寄生型召喚獣
ガーネットの授業が始まった。
分厚い教科書を開くと、蛇のようにのたくった字が、汚い挿絵と共に描かれていた。
字は、なんとか読める……だが、絵は理解不能だった。
「あの、これ……どこの国の文字ですか?」
「なんだお前。字も読めないのかい? あたしの書いた教科書を読めるなんて光栄なことなのに」
「…………」
「ふん。どいつもこいつも、最高の魔女であるあたしの教本をまるで読もうとしない」
字が汚いから読めないのでは……と、アルフェンは突っ込みたかった。
だが、相手は二十一人の召喚士。メテオールと違い、なんとなく話しにくい相手だ。
アルフェンは、砕けのたうった字をなんとか読もうと努力する。
「まず、お前の召喚獣についてだ。お前、自分がどんな召喚獣なのか理解できるかい?」
「召喚獣……この右腕、ですか?」
「そうだ。お前、最初は『愛玩型』……大した能力もない小型の召喚獣だったろう?」
「はい。モグ……モグラの召喚獣でした」
「それが、どういうわけか得体の知れない召喚獣に生まれ変わって、あんたの右腕と同化しちまった。お前、何か心当たりはあるかい?」
「…………」
アルフェンは、モグと話した最後を思い出す。
「……モグは、真の姿って……仮初の姿だって言ってた」
「ほう……まぁいい。お前は世界で四人目の『寄生型』だ。覚えておきな」
「四人目……ほかにもいるんですか?」
「もう全員死んじまったよ。召喚獣の歴史が始まってから四人目ってことさ」
「…………」
「安心しな。全員、天寿を全うして死んだよ。寄生型だからって寿命が短いとかじゃないさね」
少しだけ、アルフェンは安心した。
ガーネットは、教科書のページをめくる。
「お前も実感しているだろうが、寄生型は召喚獣と身体が一体化している。特性の一つに、人間を遥かに越えた身体能力がある」
「あ……確かに」
アベルとの闘いで、アルフェンは身体に力が漲っていたことを思い出す。
殴っただけで岩が砕け、ジャンプしただけで校舎を飛び越え、地面が陥没し、数百キロはある校舎の壁を片手でつかんだりもした。
「寄生型は己の四肢を武器にする。これからお前は身体を使った体術を修めることが強さに繋がるだろう。それと、その右腕……お前の意思で自由に動かせるな?」
「そりゃまあ」
「うむ。では、発現してみろ」
「……モグ」
モグはもういない。だが……アルフェンはモグの名を呼んだ。
すると、右の二の腕皮膚が漆黒の鱗状になる。腕は籠手をはめたような形状になり、鱗状の皮膚は肩を伝って首に、顔の一部を侵食し、右目が赤く染まり瞳が黄金に輝く。
今気付いたが、右足も黒い鱗に侵食されていた。
「ほぉ、綺麗なもんだねぇ」
「……力がみなぎってきます」
「龍麟、いや……少し違うね。まぁいい。その腕、どこまで自由にできる?」
「えっと……」
アルフェンは、アベルとの戦いを思い出す。
まず、右腕を膨張させてみた。
「ほぉ、大きくできるのかい?」
「ええ。限界はあるみたいですけど……」
右腕は、籠手部分だけ膨張できるようだ。
不思議なことに重さは変わらない。腕を大きくして隣の机に載せてみると、机が重さで砕けた。
「うわっ!?」
「ふむ、どうやらお前には重さを感じないようだな」
「……全然軽いけど」
「さて、次は?」
「えーっと……」
アルフェンは、教室の壁に飾ってあった額縁を、座ったまま取った。
「ほう、伸びるのか」
「はい。限界はあるみたいですけど……」
二の腕部分は膨張しない。だが、けっこうな距離まで伸ばせるようだ。
膨張し伸びる腕。これはこの腕こと『ジャガーノート』の特性みたいなもので、能力ではない。
「では、能力を」
「はい。能力は……」
アルフェンは、砕けた机の隣にあった机に触れ、その上に腕を置く。
今度は砕けなかった。
「能力は『硬化』です。右腕で触れたものを硬くします。物というか、空気とか空間とか……時間とか、制限はありません」
「……恐ろしいな」
「はい。右腕をかざすだけで、どんな物でも固まります」
空気、空間、時間を『硬化』させる。
能力を使用すれば、誰であろうと倒せてしまう……だが、殺すのと同じだ。
