出発
翌日。
ウィルが朝食を作り(いつの間にか食事係になっていた)、四人で綺麗に平らげる。
そして、各々が荷物を寮の前に出し、アルノーの到着を待った。
アルフェンは、少しだけ興奮していた。
「出発だな……ふぅ」
「アルフェン、興奮してる?」
「まぁな。フェニアは?」
「ちょっとね。でも、依頼は受けたことあるから」
「依頼、ですか?」
「うん。サフィーは知らない? D級以上の学生は学校から『依頼』を受けて校外活動できるの」
依頼は主に、学園が準備する。
等級によって内容は変わり、B級の依頼は魔獣討伐が殆どだ。
ウィルは、帽子の鍔を弄りながら言う。
「町の外に出る魔獣は雑魚ばかりだ。何度か大型を狩ったことがあるけどよ……正直、あのクソオヤジの召喚獣のが何倍も強いぜ」
クソオヤジというのはダモクレスのことだ。
魔獣は、過去に魔帝が召喚した凶悪な召喚獣だ。種類も様々で、どういう理屈なのか召喚獣同士で繁殖し、この人間世界で増えているらしい。
アースガルズ王国に所属する召喚士はもちろん、実戦経験を積むために学生が討伐に向かうこともよくあった。なので、学生が魔獣狩りで外に出ることは珍しくない。
「あの、少し不思議に思ったのですが……停学処分中に外に出ていいのでしょうか?」
サフィーの疑問だ。
これに応えたのはアルフェンだった。
「停学は、学園の全設備と教室の使用不可で、与えられた課題を寮でやれってことなんだ。今回の場合、与えられた課題が魔人討伐ってだけさ」
「なるほど……」
「魔人を狩れば、S級の俺たちが受けた停学処分や問題行動なんて吹っ飛ぶくらいの功績だぞ」
それが、ガーネットの狙いだ。
S級の悪評は消え、魔人の脅威も一つ消える。
アルフェンたちは知らないが、S級反対派の教師を抑え込むということもある。
雑談で盛り上がっていると、馬車に乗ったアルノーがやってきた。
「待たせたな。さっそく荷物を積み込め。予定を確認したら出発する」
「わかりました」
「はーい」
「はい!」
「…………」
馬車に荷物を積み込み、アルノーは四人を集めた。
アルノーは、騎士服ではなく、防刃繊維で編まれた服に胸当てにブーツ、腰には短剣を装備していた。騎士と言うより、平民が町の外で薬草採取でもしに行くスタイルだ。
だが、にじみ出る高貴な雰囲気が平民を感じさせない。
アルノーは地図を広げ、目的地を指さす。
「まず、ここから北の町に向かう。ここで準備をして奴隷売買が行われている村に潜入。『魔人の村』の住人にお前たちを落札させ、町に侵入だ。その後、私とお前で村の調査をして魔人の居場所を突き留め、可能なら暗殺……不可能なら直接対決だ」
アルノーの作戦に、ウィルが鼻で笑う。
「はっ……暗殺なんてできるのか?」
「なんだ、自信がないのか? キミの仕事だぞ」
「あぁ?」
「キミの左腕、『狙撃銃』になるのだろう?」
「……チッ」
アルフェンとの戦いで見せた形状変化だ。
タイタンとの戦いでも何度か使用している。
「オレがやるなら話は別だ。魔神の四肢にブチ込んで痛めつけて、『色欲』の情報を洗いざらい喋ってもらう……」
アルノーは、フェニアとサフィーを見た。
「正直に言おう。奴隷の扱い、しかも女性となればいろいろ危険が伴う。覚悟はできていますか? 特に……サフィア様。貴女は」
「問題ありません。私は公爵家令嬢の前に召喚士です。貴族という立場から任務を放棄するつもりは毛頭ございませんのでご安心を。どのような辱めにも耐えてみせましょう」
「あたしも大丈夫。酷い目に合う前にさっさと魔人を倒してよね!」
アルフェンも、大きく頷いた。
「それに、俺がいる。なにがあろうと、俺が二人を守るよ。この右腕に誓ってな」
「「……っ」」
「ははは! なんだお前、女の前でカッコつける男は早死にするぜ?」
「ばーか。俺が死ぬかよ」
「……無自覚かよ」
ウィルは呆れ、アルノーはなぜか微笑んでいた。
そして、アルフェンに向かってアルノーは言う。
「アルフェン君。先日のダモクレス隊長との戦い、見事だった」
「え……」
「隊長の拳に怯まず向かうキミの行動は無謀ともいえる。だが、男として一歩も引かないキミの行動に敬意を表する」
「あ、いえ……ど、どうも」
年上の、しかも騎士からこんなことを言われると照れくさい。
アルフェンは、アルノーの差し出した手をそっと握った。
「よし。では出発しよう……ウィリアム君、キミは私の隣だ。御者の経験は?」
「なんでオレがそんなことをやるんだっつーの」
「それは、キミが私の補佐だからさ。それで、できるのか、できないのか?」
「……できる。つーか、キミとか君とか付けるな。虫唾が走る」
「では、ウィルと呼ぼう。ウィル、交代で手綱を握ろうか」
「……チッ」
ウィルとアルノーは御者席へ、アルフェンたちは馬車に乗った。
「では、出発!」
アルノーの掛け声と同時に、馬が走り出す。
「S級初依頼! アルフェン、頑張ろうね!」
「私、緊張してきました……」
「ふぅ……よし!!」
フェニアは気合十分、サフィーは緊張し胸を押さえている。
アルフェンは深呼吸し、右手を強く握り締めた。