《鉄の脚》
真紅の鉄の脚。
舞台袖で、ウィルは舌打ちした。
「寄生型だと……くそ、とんだ掘り出し物だな。おい、どうするんだ?」
「……私たちは商人だ。客じゃないからオークションには参加できない。それ以前に、奴隷を落札できるような金は持っていない」
アルフェンは、奴隷という立場を忘れてアルノーへ聞く。
「き、寄生型って珍しいんでしょ!? 奴隷とか、そんなのまずいんじゃ」
言葉がうまく出てこない。
自分やウィルと同じ『寄生型召喚獣』に、親近感みたいな感情が合った。
アルノーは、悔し気に首を振る。
「確かに、寄生型召喚獣は希少な存在だ。召喚獣の歴史が始まって五人しか確認されていない……そう、希少過ぎて存在が殆ど知られていないんだ。あそこの司会者が言うように、世間一般では『珍しい』という認識でしかない」
「……くっ」
「だが、どんな事情にせよ、希少な寄生型召喚獣だ。腐った金持ちの慰み者になる前に、保護しなければ」
「……アルノーさん、一つお願いが」
「……?」
アルフェンは、オークション会場を眺めながら考えた。
現在、寄生型の少女を巡って賭けが始まっている。
『それでは、金貨五百枚からスタート!!』
『八百!!』『九百!!』『千だ!!』
掛け金は順当に上がって行く……少女を見ると、自分の賭けなのにまるで他人事のような表情をしていた。それがアルフェンには引っかかる。
そして、掛け金が二千まで上がり、落札者の手が上がらなくなったところで出た。
『五千!!』
『五千!! おーっと、五千が出ました!! さぁさぁ他にいませんかぁ!……はい決まり!! こちらのレアものはあなたの物だ!!』
『よっしゃぁぁ!! レアものゲットォォォ!!』
肥え太った、ミノタウロスよりも醜い男が落札した。
全身をキラキラしたアクセサリーで固め、ぶくぶくと醜く太った顔を歪ませ喜ぶ姿は醜悪の一言に尽きる。だが、金を持っているのは間違いない。
「アルノーさん……お願いします」
「……危険すぎるぞ」
「でも、やります」
「……わかった」
アルフェンの策に、アルノーは乗ることにした。
フェニアとサフィーは首を傾げ、ウィルは作戦を耳打ちされニヤッと笑う。
そして、オークションはアルフェンたちの順番へ。
ステージへ上がると、とんでもない数の視線が突き刺さった。
『それではエントリーナンバーテン!! フラガラッハ奴隷商館の登場だぁ!! 登録奴隷は三名、かわいい女の子二人、同じくかわいい男の子が一人だぁ!!』
「え、俺かわいい?」
「馬鹿、喋んな」
思わず漏れた言葉にウィルが反応する。
司会者が、アルフェンたちの『使い方』を説明する。愛玩だの夜伽だの、不愉快な説明にフェニアとサフィーも表情を殺すのに必死だった。
あらかた説明が終わると、アルノーが挙手する。
『ん~? どうしましたフラガラッハさん?』
司会者がマイクをアルノーへ。ちなみにフラガラッハさんというのは偽名だ。
アルノーは、クスクス笑いながら言う。
『いえ。実はサプライズを用意していたのですが……どうやら、新鮮味が薄れてしまったようです』
『サプライズとは?』
『ええ。ご覧頂きましょう』
アルノーは、チラリとアルフェンを見た。
会釈も、会話もない。視線だけで会話。
アルノーは、アルフェンを手錠と首輪を外す。
『ちょちょ、何を!?』
『ご安心を。さぁ、見せなさい!!』
「───へへ」
アルフェンは、右腕を変化させた。
ジャガーノート。異形の黒腕、黄金の目が会場内へ。
先ほどの真紅の脚の少女と同様の、召喚獣とヒトが合わさった姿だった。
『ご覧ください!! 彼は先程の少女と同じレアものです!! サプライズとして用意していたのですが……はは、先をこされたようで』
会場内がどよめいた。
今度は、どこか楽し気な驚き。
アルノーは司会者にマイクを返すと、司会者は咳払いをした。
『ごっほん! いやぁ~サプライズ! まさかこんな隠し玉を持っていたなんてねぇ~……あとでお話を聞く必要はあるけど、盛り上がったからヨシ! じゃあ入札を始めよう! 今回はちょっと特別。個々ではなく三人同時の入札だぁ! 金貨三千枚からスタート!!』