アルフェンは召喚獣を解除した。
「おやおや、親切だねぇ。腕が肩から変化したってのに、服は破れていないじゃないか」
「あ、ほんとだ」
「さて、だいたいわかった。シンプルすぎる能力だけに強力だねぇ」
「…………」
「これなら、魔人を……復活し力を蓄えている『魔帝』をも滅ぼせるかもねえ」
ガーネットは、アルフェンに期待するような眼差しを向けた。
「とりあえず、お前は召喚獣についてもっと学ばないとねぇ。知識はあたしに任せておくとして、実戦経験を積むには戦いが一番だ。そのへんの教師はあたしが手配しておいたから、午後は実戦授業だよ」
「……え、ガーネット先生がやるんじゃ」
「あたしは二十一人の中では頭脳担当なのさ。戦いにうってつけなのは別にいる。メテオールから聞いてないのかい?」
「いえ……あ」
そういえば、メテオールからもらったS級に関する資料に書いてあった。
アルフェンはそこまで読んでいない。帰ったら資料をきちんと読もうと決意。
「ところで、S級には人員を勧誘する権利があるんだってね」
「…………」
「ふふ。一匹狼も悪くないけど、仲間は作っておいた方がいい。そこで相談なんだが……一人、紹介したい子がいるんだ」
「…………」
「そんな顔しなさんな。あたしの孫娘だよ」
「孫、ですか?」
「ああ。頭もいいし実力もあるんだが……少し病弱でね。入学式が終わってからずーっと寝込んでたのさ。おかげで、クラスの派閥に混ざれずに友達もできない。よかったら、あんたのところで引き取っておくれ」
「いや、そんなこと言われても……」
「実力は保証する。たぶん、新入生でも五指に入る召喚士だ」
「…………」
「ぼっち同士、仲良くできると思うよ? それに……孫は器量ヨシだ」
「…………」
「午後になったら紹介する。考えときな」
「えー……」
ガーネットは教科書を閉じ、首をコキコキ鳴らす。
けっこうな時間が経っていた。アルフェンの腹もなる。
あまり興味はなかったが、聞いてみることにした。
「あの、その孫娘の名前は?」
「ああ、サフィア・アイオライト。公爵家の娘だよ」
「え」
その名前には聞き覚えがあった。
入学主席生徒の名前が、確かそんな名前だったはず。
そういえば、B級たちの中にいなかった。
「さ、メシの時間だ。いっぱい食べて午後に備えな」
「…………」
アルフェンは、猛烈にめんどくさくなりそうな予感がした。
◇◇◇◇◇◇
寮で食事を終え、部屋でゴロゴロしてから校舎前に向かうと……ガーネット以外に二人いた。
一人は、大柄で隻腕の男性。もう一人は、薄青い長いショートヘアの少女だった。学園の制服を着て、腕章には『B』の刺繍が施されている。
アルフェンを見るなり目を反らし、なぜかモジモジしていた。
そんなことを気にせず、アルフェンはガーネットの元へ。
「お疲れ様です」
「来たね。あたしたちを待たせるなんて、S級のガキは生意気だね」
「あの、遅刻はしてないし、五分前ですけど……」
「時間が問題じゃない。待たせたことが問題なんだよ」
「えぇー……」
呆れるアルフェン。
すると、隻腕の男性がゲラゲラ笑った。
「かっかっか!! 相変わらずめんどくせぇババァだなぁ? なぁ坊主!!」
「うわっ!?」
アルフェンは、いきなり背中を叩かれた。
左腕しかないのにすごい力だ。
男性は、逆立った白髪にタンクトップを着て、迷彩柄のズボンに膝まである軍用ブーツを履いていた。身体には無数の傷が刻まれ、顔も傷だらけで片目が完全につぶれていた。まるで歴戦の兵士だ。
ガーネットは、男性を睨む。
「誰がババァだい? ダモクレス」
「おめーにきまってんだろ若作り婆さん。七十越えてるくせに誤魔化すなって!!」
「えぇぇぇ!? なな、七十!?」
アルフェンは驚愕した。
ガーネットは、どう見ても二十代にしか見えなかったからだ。
すると、ガーネットは持っていた杖で男性の腹を突く。
「いっでぇ!?」
「くだらないこと言わせるために呼んだんじゃないよ!! アルフェン、こいつはダモクレス……あたしと同格の二十一人の一人で、『戦車』ダモクレスと言えばわかるかい?」
「……ちゃ、チャリオッツ!? れ、歴戦の英雄!!」
