『憤怒』の魔人オウガ
『強欲』の魔人ベルゼブブ。
『色欲』の魔人フロレンティア。
『怠惰』の魔人ニスロク。
『嫉妬』の魔人レイヴィニア。
『傲慢』の魔人ヒュブリス。
『暴食』の魔人アベル。
そして、『憤怒』の魔人オウガ。
最強と呼ばれた二十一人の召喚士が戦い、勝てる気がしなかった魔人である。
オウガは『無敵』だった。どんな攻撃も受けたが、どんな攻撃でも耐えきった。
緑色の血が大量に流れても、四肢が千切れても、内臓が零れ落ちても死ななかった。
その闘争心に、二十一人の召喚士が心折れようとした瞬間───オウガは突然戦いをやめ、どこかに去って行ったのだ。
主に前線で戦っていたのはベルゼブブ、フロレンティア、そしてヒュブリス。残された三人では召喚士を押さえることができず、魔帝は封印された……それが真実だった。
「なぜ奴が戦いを放棄したのか不明だが……『憤怒』の魔人は最強だ。それに、この感じ……かつて戦った時よりも強くなっている!!」
ガーネットが苦虫を嚙み潰したような顔をする。
アルフェンたちが知らない話だ。アルフェンたちは、『二十一人の召喚士が魔人を追い詰め、魔帝を封印することに成功した』としか聞いていない。
だが、ガーネットの表情が物語る。さらに、校庭にいるオウガの威圧感がそれを語る。
「ど、どうしよう……」
「…………」
レイヴィニアは、ガタガタ震える手で、アルフェンの袖を引っ張った。
今にも泣きそうな顔で。ニスロクも眠気が冷めたのかガタガタ震えている。
アルフェンは、大きく息を吐き───右腕のジャガーノートを発動させる。
「お、俺が時間を稼ぎます……二十一人の召喚士なら、勝てますよね?」
「……わからん。奴の能力は恐らく……『不死身』だ。どんな致命傷も奴には致命傷にならない」
「でも、俺なら……俺の能力なら」
「……頼む」
触れれば、能力を使えば勝てる。
だが、圧倒的な何かを感じたアルフェンは、恐怖を感じていた。
今までにない自信をオウガから感じる。だが……袖を引くレイヴィニアの弱々しさが、アルフェンの背中を押した。
「ウィル、いけるか……?」
「フン……『色欲』の前に準備運動だ。援護はしてやる」
「フェニア、サフィー、レイヴィニアたちを頼む……アネルは」
「…………」
アネルは真っ青だった。
無理もない。いくら戦闘訓練を受けていても、元は平民の女の子だ。寄生型召喚獣の身体能力があっても、オウガの相手は難しそうだった。
アルフェンは、深呼吸をする。
「───よし!!」
そして、教室の窓から校庭に降りた。
ほんの数十メートル先に、斧を持ったオウガがいる。
「あん? なんだお前?」
「お前を倒しに来た……いくぞ!!」
「ハッ!! んん?……その眼、あぁぁぁん!? なんでテメェがその眼を……ジャガーノートの『第三の瞳』を持ってやがる!!」
「さぁな。モグがくれたんだよ……俺にな!!」
「ふっざけんじゃねぇ!! ジャガーノートを倒すのはオレだったんだ!! ドレッドノートのクソ野郎、勝手にオレの獲物を!! あぁイライラする!! ムカつくぜぇぇぇぇぇっ!!」
オウガが地団駄を踏むたびに、地面に亀裂が入る。
「テメーをぶっ殺して憂さ晴らしさせてもらうぜぇぇぇ!! ガァァァァァァーーーッ!!」
「っ!!」
斧を構えたオウガが、アルフェンに向かって突っ込んで来た。
◇◇◇◇◇◇
恐るべき圧力だった。
ダモクレス以上の圧。『融合』したダモクレスに匹敵───アルフェンは考えるのをやめた。
突っ込んでくるオウガ。斧を振りかぶりアルフェンを両断しようとする。
圧はあるが、回避できる速度だった。
「ガァァァァァァーーーッ!! ウッガァァァ!! ガルルァァァッ!!」
「っく……め、滅茶苦茶、だっ!?」
ブンブンブンと、斧が滅茶苦茶に振り回される。
回避はできる。隙も多い。アルフェンは右手を開き、『硬化』を込める。
「あぁぁぁぁぁイラつくぜぇぇぇぇっ!! 当たれヤァァァァっ!!」
「嫌だ、ねっ!! 喰らえ!!」
大振りの一撃を躱し、右腕を『硬化』させた。
途端に、関節がビシッと固まり右腕の動きが止まる。このまま全身が『硬化』され、空間も時間も停止───。
「ぐるぁぁぁっ!! いっでぇぇぇ!! いだいぃぃぃっ!! ぶっ殺ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なっ───噓だろ!?」
硬化が消えた。
確かに、右腕に触れて硬化を発動させたはず。硬化したら最後、時間も空間も何もかも硬化し、最後は死を迎える無敵の能力のはずだ。
だが、消えた。どういう理屈か不明だが消えた。
「ジャァァァァァァ!!」
「っぐ!? くそ、なんだお前!? 能力」
「シャガァァァァッ!! ガァァァァァァーーーーーーッ!! ジャッシャァァァァっ!!」
止まらない。
話す暇もないくらいオウガは暴れる。
何度か『硬化』してもすぐに効果が切れてしまう。ガーネットは『不死身』と言ったが、そんな理由で説明できる能力ではない。
アルフェンは、斧をなんとかしようと決めた。
「ギャァァァァーーーーーッ!! ジャッシャァァァァ!!」
「このっ……」
豪快な振り下ろしを紙一重で躱し、身体をひねって側面へ。
拳を握り、斧を思いきり殴った。
「『獣の一撃』!!」
ゴォォン!!と、斧に振動が伝わる……が、斧は折れるどころか傷一つ付かない。
アルフェンの硬化した右手と互角の強度。
「効くかァァァッ!! ジャァァァ!! ガァァァーーーッ!!」
「っく……とまんねぇ!?」
止まらない。
オウガの動きは滅茶苦茶だが、アルフェンがどんなに殴っても止まらない。外皮が固いのか傷一つ負わず、ただ斧を無茶苦茶に振り回している。
ガーネットは、冷や汗を流しながら呟いた。
「あれが『憤怒』の戦法だ。ただ滅茶苦茶に斧を振り回す……あたしらがどんな攻撃を加えようと止まらないし、怒りに任せて暴れるだけの姿は召喚士たちに恐怖を植え付けた。能力は『不死身』……」
「違うよ」
ガーネットの説明を遮り、レイヴィニアは言う。
アルフェンの戦いを見ていた全員がレイヴィニアを見た。
「オウガの能力は『不死身』なんかじゃない。あいつの能力は『回帰』……どんな怪我をしても、『自分が認識する最強の自分』の状態に戻るんだ。あいつは、常に『怒り狂った自分』に自分を回帰させてる……一度暴れたら永遠に止まらない。どんな能力もオウガを止められない」
アルフェンとオウガの戦いは、未だ終わりを見せない。




