赤黒き光と青白き闇
壮絶な衝撃波だった。
「『獣の一撃』!!」
「あははっ!! 『女王の一撃』!!」
硬化したアルフェンの右拳が、ニュクスの巨大化させた手刀と激突し、衝撃波が発生した。
アルフェンは衝撃で弾かれるが、気合で踏ん張る。
ニュクスは弾かれもせず、「うーん」と首を傾げた。
「ねぇ、不思議に思うんだけど……どうやって強くなったの? お城で戦った時とは別人だよね? あのときのあたしは四割くらいの力だった。今は十割の力で戦ってる。アルフェンはこの百日で何をしたの?」
「さぁな……でも、俺は全力で戦うだけだ」
右手が巨大化し、硬化する。
右目もギラギラしていた。
アルフェンは、全力で戦っているだけだ。ピースメーカー部隊との戦いで、自身の限界まで力を引き出すことを覚えた。
今までももちろん全力だ。だが、今はそれ以上に全力。
たとえアルフェンの身体がどうなろうと、アルフェンはジャガーノートの力を限界まで引き出すだろう。
相手が100%の力で来るなら、200%の力を出せばいい。それがアルフェンの戦いで、現に今、ニュクスと互角に戦えていた。
「まぁいいわ。ふふ、楽しいねぇ……なんの策もない。能力も単純。ただひたすら力をぶつけ合う戦い。こういうの、すっごく好き」
「……俺は嫌だ」
「え?」
「俺、本当は……戦いなんてしたくない。誰だって平和が好きだし、穏やかに過ごしたいって思う」
「ふーん。つまんないね」
「そんなことない。お前は……戦いが好きなのか?」
「…………」
ニュクスは黙ってしまった。
本気で考えているのか、空を見上げている。
そして、左手をスッと下ろして言う。
「あたし、ドレッドノートが《世界》が欲しいって言ったから、世界を手に入れようとしただけ。べつに戦いとか……好きじゃない、のかな?」
「だったら……!!」
「やめないよ。だって……面白いからね」
ニュクスの左手が巨大化し、右目が黄金に染まる。
「それに、この世界を召喚獣の世界にするって約束だから。人間を一掃して、召喚獣の世界にする。アルフェン、新しい世界で最初の人間になろうよ? あたしとあなただけの、優しい世界」
「断る。そんなの、優しくなんかない……ヒトの世界はヒトのもんだ!!」
アルフェンの右手が巨大化する。
ニュクスと同じくらい強く、大きく。
ニュクスは、大きくため息を吐いた。
「ジャガーノートと同じこと言ってる……ねぇ知ってるの? そう言ったジャガーノートは、あたしとドレッドノートに負けたんだよ?」
「知ってる。でも、今度は違う。俺とジャガーノートなら負けない」
アルフェンは跳躍。
巨大化させた右腕をガバッと開き、ニュクスめがけて叩き付けた。
「『獣の大地爆砕』!!」
「───……あっそ」
だが、アルフェンの右手は、同じくらい巨大化したニュクスの左手に止められた。
ギシギシと握られ、アルフェンの手はピクリとも動かない。
ニュクスは、興味を失ったように呟いた。
「じゃあいいや───……やっぱり、人間はいらない。全部ツブして、世界を浄化する」
「───ッ!? っがぁ!?」
ニュクスは、アルフェンの右手を掴んだまま持ち上げ、地面に叩き付けた。
地面が陥没する。衝撃がアルフェンの身体を伝わる。
血を吐き、眩暈で頭がおかしくなりそうだった。
「教えてあげる。あのね、人間のアルフェンじゃどうあがいてもあたしには勝てないの。だって、あたしは長い年月をかけて、この身体を構築してきた。『我儘な女王』の誓約に苦しめられてきたけど、この身体じゃその誓約も通用しない。女王の力だって使い放題……ね? わかった? アルフェン、あなたじゃ勝てない。勝てないんだよ」
「う、る……せぇ!!」
「わわっ」
アルフェンは、血だらけの身体で無理やりニュクスの左手を引き剥がす。
叩き付けられたダメージは決して軽くない。
アルフェンは構えを取ると───。
「『我儘な女王』───〝王の隣〟」
「えっ」
「『女王の一撃』!!」
「がっ!? っぁあああっ!?」
いきなりアルフェンの隣に現れたニュクスに殴られ、アルフェンは地面を転がった。
いつ、いかなる状況にあろうと『王の隣』に立つ能力だ。
複数の能力を行使できる『我儘な女王』は、かなり厄介だ。
「だったらぁぁぁ!! 『完全侵食』!!」
ジャガーノート化。
魔獣のような外観に変身し、禍々しく変わった右腕を巨大化させる。
この姿なら、そう簡単にダメージは受けない。
すると、ニュクスは微笑を浮かべていた。
「いいよ。見せてあげる……『ドレッドノート』の姿を。ジャガーノートと対を成す、召喚獣の女王の姿を」
ニュクスは両手を開き、静かに呟いた。
「『完全侵食』」
ニュクスの全身が凍り付いたように透き通る。
そして、ニュクスの身体が白い、神々しい鎧のような材質に覆われていく。
ジャガーノートとは真逆。禍々しさではなく神々しさが現れる。
アルフェンも、思わず見とれていた。
全身を覆う、女王のドレスのような姿。