『一万!! 金貨一万じゃ!!』
始まりと同時に、鉄の脚を持つ少女を落札した男が手を挙げた。
『わっはっは!! レアもの、レアものじゃあ!! わしのコレクションにしてやるのじゃあ!! お前ら、悪いことは言わん。わしとやりあわん方が身のためじゃぞお!!』
ミノタウロスみたいな男は鼻息を荒くさせながら叫ぶ。
その叫びが効いたのか、他に入札はなかった。
こうして、アルフェンたちは買われた。アルフェンの狙い通り、寄生型の少女と同じ男がアルフェンたちを買った。
「……計画通り」
アルフェンはニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇
控室に戻ったアルフェンは、大きく息を吐いた。
「あぁ~……何とかなったぁ」
「まさか、てめーの腕を見せるとはな。いい度胸してるぜ」
「あたし、めっちゃビビったわ……」
「私もです……」
アルフェンたちは、束の間の休息を得ていた。
現在、アルノーはオークション運営に呼び出しをされている。サプライズという形で誤魔化したが、競売中の奴隷の枷を外すなんてありえない行為だ。
すると、アルノーが戻ってきた。
「ふぅ……厳重注意で済んだよ。会場も盛り上がったし、次回からやらないようにとね。まぁ、次回はないし、このオークション会場もこの世から消えていると思うがね……」
アルノーは、ちょっぴり怖いオーラを纏っていた。
ウィルは気にせず言う。
「で、これからどうする?」
「オークションが終わったら、アルフェンくんたちを買った男がこの部屋に来る。契約し、魔人の村まで運搬し、そこで料金を支払って初めて契約成立だ」
「オレらが運ぶんだな?」
「ああ。そこは違いないはず」
ウィルとアルノーが喋っているのを聞いていると、フェニアががっくりうなだれた。
サフィーは、首を傾げる。
「どうしたのですか?」
「いやぁー……あんなミノタウロスみたいな男に買われるなんてねぇ……ぶっちゃけ気持ち悪すぎる」
「俺もそう思う。ってか、ヒトのことレアものとか……」
「確かに、ミノタウロスみたいな豚ですね。ふふ、焼いたら「ブヒィィィ!」って鳴きそうです」
「「…………」」
たまーに、サフィーは過激だった。
アルノーがピクリと何かに反応。アルフェンたちを急ぎ檻へ戻す。
すると、ドアがノックもせずに開かれ……件の「ミノタウロス男」と、従者らしき男が二人入ってきた。
アルノーとウィルは跪く。
「やぁやぁ! わしの可愛い奴隷ちゃんを見に来たぞ! さぁさぁ契約契約!」
「はい。では……こちらの書類にサインを」
ウィルが差し出した書類にサインする男。
名前は「ブーバッキー」というらしい。ウィルは笑いを必死にこらえた。
書類にサインを終えたブーバッキーは、檻に近づく。
「ぶふーぶふー……くぅぅ、かわいいなぁ。エメラルドグリーンの女の子、綺麗なシルバーブルーの女の子……ぶひひ、おっぱいおっきぃねぇ……それに、こっちの黒髪の子も可愛いのだぁ♪」
「「「……ッ」」」
豚とミノタウロスが醜い行為をして生まれた子。そんな言葉がぴったりの男だった。
暑くもないのに汗をかき、顔はアルフェンの二倍以上大きい。不摂生なのか顔じゅうにできものができており、顔が大きいのに目が異常に小さく、口と鼻がデカかった。
そして、体臭もキツイ。素肌の上に真っ赤なローブを着て……もう、気持ち悪すぎて容姿や服装を観察するのをアルフェンはやめた。
ちなみに、ブーバッキーは男もイケるらしい。
「ふほほふひぃ! あっちのレアモノも可愛かったのだぁ。ちょっと目が死んでたけど、お人形さんみたいに着飾って、部屋の隅っこに飾っておくのだぁ!」
「……!」
「じゃあ、『魔人村』まで運搬よろしく~♪ 報酬はそこで支払うのだ~」
魔人村。
『傲慢』の魔人ヒュブリスがいる村だ。
ようやくスタート地点に立った。
アルノーは、ブーバッキーの従者から村までの地図と入場許可証をもらう。ブーバッキーは満足したのか、上機嫌で部屋を出た。
「くっせぇ……しかも脂まみれ。野生のミノタウロスのがまだマシだな」
「同感だ」
アルノーは、書類をチェックしながらきっぱり言う。