「お? 嬉しいこと言ってくれるねぇ。そう、ワシはダモクレス。最強の召喚士よ!!」
ダモクレスは、筋肉を見せつけるようなポーズをした。
ガーネットはくだらなそうにし、それを無視。
そして、先程からずっと黙り込んでいる少女の背を押した。
「紹介するよ。この子はサフィア……サフィーって呼びな。入学式が終わってすぐに倒れちゃてね。そのまま寝込んでて、元気になったと思えばすでにクラスの派閥から遠巻きにされて居場所がないのさ」
「お、おばあ様!!」
「友達もできず一人ぼっちでメシ食ってるの見てどうもねぇ……アルフェン、面倒見ておくれ」
「…………」
アルフェンは、サフィーを見た。
薄いブルーのショートヘア、真っ白な肌、顔立ちは非常に整っており、どこか人形めいた美しさを感じる少女だ。アルフェンは頭を下げ、挨拶する。
「初めまして。リグヴェータ男爵家三男。アルフェンと申します」
頭を下げ、貴族の礼をする。
すると、サフィーもまたスカートを持ち上げ、貴族の挨拶をした。
「ごきげんよう。私はアイオライト公爵家長女、サフィアです」
「こらこら。誰がそんなかたっ苦しい挨拶しろって言った。この学園じゃ貴族の上下関係なんてクソさね。実力至上主義。たまたま貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが強い召喚獣持ってるだけのことさ」
二人の挨拶を、ガーネットはぶち壊した。
サフィーはくすっと笑い、アルフェンに言う。
「おばあ様の言う通りですね。どうか、私のことはサフィーとお呼びください」
「わかりました。では、自分のことはアルフェンと」
「……同い年ですし、敬語もなしで。お願いします」
「わかった。じゃあサフィーって呼ぶ」
「はい」
「……敬語じゃん」
「あ、その……こっちの方が慣れてて……ごめんなさい」
「いや、いいよ。で……ガーネット先生、これでいいですか?」
「うんうん。上等さね。で、どうだい? 勧誘する気になったかい?」
「いや、まだなにも」
「え? 勧誘……え?」
サフィーは、アルフェンとガーネットを交互に見て首を傾げていた。どうもS級やら勧誘のことやらを聞いていないようだ。
「さーて!! 挨拶も終わったし、そろそろワシの授業といこうかのぉ!!」
「そうさね。サフィー、あんたはあたしと授業だ。遅れた分の勉強を見てやるよ」
「あ、ありがとうございます。おばあ様」
サフィーとガーネットは教室へ。
そして、アルフェンとダモクレスが残された。
ダモクレスは、首をゴキゴキ鳴らし、左腕をぶん回す。
「授業内容は簡単じゃ!! 実践あるのみ!!」
「……たぶん、そんな気がしてました」
「がっはっは! ではやろうかのぉ……まずはお前の力を知りたい」
「───!!」
すると、ダモクレスの傍に召喚獣が現れた。
全身緑色の皮膚、でっぷりしたお腹、腕は丸太のように太く筋肉質で、足も太い。
足と腕にボロボロの手甲と具足を装備しており、全身傷だらけのヒト型召喚獣だ。
「ワシの『タイタン』と闘ってもらおうか!! ふはは、遠慮はいらんぞ!!」
「……わかりました」
アルフェンは、右腕に力を籠める。
モグの名ではなく、戦うための名を呼ぶ。
「来い───『ジャガーノート』」
アルフェンの皮膚が漆黒の龍麟へ変化、右半身の皮膚を覆い、白目が赤く、瞳が黄金に輝く。
アベルとの闘いでは無我夢中だったが、今は違う。
「ほう、構えはサマになっとるの」
「一応、実家で格闘訓練は受けましたから……まぁ、さっぱり上達しませんでしたけど」
アルフェンは、一応訓練は受けた。
格闘、剣、槍、銃……召喚士は召喚獣だけが戦うのではない。どんなに強力な召喚獣でも、召喚士が死ねば消滅する。召喚獣同士の戦いで、召喚士同士が殴り合いするのは珍しくない。
「では……お手並み拝見。行けタイタン!!」
『ブォォォォォッ!!』
タイタンは雄叫びを上げ、アルフェンを睨みつけた。
不思議と、アルフェンは恐怖をあまり感じていなかった。
モグがそばにいる。それだけで戦う気になれた。
「行きます……!!」
アルフェンは、タイタンに向かって走り出した。