長い銀髪、仮面のような顔、広がったスカートのような青白の装甲、だが手は両手とも大きい。
「これが、『ドレッドノート』の……」
「さぁ、始めようか。王と女王の戦い。昔の続きを始めよう!!」
ジャガーノートとドレッドノート、最後の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
完全侵食同士、ジャガーノートとドレッドノートの戦いが始まる。
アルフェンは右腕を巨大化、対するドレッドノートは左腕を巨大化させる。
完全侵食状態では、その規模も迫力も違う。
アルフェンは、五指に『終焉世界』を込め、五指を開く。
この五指に触れたら、全ての召喚獣は『能力』を失う。
「行くぞォォォォォォォっ!!」
「ふふ───」
走るたびに、大地に亀裂が入る。
ジャガーノート化したアルフェンは、人間態とは比べ物にならない速度でニュクスに接近した。
「喰らいやがれぇ!! 『終焉世界』!!」
五指がニュクスに迫る。だが、ニュクスは軽い動きでその手を躱す。
そして、左手でジャガーノートの腹を殴った。
「ごっヴぁ!?」
「大技に頼りすぎ。隙だらけ。お腹丸見え~」
「っが、あ……ガァァァァァァーーーーーーッ!!」
「おっと」
アルフェンは左、右のラッシュを繰り出す。
だが、ニュクスは全ての攻撃をかわし、流す。
能力ではない。純粋な『技術』で躱していた。
「力任せじゃ、あたしに勝てないよん───」
「───ッ!?」
するりと、自然な動きで懐に潜り込んで来た。
そして、アルフェンの数倍の速度で左右のラッシュを繰り出す。
拳は全て、アルフェンの腹に突き刺さった。
「グブッッげぇぇぇぇ!? ガッはぁぁぁっ!?」
吐血し、吹き飛ぶアルフェン。
ニュクスは、ゆっくりと近づいてきた。姿から、白いドレスを纏った仮面の貴婦人のように見えたが、恐るべき格闘、体術の使い手だった。
能力を使わない。純粋な強さを見せつけている。
「『我儘な女王』の一つ、〝女王は知っている〟……アルフェン、キミの動きは全てわかる。この力はね、アルフェンの動きを先読みできるの。だから、もう無理。完全侵食状態でも、同等の存在であるあたしには敵わない」
「が、っが……」
「わかったでしょ? ドレッドノートの能力、完全侵食状態での差、単純な肉体の差……アルフェン、あなたじゃ勝てない。勝てないの」
ニュクスは、しゃがんでアルフェンの頭を撫でる。
格の差を教え込むように、優しく、愛を込めて。
だが、アルフェンはその手を振り払った。
「まだだ……まだ、負けてない」
「でも勝てない」
「がっ!?」
ドレッドノートは、アルフェンの頭を踏み潰した。
地面に亀裂が入り、ジャガーノートの頭から血が噴き出す。
アルフェンは、それでも負けない。
右手で、ドレッドノートの足を掴む。
「『硬化』も、『終焉世界』も通じないよ。王の能力は女王に通じない」
「…………」
「だから、もうやめよう? アルフェン……楽になりなよ」
「嫌、だ……!!」
「…………」
ニュクスはため息を吐く。
本当に、アルフェンは諦めていない。
仮に、ニュクスがアルフェンの立場でも、諦めているだろう。
「もういいじゃん。アルフェン、あたしと一緒に来なよ? なんだってしてあげる。いっぱいいっぱい愛してあげる。あなたの大事なものなら、残してもいいから」
「……大事な、もの」
アルフェンは、ニュクスの足をさらに強く握った。
「大事なモノは、誰にだってある……ニュクス、お前に、それを踏みにじる権利は……ない!!」
「…………」
「だから、俺は戦う……本当に大事なものを、この世界を……ヒトの世界のために!!」
「───ッ」
ビギン、と……ニュクスの足に亀裂が入る。
ニュクスは、アルフェンを蹴り飛ばし距離を取った。
アルフェンは立ち上がる。そして……右手を突き出した。
「新しい力……『硬化』の先にあるジャガーノートの力、『王の詩』!!」
右手が巨大化し、変質していく。
全てを硬化する右手。時間も空間も事象も無限も命も、この世に存在する全て。そして、硬化の先にあるのは、停止。今のアルフェンは、この『停止』を操れた。
ジャガーノートの右手は、あらゆるものを停止させる。そして、停止させたものに干渉することができる。停止させたものは、ジャガーノートの右手で簡単に操れる。
これを使い、アルフェンはニュクスの中にある『ニュクスの魂』と『ドレッドノートの魂』を完全に止め、その内のドレッドノートの魂だけを切り離す。そして、再び動かそうとしていた。
今のアルフェンなら、『停止』させた物を動かすこともできる。
一度ニュクスを停止させ、魂を切り離し、再び動かす。
きっとできる。きっと。
「ニュクス!! これで……ケリをつける!!」
「なっ……なに、これ」
アルフェンの右手から、かつてない重圧を感じたニュクス。
だが、もう遅い。
アルフェンの右手は、すでに放たれていた。
「『黄昏世界』!!」
「───ッ!?」
放たれた拳が、ニュクスに直撃───その動きを止めた。