「……よし。オークションは終わりだ。このまま魔人村まで出発しよう」
「あの、ここから近いんですよね?」
「ああ。馬車で半日ほどだ。夜には到着する」
「……あの、寄生型の子もいますよね」
「恐らくは……アルフェンくん、まずは魔人討伐が先だ。彼女は後でゆっくり捜索しよう」
「わかりました……」
「きみたち未成年を購入した時点で、ブーバッキーは犯罪を犯している。すべてが終わったら奴を逮捕し、奴隷保護の名目で寄生型の少女を保護しよう。その後の処遇だが……」
「はい。あのオークションの司会者が言ってたことが真実なら、あの子の家族はもう……あの子が望めばですけど、S級に勧誘しようと思います」
「……それがいいだろう」
「フェニア、サフィー、ウィル。お前たちもそれでいいか?」
「もちろん!」
「私もかまいません!」
「……構わねえけどよ。あの目、死んでたぞ……戦力になるとは思えねぇぞ」
「戦力とかは今はいいよ。それに、俺とお前がいれば問題ないだろ」
「…………そうだな」
「さ、話は終わりだ。アルフェンくんたち、また奴隷のふりを頼むよ」
アルフェンたちは頷き、再び奴隷のふりをしてオークション会場を出た。
◇◇◇◇◇◇
外に出て馬車に向かうと……いた。
「おお、あなたは確か……フラガラッハ奴隷商館さんですな?」
「あなたは、ヤザワ奴隷商店の……」
アルフェンたちの馬車の近くにいたのは、寄生型の少女を連れた奴隷商人だった。
奇しくも、馬車は隣同士で駐車していたようだ。
ヤザワ奴隷商店の店主ヤザワは、アルフェンを見てにんまり笑う。
「申し訳ございませんねぇ。知らなかったとはいえ、あなたの隠し玉である奴隷もレアモノだったとは。いやははは、話題性では私の勝ちですかな?」
「そうですね。ところで、その少女ですが……」
頭にくる物言いだったが、大人なアルノーは意に介していない。それどろころか、むこうが話しかけてきたのをいいことに、情報を引き出そうとする。
「ああ、拾ったのですよ。先ほど話した生い立ちですが、事実です。ミノタウロスのスタンピードで村が全滅しましてね……たまたま、スタンピード後の村に立ち寄ったら、この娘が両足を失った状態で死にかけてまして。いやはや、とんでもない光景でした。この娘の召喚獣が溶けるように消えた途端、この娘の両足が生えてきたんですわ……」
「……なるほど」
間違いなく、寄生型召喚獣だ。
だが……アルノーが少女を見ても、ピクリとも反応しない。
何か言おうとするアルフェンをウィルが押さえていた。
「一応、アネルという名前はあるようですがね。足が治って起きたら一言も喋らないし……なんというか、両親が死んじまって心が死んでるようですわ。まぁ、売れたし後の世話はあちらさんにお任せですよ。はっはっは!」
「……ははは」
アルノーは、笑顔と笑い声を出すのに苦労した。
ヤザワは、アネルを馬車に乗せ御者席へ。
「では! お互い、いい商売ができたようで何よりですな」
「ええ……では」
ヤザワの馬車は走り出した。
残されたアルフェンたち。そして、ウィルが言う。
「なるほどな……」
「な、なによあんた。どうしたのよ」
フェニアが言うと、ウィルはアルフェンを見て言った。
「オレやお前と違って、あのガキは望んで寄生型召喚獣を得たわけじゃなさそうだ。オレやお前みたいに戦う意志がない」
「……それは俺も思った」
「どうすんだ? S級に引き込んだところで、戦うなんて無理に決まってる。お前の苦労は水の泡だが、ぶっちゃけ関わらないほうがいいと思うぞ」
「お待ちください!! それでは、あのお方はどうなるのですか……?」
「さぁな。心が死んじまってるし、あの豚の慰み者でも十分に生きていけるだろ。時間をかければ心の傷も癒えるかもな。それに、アルノーが豚を逮捕した後は保護されるし、アースガルズ王国の施設行きってこともある」
「ちょ、それじゃ……でも、なんかモヤるわね……アルフェン、どうするの?」
「…………」
すると、アルノーが手をパンと叩く。
「話はそこまでだ。まずは魔人が優先だ。さぁ、出発するぞ」
「…………」
アルフェンは、答えを出せないまま……馬車に乗り込み出発した。




