガキじゃねーよ。あいつは」
「え?」
「あいつは強い。ッち……今のオレでも勝てるかどうか。クソ、あいつの言った通りになっちまったな。次はオレがあいつを超える番、か」
「お、お客さん? アルフェン・リグヴェータを知ってんのかい?」
「ああ、まぁな……」
ウィルは金貨を一枚カウンターに置く。
大金だが、お釣りをもらうつもりはないのか、そのまま立ち上がる。
「お、お客さん、お釣り!」
「いらね。いい話を聞かせてくれた礼だ」
「い、いい話? ……ん、あんた、どこかで……あ、ああっ!!」
「じゃ、ごちそうさん。また来るぜ」
「あ、アンタ! S級の……」
マスターが何かを言う前に、ウィルはバーを立ち去った。
◇◇◇◇◇◇
件のアルフェン・リグヴェータは、一人寮の自室で本を読んでいた。
「はぁ……」
オウガ襲来から、すでに一月以上経過していた。
アルフェン・リグヴェータは有名になりすぎた。
国王から勲章と報奨金、そして『愚者』なんて称号までもらった。
そして、国が少し落ち着き始めると、取材が殺到したのである。前回は学園の門で押さえられていたが、今回は敷地内に記者が侵入する事態になった。
そこで、学園は記者会見の場を設けると言った。それまで待ってくれと。
「記者会見って、何を話せばいいんだ……」
記者会見の会場は、アースガルズ王国にある最大規模の新聞社『ユグドラシル社』だ。
そこで、魔人討伐の話やアルフェン・リグヴェータに関する質問を受けなくてはならない。あまりにもかったるく怠い仕事だった。
「おい! おいいるか!」
「ん……なんだよ、レイヴィニア」
「飯の時間だぞ! はやくはやく!」
「わかったわかった」
『嫉妬』の魔人レイヴィニアが、ノックもせずに部屋に入ってきた。
この寮で保護することになったレイヴィニアは、容姿が変わっている。
白い髪は黒色に、褐色の肌は白い。ツノはなくなり、着ている服も可愛らしい服だった。
ニスロクも同様で、人間に見せるために変装らしい。
これは、二十一人の召喚士の一人『恋人』エンプーサという、アースガルズ王国ナンバーワンのメイクアップアーティストの『能力』で造った外見だ。
エンプーサを手配したガーネットには感謝しかない。ちなみに、レイヴィニアの変装コンセプトは『アルフェン・リグヴェータの妹』らしい。ニスロクもまた同様だった。
食堂には、ウィルを含めた全員が揃っていた。
「おそい! もう、冷めちゃうでしょ」
「悪いフェニア、じゃ、食うか」
「アルフェン、私も野菜の皮むき手伝ったんですよ?」
「は、オジョーサマの芋の皮むきは悲惨だったぜ?」
「あはは。アタシも手伝ったけど……」
「ニスロク、起きろ!」
「ふんぎゃ!? うぅ~……ちび姉、もっと優しく起こしてよぉ」
フェニアがプンプン怒り、サフィーが胸を張り、ウィルが小馬鹿にし、アネルが苦笑する。
レイヴィニアは、ソファで寝ているニスロクを蹴り起こしていた。
「ふふ。たのしいわね」
「だなぁ……ここもにぎやかになったもんだ」
メルは、当たり前のようにいた。
アルフェンはメルの隣に座る。
「では、いただきます」
アルフェンがそう言うと、全員が食べ始めた。
騒がしくも楽しい食事。かつてのF級クラスを思い出し、アルフェンは笑った。
今だけ、この後に控えている記者会見を忘れ、楽しむことができたアルフェンだった。




