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魔獣

 王国から出発すること半日。

 景色が切り替わり、整備された街道をただ進む。

 途中、行商人の馬車や《冒険者》たちと何度もすれ違った。

 アルフェンは、馬車の窓を開けて外の景色を眺めている。


「はぁ~……こういう平和なの、久しぶりだな」


 寝て起きて、飯食べて、授業受けて、タイタンと戦って。それの繰り返しだった。

 こうして馬車に乗って出かけるのは、リグヴェータ家を出て以来だ。

 フェニアは、サフィーの髪を櫛で梳きながら言う。


「そうねー……それにしても、サフィーの髪って綺麗……綺麗なシルバーブルー、サラサラで……不思議とひんやりして、手触りよくて」

「あ、あの……あまり褒められると恥ずかしいです」

「ふふ。あたしの髪ってちょっとクセッ毛だからさ。こういうサラサラなの羨ましいわ。公爵家のシャンプーってどんなの使ってる?」

「えっと……化粧品事業を行っている、シャララン子爵家からの贈り物が定期的に届くんです。それを使ってます」

「シャララン子爵……お、王国ナンバーワンの美容品事業を行っているところじゃん! いいなぁ……」

「よかったら、フェニアも使いますか? まだまだいっぱいありますので」

「いいの!? やたっ、サフィー大好き!」

「きゃぁっ!? も、もう! 急に抱きつかれると驚いちゃいます!」

「…………」


 なんとなく、居心地の悪いアルフェンだった。

 カバンを漁ろうとして気付いた。娯楽の道具を何も持ってきていない。

 本、ボードゲーム、カード。ラッツたちの遺品を譲り受けた物は寮に置いてきてしまった。

 仕方なく、窓の外を眺める。


「───ん?」


 そして気付いた。

 街道脇の藪が揺れた。

 アルノーとウィルも気付いたのか、馬車が止まる。

 そして、アルノーが御者席の窓を開け、アルフェンたちに言う。


「全員、戦闘準備。魔獣が現れるぞ」

「魔獣……!!」

「了解!!」

「りょ、りょうかい!!」


 魔獣討伐経験のあるフェニアは素早かった。

 サフィーは緊張している。フェニアは馬車から降り、グリフォンを呼び出す。

 そして、グリフォンの背に乗る。


「アルノーさん、あたしは上空から援護をします。同時に上空を警戒、飛行型魔獣が現れた場合、これに対処します!」

「ああ。任せる……いい判断だ」

「えへへ。飛行型の戦闘マニュアルに従っただけです」


 そう言って、フェニアはグリフォンの背に乗り上空へ。

 サフィーも召喚獣を呼び出し、ウィルも左腕を銃に、アルフェンも右腕のジャガーノートを呼びだす。

 そして───魔獣が現れた。

 巨大な、ウシみたいな二足歩行の魔獣が五体だ。


「召喚獣ミノタウロスか……魔帝が最も多くこの世に召喚した召喚獣、いや……魔獣だ」


 魔獣。

 魔帝が己の軍勢として呼びだした召喚獣が、魔帝が封印されると同時に制御を失い、この人間世界にとどまり暴虐の限りを尽くす存在である。

 魔獣は、主である魔帝が人間にやられたことに怒り、人間を見つけた場合問答無用で襲い掛かってくる。そう、今まさに。


『ゴォォォォォーーーーーーッ!!』

「私は馬車を守る。魔獣はキミたちに任せたぞ!!」

「え!? ま、マジですか!?」

「ああ。キミたちなら問題ない。S級の実力、見せてくれ!!」


 アルノーは下がり、馬を落ちつかせ始めた。

