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『傲慢』の魔人ヒュブリス

 魔人ヒュブリス。

 身長は百八十を超え、褐色の肌に真っ白な髪をオールバックにした四十代半ばほどの外見だ。

 上品な髭を生やし、着ている服も高級なスーツを上下に着込んでいる。ここまで見れば普通の人間にしか見えないが、ヒュブリスにはアベルと同じく、頭部に反りかえったツノが二本生えていた。

 ヒュブリスがいるのは、どこにでもある小さな農村だった。

 その農村に目を付けたヒュブリスは、堂々と二本の脚で村に入る。

 

「フゥム。いいね……この寂れ具合、我が寵愛を与えるに相応しい」


 農村は、見た目以上に寂れていた。

 細い川が流れ、その水を使い田畑を作っている。

 住人はボロく色フェニアた服を着て、栄養状態が悪いのか顔色がよくない者ばかりだ。よく見ると、田畑はやや荒れている……どうやら、農業に適さない地のようだ。

 すると、ヒュブリスを見た農民が───。


「ひっ……なな、なんだあんた!? ツノ……ま、魔獣か!?」

「はっはっは!! 我が魔獣とはな。いやいや違うのだ、我は魔人ヒュブリス。村人よ、腹は空いておらぬか? それとも金は足りているか? 望みがあればなんでも───」

「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ!!」

「お?……ふむ、やはり友好的というのは難しい」


 村人は逃げ出した。

 その村人が叫びまわりながら逃げたせいで、小さな村では一気に騒ぎが広まった。

 魔人ヒュブリスの襲来。

 住人は農具を投げ捨て、わずかな家畜を納屋に入れ閉じこもった。

 ある家は父親が鍬を持ち大汗を流し、ある家は母親が幼い子供を抱きしめ毛布をかぶり震えていた。


「はぁ……なぜ人間と言うのはこうも臆病なのだ……我はただ、施しを与えたいだけなのに」


 とぼとぼと村を歩く。

 十分も歩かないうちに、一周してしまった。

 住宅は二十もなく、状態の悪い田畑があるだけ。なんともつまらない村……だからこそ、ヒュブリスが施しを与えるのにふさわしい。


「さて、どうするか……む?」


 ヒュブリスは気付く。

 ボロい小屋の影に十歳くらいの少年が蹲っていた。

 ヒュブリスはその少年に近づく。


「少年。いいことを教えてやろう。『頭隠して尻隠さず』……ふはは、頭を押さえて隠れるのはいいが、尻は丸見えという意味だ」

「ひっ……ひ」


 少年は、小さなイタチを抱いて震えていた。

 どうやら愛玩型召喚獣のようだ。

 

「ここは、きみの家かな?」

「そ、そそ、そう、です……」

「ご両親はいるかね?」

「い、いません……ぼく、一人で暮らしてます、ほ、ほんとです」

「そうかそうか。では、これをやろう」

「……え?」


 ヒュブリスは『魔法』を使う。

 魔人にしか使えない『能力』で、ヒュブリスは空間に裂け目を作り、そこに手を入れる。

 亜空間から取り出したのは……調理された串焼きだった。


「ミノタウロスの肉だ。人間にとってご馳走と聞いて購入した」

「…………」

「遠慮をするな。人間は肉が好きなのだろう? 我も肉が好きでな……うむ。少年、熱いうちに食え」

「……ッ!!」


 少年は、ヒュブリスの手から串焼きを奪うと、がつがつと食べ始めた。

 

「なかなかいい食べっぷりだ。よし、水も飲め。おかわりの肉もあるぞ」

「い、いただきます!!」

「はっはっは。焦るな少年」


 ヒュブリスは少年に『施し』を与えた。

 肉を、水を与え、少年の警戒心は緩んだようだ。

 いくつかの視線を感じることから、少年とヒュブリスの会話を住人は聞いているようだ。

 ヒュブリスは、少年の住むあばら家を見上げる。


「それにしても、ひどいあばら家だな」

「……以前、嵐のせいで壊れたんだ。おれ、子供だし直せなくて」

「ふむ、ならば任せよ」


 ヒュブリスがそっと手を掲げる。

 すると、家を覆うほど巨大な魔法陣が展開され、地面から『黄金』がせりあがってきた。

 黄金は少年の家を包み込み、形を変え、あっという間に黄金の家が完成したのだ。


「これでよし。さ、今日からここへ住め。それと、生活費が必要だな?」


 ヒュブリスは両手をしっかり握りこみ、少年の目の前で広げる。

 すると、ヒュブリスの手には数十枚の金貨、宝石、アクセサリーがあった。


「これだけあれば当面の生活は可能だろう。さぁ受け取れ」

「…………」

「む? どうした少年。間抜けな顔をして」

「…………あの、あなたって神様なんですか?」


 少年の純粋なまなざしに、ヒュブリスは噴き出した。


「ぶ、はっはっはっはっは!! か、神とは……ハハハハハッ!! いやいや違う違う。我は魔人。ヒュブリスとでも呼んでくれ……おお、出てきたか」


 ようやく、住人たちが集まってきた。

 少年の黄金の家が羨ましいのか……住人たちの眼が少しずつ、欲望に染まっているのがよくわかる。

 ヒュブリスはニヤリと笑う。


「種は植え付けた。ふふ……あとはじっくり育てるだけ」

「あの、魔人様……おれ、あなたにお礼がしたいです!」

「む?」


 少年は、キラキラした目でヒュブリスを見上げた。

 その眼がとても眩しく、ヒュブリスは眩んでしまう……そして同時に思うのだ。この目をどうやって曇らせるか。ヒトを崇拝の眼で見る純粋な少年が、他者を傲慢に見下すような眼をしたらどうなるのか。

 それを考えると、ヒュブリスの下半身が熱くなる。


「れ、礼ならいい……ふふっ、ならば、裕福になり、幸せになるのだ。それが何よりの恩返しであるぞ」

「恩返し……」

「うむ。少年よ、施しを受け入れ、幸せに、満たされるのだ。それが何よりの恩返しであるぞ」

「……はい!! ありがとうございます!!」


 少年は、頭を下げた。


「おれ、ブーバッキーって言います! 魔人さま、ありがとうございます!!」


 これは、アルフェンたちが奴隷オークションに出る二十年ほど前のできごと。

 アースガルズ王国が、ゆるやかに発展していく農村を見つけ、魔人の存在を知る前。『傲慢』の魔人ヒュブリスを確認する前の話である。

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