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ニュクス・アースガルズ・メモリー

「残り、どんくらいー?」


 魔帝ニュクス・アースガルズは、左腕を巨大化させながらベルゼブブに質問した。

 巨大化した左腕は、何もない空間に亀裂を生むと、そこに入っていく。

 引き抜かれた手には、召喚獣が握られていた。


「残り、十日でございます」

「十日かぁ……」


 引き抜かれた召喚獣は、全て真っ赤な目をしていた。

 アポカリプスが漆黒の球体を生み出すと、召喚獣はそこに吸い込まれてしまう。

 

「何体目?」

「はい。169872体目でございます」

「キリ悪っ……うーん、二十万を目標にしよっか」


 それは、軍勢だった。

 ニュクスが呼び、洗脳し、アポカリプスが亜空間に収納。

 自身を回復させ、完全体となり、軍勢を作っていた。

 質より量なので、ベルゼブブやアポカリプスのような『魔人』は作っていない。

 

「二十万。あと四日くらいで終わるかな……」


 四日後、ニュクスの軍勢である召喚獣二十万体の部隊が完成した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ニュクスは、ベルゼブブの用意した、アースガルズ王国の女子制服に着替えていた。ただし、デザインはそのままに色だけを純白に染めてある。

 ニュクスの長い白髪や青目と良く合っていた。

 

「なんで制服?」

「主にとてもよくお似合いだからです」

「そうかな?……まぁいいけど」


 そして、跪くベルゼブブとアポカリプスに言う。


「六日後。アースガルズ王国を滅ぼすよ。その後は、そこを中心にしてこの世界から人間を一掃する。そして、世界が綺麗になったら……『あっちの世界』にいる召喚獣を全て、この世界に召喚する。軍勢の召喚獣たちも記憶を消して洗脳を解く。そうすればもう、きみたちも自由にしてあげる」

「「おお……!!」」


 二人は歓喜に震えた。

 『きみたちも自由』には到底納得していない。だが、ニュクスによるこの世界征服まで、もう間もなくだ。


「『人間終焉計画プロジェクト・ワールドエンド』……もうすぐ始まる」


 そして、ニュクスは……そっと左腕を撫でつけた。


「ドレッドノート。もうすぐ始まるよ……あたしたちの理想世界。きみが生きたかった、綺麗なこの世界で……」


 召喚獣の女王『ドレッドノート』は、ジャガーノートを愛し、ニュクスを愛し……この世界を愛していた。

 だが。この世界は、ヒトは……汚れている。


「……人間なんて、嫌いだし」


 ニュクスは、昔を……ずーっと昔のことを思い出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ずっと昔。まだ召喚獣がなかったころ。この世界には『魔法』という技術があった。

 今はもう廃れてしまっている。何もないところに明かりを点けたり、火や水を生み出したり……ほとんど万能な能力だった。

 ニュクスは、なんの変哲もない魔法学者だった。

 魔法の研究をするうちに、魔法の原理が『この世界』から起こしている奇跡ではなく、『ここではない別の世界』の法則を利用しているのでは?という仮説を立てる。

 そこで生み出されたのが『召喚魔法』であり、初めて召喚したのが───。


「え……?」

『まさか、こっちにこれるなんて……う、わぁ、なに、これ……い、痛い!! 目が痛い!!』


 初めて召喚したのは、真っ黒な『バケモノ』だった。

 黒い塊のような『バケモノ』は、目を押さえていた。


『こ、これは……なんだ? 目がチカチカする』

「あ、あなた?……な、なに?」

『ああ、私はジャガーノート……こっちじゃない、あっちから来たんだ』


 黒いバケモノは、そっと目を開けると、ニュクスに向かって微笑んだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 ジャガーノートは、ニュクスからいろいろなことを習った。