 そして、左腕を構えたウィルが言う。


「オレが三体、お前とオジョーサマで一体ずつやれ」

「え、だ、大丈夫なのか!?」

「……お前、いい加減気付け。この程度の雑魚魔獣、クソオヤジと戦い続けたお前なら五秒もかからないぞ。それと、援護は期待するな……上も忙しそうだ」

「「え」」


 サフィーと上を見ると、巨大なコウモリ魔獣とフェニアが戦っていた。

 アルフェンとサフィーは顔を見合わせ、戦闘態勢に入る。


「サフィー、気を付けろ」

「はい!! マルコシアス、やりますよ!!」

『ガルルルッ!!』


 アルフェンが飛び出すと同時に、ウィルの指から銃弾が発射され、ミノタウロスの頭部を綺麗に貫通し───あっさりと一体倒れた。

 アルフェンは、拳を思い切り握りしめる。


『ガァァァァァァァァッ!!』

「このっ……喰らえっ!!」


 右腕を振りかぶる。

 距離は約十メートル。

 迫りくるミノタウロスに向けて、拳を巨大化させ、腕を伸ばしてパンチを繰り出した。


「『獣の一撃(ジャガーインパクト)』───えっ」


 拳がミノタウロスの顔面に突き刺さり陥没。

 ミノタウロスは、あっけなく死んでしまった。


「…………え、終わり? え?」


 あまりにも手ごたえがない。

 すると、ズタズタに刻まれたコウモリが落ちてきた。さらに、氷の剣が数十本突き刺さったミノタウロスが吹っ飛んできた。

 そして、穴だらけになったミノタウロスが二匹、倒れた。


「終わり! ふぅ、ビッグバッドまでいるとは思わなかったけど、あたしの敵じゃないわ!」

「「…………」」

「って……どうしたのよ、二人とも」

「あ、いや……なんか、弱かった」

「は、はい。その……なんだか、ユメみたいで」


 アルフェンとサフィーは『自分たちが強い』ではなく、『敵が弱い』と判断している。

 ウィルは、帽子をかぶり直しながら言う。


「ミノタウロスは雑魚だ。でも、一撃で倒せるような脆い雑魚でもない……お前たちが強くなってんだよ。いい加減に気づけ」

「「…………」」

「ま、戦っていけば慣れるわ。さ、行きましょう!」


 フェニアとウィルは召喚獣を戻し、アルノーの元へ。サフィーも遅れて走り出す。

 アルフェンは、ミノタウロスの死体を見つめ、右腕を握った。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔獣ミノタウロスを退けたアルフェンたちは、何事もなかったかのように馬車に乗って先に進む。

 道中、何度か魔獣が現れたが……ウィルの言う通り、アルフェンたちの敵ではなかった。

 そして、半日ほど進み、アルノーが空を見上げた。


「そろそろ野営の支度を始めよう。日の高さから見て、あと二時間もしないうちに日没だ」

「……だな。おいお前ら、野営だってよ」

「「「野営!!」」」

「……なに興奮してんだ」


 アルフェン、フェニア、サフィーが少し興奮していた。

 三人とも、野営は初めてだったのだ。フェニアは野外活動の経験はあるが、寝泊まりしたのは山小屋や町の宿だったので、野営が楽しみだったのである。

 ウィルはくだらなそうに鼻を鳴らし、アルノーの指示で馬車を川沿いに、岩影の近くに止めた。

 アルノーは、アルフェンたちに指示を出す。


「薪の確保、テントと竈の設営、水汲みの三班に分かれる。薪の確保はアルフェンくん、テントと竈は私とウィル、水汲みはフェニアくんとサフィーくんに任せよう。では行動開始!」

