悲しみは赤く、両足は朱く
───死にたい。
アネルはそう言った。
聞き間違いではない。アネルの涙が、目が、表情が物語っていた。
アルフェンは思わずアネルを見つめる。すると、アネルはアルフェンを見て顔を歪ませた。
「ねぇ、どうして? どうしてアタシは生きてるの? お父さんもお母さんも死んで、村のみんなも飲み込まれた……アタシ、死にたくなかったの。だから助けてって叫んだの。そうしたら、アタシの召喚獣ピンクが『死なないで』って……アタシの脚、赤くなって、鉄みたいに硬くなって……もうわけわかんない、アタシ死にたい、死にたいの……!!」
「…………」
アネルはアルフェンの腕を掴みガクガク揺する。
アルフェンは、どうすることもできなかった。
「重症、ね……アルフェン、この子……もう」
「やめろ……フェニア」
「……ごめん」
アルフェンはもちろん、フェニアにもわかった。
アネルは、望んで寄生型になったのではない。死にたくないという意志に召喚獣が応え、失った両足になって復活しただけなのだ。
アルフェンやウィルのように、失って強くなったのではない。失い、心が死んでしまった。闘争心など持たない普通の少女が、寄生型になってしまっただけだ。
なら、どうするべきか。
すると、サフィーがそっと近づき、アネルの手を取った。
「今は、お辛いかもしれません。でも……死にたい、なんて言わないでください。あなたの境遇は聞きました。だからと言って、命を投げ出すなんてことをあなたの家族は望むでしょうか?」
「…………」
「今は、心を休めましょう。ね?」
「…………」
アネルはボロボロ涙を流し、小さく頷いた。
サフィーは、そんなアネルをそっと抱きしめる。柔らかな胸にアネルを押し付けて安心させる。まるで幼子が泣くのを止める母親のように。
それから五分ほど、アネルは泣き続けた。
◇◇◇◇◇◇
アネルが泣き止み、ようやく落ち着いた。
多少は話を聞くようになったアネルは、サフィーを、フェニアを、アルフェンを見る。
「あの……あ、あなたたちは?」
「あ、自己紹介がまだでした。私の名はサフィー。こちらがフェニア、そしてアルフェンです」
「よろしくね!」
「ども」
フェニアはピース、アルフェンはひょいっと手を上げる。
せっかくなので、アルフェンはサフィーに任せることにした。
「現在の状況をご説明します」
「う、うん……ここ、どこ? それにこのドレス……なんだかいい匂いするし」
アネルは自分の恰好や場所にようやく疑問を持った。
サフィーはわかりやすく、なおかつ簡単に説明する。
アネルが奴隷商人に拾われたこと、ブーバッキーに落札されたこと、アルフェンたちも落札されたこと、ここが魔人ヒュブリスのいる場所で、アルフェンたちは魔人を倒しに来たことなど。
「ま、魔人……あの、魔帝が召喚した七つの災厄……!?」
「ああ。『傲慢』の魔人がここにいる。俺たちはそいつを討伐しにきた」
「でも、なんでアタシを……?」
「……お前が、俺と同じ『寄生型』だからだ。俺やお前みたいな『寄生型召喚獣』は、召喚獣の歴史が始まってからまだ数人しかいないんだよ。だから、お前を保護するために来たんだ」
「寄生型召喚獣……ピンク」
ピンクというのは、アネルの元の召喚獣だ。
小さな桃色の蜘蛛で、いつも肩に乗せて糸を吐き、その糸で刺繍などをするのが趣味だったらしい。
アネルは俯く。だが、フェニアが言う。
「今は俯かないで。ねぇ……まだ死にたい?」
「……わからない。でも、あなたたちと喋って少し落ち着いた。今は……ここから出たい。奴隷なんて嫌よ」
「うん! よーし。アルフェン、これからどうする?」
「そうだな。とりあえず、ウィルが暗殺に成功すればそのまま脱出だけど───」
アルフェンがそこまで言った時だった。
グラグラと地面が大きく揺れたのだ。
「うおっ!? じ、地震だ!!」
「きゃあっ!?」
「わわわっ!? サフィー、アネル、こっちこっち!!」
フェニアがサフィーとアネルに抱き着き、アルフェンは壁に寄り掛かる。
なんとも言えないタイミングに、アルフェンは嫌な予感がした。
そして、地震が止み───。
「っぐ、うぅ……ふ、『ガラハド』……転移」
部屋の中央に、ボロボロのアルノーが現れた。
一同はギョッとする。アルフェンはすぐに駆け寄り、アルノーを抱き起す。
「アルノーさん!!」
「す、すまん……暗殺は失敗だ。ま、魔人ヒュブリス……恐るべき強さだ……ガハッ!!」
「ひでえ怪我だ……あ、ウィル、ウィルは!?」
「た、戦っている。すまない、私では太刀打ち、できん……きみの、寄生型で、ウィルと、一緒に……」
「……わかりました!! アルノーさん、鍵を」
「あ、あ……」
アルノーはポケットから鍵を取り出す。
アルフェンはそれを受け取り、自分の首輪を外し、鍵をサフィーに渡す。
「サフィー、フェニア、アルノーさんを安全な場所に。グリフォンを使って上空から脱出するんだ」
「わかった。って言いたいけど……あんたは」
「俺はウィルのところに行く。どうもさっきの地震、嫌な予感しかしない。サフィー、アネルを頼むぞ」
「わかりました! 安全な場所に移動したら、援護に戻ります!」
「ああ」
「あ、あの……」
アネルは、アルフェンを心配そうに見た。
アルフェンはアネルに見せつけるように、右腕を変える。
「奪え───『ジャガーノート』」
右腕が漆黒に、手甲のような形に変化。右半分の皮膚が黒くなり、瞳が黄金になった。
アネルは、その姿を目に焼き付けた。
「俺もお前と同じだ。召喚獣に生かされてここにいる」
「……アタシと同じ」
「ああ。俺はこの力を戦うために……そして、俺の召喚獣モグとの約束のために使う。生きるためにな」
「……生きる、ため」
「へへ、ちょっと恰好付け過ぎた……じゃあな!!」
アルフェンは右腕を伸ばし、窓をブチ破って外へ出た。
フェニアとサフィーはアルノーを担ぎ、アネルに言う。
「まずは外へ出るわ!! 羽ばたけ、『グリフォン』!!」
グリフォンが窓の外で大きく羽ばたき、フェニアに『乗れ!!』と鳴く。
フェニアたちがグリフォンの背に乗る。
「アネル、早く乗って!!」
「…………」
アネルは自分の両足を撫でつけ───アルフェンが去った方を見つめていた。