 同様に、ニュクスもまたジャガーノートからいろいろ習った。

 ここではない別の世界。『色』のない世界のことを。

 ニュクスは、ジャガーノートのことを『召喚獣』と名付け、『召喚魔法』を発表。最初は半信半疑だったが、その魔法は多くの魔法使いたちになじんでいった。

 ニュクスにとって、召喚獣たちが『色』を知り、世界の美しさを知れれば、きっと幸せになれる。そう考えてのことだった。

 ある日。ニュクスはジャガーノートと一緒に、森を散歩していた。


「ニュクス、きみはすごい」

「なに、急に?」

「この世界の『色』を知った同胞たちは、みんな感動してる。今まで意志を示さなかった同胞も、感情をむき出しにして喜んでる」

「そっか。よかったね……ふふ、うれしい」

「ああ……本当にやるのか?」

「もちろん! ジャガーノートも寂しいでしょ? 奥さんがいないとさ」

「む……」


 ジャガーノートは、図体がデカいくせにモジモジしている。

 ニュクスは胸を張り、ジャガーノートを小突く。


「まっかせて! ドレッドノートはあたしが召喚するから! この日のために術式を改造したし、あたしの身体にもちょっと細工したから」


 ニュクスの広めた召喚魔法は、一人につき一体しか召喚獣を呼べない。だが、ニュクスは独自に改良を加え、一人で何体も召喚獣を呼べるようになっていた……理論上は。

 試すのは初めてだった。だが、不安はなかった。

 ニュクスは、魔法を使い……召喚した。


「召喚!! いでよ、『ドレッドノート』!!」


 森が輝き、一体の召喚獣が呼びだされた。

 純白の花嫁衣装をまとった、貴婦人のような……頭にツノが生えているだけで、ただの女性にしか見えなかった。

 

「ここは……?」

「ドレッドノート……!!」

「じゃ、ジャガーノート!? あなた!!」

「ああ……ッ!!」


 ドレッドノートは、ジャガーノートに抱きつく。

 ジャガーノートもまた、ドレッドノートを優しく抱きしめた。

 ニュクスは、そんな二人を眺めつつ、自分に施した調整の確認をする。想像以上になんともなく、何度も召喚できそうだった。


「ニュクス、ありがとう……」

「うん。よかったね、ジャガーノート」

「あなたが……私を?」

「初めまして。あたしはニュクス・アースガルズっていうの。どう、この世界は?」

「ええ、素晴らしいです……ああ、美しい」


 ドレッドノートは、この世界の『色』に魅了されていた。

 これが、全ての始まり……そして、終わりの始まりであった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ドレッドノートは、『色』のある世界に触れ、変わった。

 綺麗な物を欲しがり、徐々に我儘になっていったのである。


「ねぇニュクス。私、もっと綺麗な物が欲しいわ」

「綺麗なもの? なーに? 宝石とかお洋服とかじゃ足りないの?」

「ええ! 私……もっともっと、綺麗なモノが欲しいの」


 ニュクスが用意した屋敷、宝石、豪華絢爛な家具、ドレス。

 ニュクスは、ドレッドノートのために何でもした。ドレッドノートが対価としてくれた『我儘な女王(ローズハート)』は、ニュクスの召喚獣・魔法研究にとても役立ったからである。

 ニュクスは、召喚魔法の研究成果で世界中に名が知れ、その魔法技術を学ぼうと、多くの弟子を取っていた。おかげで、多くの支援がありお金には困っていない。

 だが……ジャガーノートだけは、憂いていた。


「ドレッドノート、あまりわがまま言っちゃダメだ」

「ジャガーノート!! ああもう、なんでそんなことを言うの? この美しい世界に私を呼んだのはあなたじゃない!! 私、この世界のことを知ったせいで、こんなになってしまったの!! ふふ、もっと欲しいのはしょうがないじゃない」

「…………」


 ジャガーノートは、シュンとなる。

 ドレッドノートは変わった。昔は、一緒にいるだけで幸せだったのに。

 ニュクスは、ジャガーノートの肩を叩く。


「ま、いいじゃない。ジャガーノート、ほらほらお菓子食べなよ」

「ニュクス……ありがとう」


 ジャガーノートは、ニュクスからもらったクッキーを頬張った。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから、長い年月が過ぎた。

 ニュクスは外見だけは七十代になった。『我儘な女王』の能力の一つ、『無限生命』によりほぼ永遠に近い命を得たのだ。故に、身体は衰えたが思考そのものは少女のままだった。ジャガーノートもドレッドノートも外見は変わらない。だが……内面は大きく変わった。

 ドレッドノートは、傲慢になっていた。


「ジャガーノート。あなた……私の金貨をどうしたの?」

「……民に配ったよ。ドレッドノート、この国の税収を一気に三倍にするなんて、何を考えているんだ? 国民の生活が」

「だから何? 金貨はキラキラしてとっても綺麗! 私にピッタリじゃない」

「ドレッドノート……」


 ここは、アースガルズ王国。

 ドレッドノートに与えた屋敷が中心となり、少しずつ人が集まり、やがて町となり、屋敷を壊し城が生まれ……いつしか、ニュクスを女王とした王国が完成したのである。

 ニュクスは、女王として君臨していたが、政治に無関心だったので、かつての弟子やその子孫に国政を任せ、自分は決断と責任だけを取る存在になっていた。

 ニュクスは、お菓子を食べながら言う。


「まーまー、いいじゃんジャガーノート。ってか聞いてよー、あたしの召喚した召喚獣たち、森で元気にやってるみたい。このままあっちの世界の召喚獣をみんな呼んでさ、みんなで仲良く暮らすのって楽しいかも!」