「「「はい!!」」」

「チッ……仕切り屋め」


 アルフェンは薪拾いに近くの林の中へ、フェニアとサフィーはバケツに水汲み、ウィルはしぶしぶ竈の準備を始めた。

 アルノーは、持参した煉瓦を手早く組んで竈を作るウィルを見る。


「ほぉ、なかなか手際がいいな」

「一人旅が長かったんでな……」


 手早く竈を組み上げ、テントの設営も手伝うウィル。

 口は悪いがこういうところは優しい。それがアルフェンたち、そしてアルノーの評価だった。

 すると、水を汲みに行ったフェニアとサフィーも戻ってきた。


「水、すっごく綺麗!」

「マルコシアスが確認しましたが、そのままでも飲めるそうです!」

「ああ。この辺りの水はとても綺麗でね……だが、この先からは飲料に適さない川もある。水の確認はしっかりすることだ」

「「はい!」」

「おい、食材を出せ。下ごしらえする」


 ウィルはいつの間にか簡易テーブルを準備し、肉や野菜を切り始めた。

 そして、右腕を巨大化させ、大量の薪を抱えたアルフェンも戻ってきた。


「……そんなに集めたのか?」

「す、すみません。薪、どのくらい使うのかわからなくて」

「うーん……三日分くらいはあるな。よし、使わない薪は束にしてまとめて持って行こう。明日も野営だし、手間が省けた」

「……ほっ」


 胸をなでおろすアルフェン。すると、高速で野菜を切っていたウィルが言う。


「おい、薪集めたなら火を点けろ」

「あ、悪い」

「アルフェン、火を点けたらあたしが風起こしするから」

「頼む、フェニア」


 アルフェンは、かまどに薪をくべ、油を付けた布切れに火打石で火をつけた。

 そして、布を竈の中へ。すると、少しずつ薪に火がつく。

 

「グリフォン、そよ風」

『クゥゥ……』


 グリフォンは、『物足りない……』とでも言いたげな表情だ。

 軽く翼を振ると、そよ風が巻き起こり薪がよく燃える。


「よし、後は任せろ……お前ら、邪魔だしあっちいってろ」

「ちょ、なによそれ!! あたしだって料理くらい……」

「汗臭いっつってんだ。オジョーサマ連れて川行って来い」

「な、な、な……お、女の子に、臭い、臭いって……!!」


 フェニアはピクピク震えていた。だが、アルフェンとアルノーにはわかった。

 

「サフィー、フェニアを頼む。水浴びしてこいよ」

「……わかりました。ふふ、ありがとうございます」

「うむ。護衛に召喚獣を呼んでおくのを忘れないように」

「はい。ほらフェニア、行こう」

「くぅぅ……あの偏屈帽子!! 許さないからね!! ちょっと聞いてんの!?」


 フェニアはサフィーに引きずられ、川へ消えた。

 アルフェンとアルノーは顔を見合わせ、ウィルに向かって苦笑する。

 ウィルはフライパンを小刻みに振るい、肉と野菜をいためていた。


「お前さ、もう少し言い方あるだろ? サフィーは気付いたけどフェニアは気付いてないぞ」

「知るか。汗臭いのは事実だ」

「素直じゃないな。いや、不器用なだけか」

「お前ら……さっさと皿でも並べてろ!!」

「うわっ!? おま、油飛ばすなよ!?」

「ははは。こりゃ退散!!」


 ウィルは、フェニアとサフィーを気遣ったのだが、素直じゃなかった。

 アルフェンは、楽しかった。

 仲間と一緒にする作業が、こんなにも楽しいなんて思っていなかった。


 今だけ───S級、魔人という言葉を忘れ、純粋な気持ちで野営を楽しめた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 食事、後片付けが終わり、これからの確認をした。


「見張りは二人ずつ。二時間交代で行う。アルフェンとサフィーくん、ウィルとフェニアくん、私は一人でいい。まずは私が見張りをするから、四人ともゆっくり休むように。次の見張りは……アルフェンくんたちに任せよう」

「「「はい!」」」

「へいへい。じゃあ寝るわ」


 ウィルは欠伸をしてテントへ。

 フェニアたちと別れ、アルフェンもテントの中へ。

 ウィルはすでに熟睡……アルフェンも寝袋の上に横になり、大きく欠伸した。


「おい」

「……ん?」

「オレは一人でいい。お前の幼馴染、とオジョーサマの三人で見張りしろ」

「は……? いや、いきなりなんだよ」

「うるさそうだからな。たまには一人の時間が欲しい」

「フェニアはうるさ……うん、うるさいな。アルノーさんに言えよ……ああ見えてフェニアは優しいし、話し相手にするなら退屈しないぞ」

「それが嫌なんだよ。いいか、焚火ってのは孤独の時間なんだ。火を見つめ、揺らめく炎を眺め、薪の水分が弾ける音を聞き、炎の熱を肌で感じる……その間、静寂を保たなければならない。それが野営でする焚火の醍醐味だ」

「知らねーよ……なんだよそれ……くぁぁ、俺は寝る。二時間しかないからな……」


 この日、わかったこと。

 ウィルが気配り屋で、野営の焚火好きということだ。

 翌日、ウィルが寝不足そうな目でアルフェンを睨んでいた……どうやら、フェニアに話しかけられてとても疲れたようだ。フェニアはいつも通り笑っていたし、意外と仲良くなれそうな気がしたアルフェンだった。

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