「ニュクス……そんなのは駄目だよ。何度も言ってるけど、あっちの世界にいる召喚獣たちが、全て私たちみたいな存在とは限らない。悪意を持つ召喚獣だってたくさんいるんだ」

「でも、ジャガーノートとドレッドノートがいるでしょ? 二人とも、召喚獣最強じゃん」

「そうだが……でも、無理なこともある。ニュクス、悪いことは言わない。いくらキミが無限に召喚獣を呼び出せるとしても、この世界にむやみに招くのは」

「あーもう! ジャガーノートうるさいー! あたしは召喚獣と仲良くしたいだけ。それが悪いことなの!? ねぇ、ドレッドノートはどう思ってるの!?」

「私はニュクスに従うわ。ふふ、ニュクスが大好きですもの」

「さっすが! ふふ、あたしもドレッドノートが大好き!」

「……ニュクス、ドレッドノート」


 亀裂は、もはや修復不能なまでに広がっていた。

 そして、ひび割れた亀裂はもう戻らない。

 ドレッドノートの『口出し』は政治にまで及び、ただ『金貨が欲しいから』という理由だけで税収を三倍に上げた。文句を言う宰相や貴族は、ドレッドノートによって粛清された。

 そして、徐々に、徐々に……不満は溜まる。


 それからさらに数年後……荒れに荒れたアースガルズ王国で、クーデターが勃発した。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 クーデターの勃発。

 きっかけは、ドレッドノートの一言だった。

 アースガルズ王国にある、ドレッドノートの部屋にて。


「私、この世界が欲しいわ」

「世界?」

「ええ。欲しい物が多すぎて……だったら、この世界を全て、私たちのものに」

「お、いいね。世界かぁ……手に入れたら、あたしの研究をうるさく言う奴もいなくなるかな」

「な、何を……」


 ジャガーノートは戦慄した。

 ニュクスもドレッドノートも、正気ではなかった。

 かつて愛したドレッドノートも、ニュクスも、もういない。

 あるのは、自分の欲望を満たしたいだけの、欲望の塊。


「じゃあ、さっそく軍を上げて───」

「大丈夫。ニュクス、『我儘な女王(ローズハート)』を使えばあなただけで事足りる。それに、あなたのペットがたくさんいるじゃない」

「ぺ、ペット……ドレッドノート、まさかそれって、同胞のことじゃ……」


 ジャガーノートは、仲間をペット呼びするドレッドノートが信じられなかった。

 ニュクスも、ドレッドノートも、おかしかった。


「ニュクス、ドレッドノート……二人とも、正気なのか?」

「ジャガーノート? どうしたの?」

「変なジャガーノート。身体の調子でも悪いのかい?」

「……させないよ」


 ジャガーノートは、決意した。

 立ち上がり、右腕を巨大化させ───涙を流す。


「ニュクス、ドレッドノート……この世界は人間の世界だ。ボクたちは客人に過ぎない。この世界を手に入れるなんて、間違ってる!! だから……止める!!」

「「…………」」


 ゆらりと、ニュクスとドレッドノートも立ち上がる。

 二人にあったのは、失望。そして憤怒───そして、わずかな悲しみ。


「ジャガーノート……残念だよ。あなたを失うことになるなんて」

「大丈夫。この世界で肉体が滅んでも、魂は死なない。あっちの世界に戻る。まぁ、身体の構築に十年以上かかるし、もう召喚するつもりはないけどね」

「そう……ごめんなさいジャガーノート。私、もうあなたが必要ない」

「ニュクス、ドレッドノート!!」

「計画性もクソもないけど、やっちゃおっか。おいで、みんなー!!」


 ニュクスは『ペット』を召喚し、アースガルズ王国を蹂躙する。

 ジャガーノートは人間を守るために数千の軍勢とたった一人で戦い、相打ちの形でドレッドノートを討伐した。

 そして、ジャガーノートは最後の力を振り絞りニュクスに致命傷を与え……ニュクスは、自らの肉体を依り代に、ドレッドノートを再召喚。初めての『寄生型』が誕生する。

 寄生型となったニュクスの身体は安定せず、ここでアースガルズ王国の二十一人の召喚師たちと戦い、封印される。


 これが、五十年前の……ニュクスの過去だった。


 ◇◇◇◇◇◇ 


「…………」

「魔帝様?」

「ん、ああ……なんでもない」


 ベルゼブブに呼ばれ、ニュクスは過去から脱した。

 異形の左腕となったドレッドノートの意志はもう消えた。だが、ドレッドノートはいる。

 ジャガーノートも同じだ。アルフェンの右腕となり、再びニュクスの『人間終焉計画』を邪魔しようとしている。 


「……止まらないよ」

「え?」

「召喚獣は大好き。だから……この世界から人間を滅ぼしてやる」


 歪んだ思考は、現実となり世界を蹂躙しようとしていた。

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