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いちばん下の弟

 模擬戦は、アルフェンの勝利で幕を閉じた。

 死者ゼロ。負傷者千人以上……たった一人に与えられた損害は甚大だった。

 だが、リッパ-医師とその部下である治療系召喚士が、片っ端から怪我人を治療。ピースメーカー部隊の隊員は、事無きを得た。

 そして、この戦いで証明された。

 アルフェン・リグヴェータは、この世界で最強の召喚士だと。

 そんなアルフェンは、戦いが終わるとすぐにS級寮へ戻った。

 寮に戻るなり、談話室でボードゲームをしていたフェニアたちに叫ぶ。


「みんな!! 俺、俺……摑んだ!! いけるかもしれない!!」

「「「「「「……は?」」」」」」

「俺の力……ほんの一瞬だけど、理解できた。たぶんこれ、『完全侵食』の先にある力だ。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ触れた……モグはたぶん、このことを」

「まま、待った待った! アルフェン、模擬戦は」

「終わった。勝ったぞ」


 あっけらかんとフェニアに言う。

 模擬戦の見学もせずにフェニアたちがここにいるのは、ウィルが『見なくてもこいつが勝つ。んなことより勝ち逃げは許さねぇ』とゲームから逃がしてくれなかったからだ。

 意外にも賭け事に弱いウィルは置いておき、アルフェンは興奮する。


「ニュクス・アースガルズ。今度は絶対に負けない……!!」

「あ、あの~……アルフェン、怪我は」

「ん、ああ……痛いけど大丈夫」

「なっ!? だだ、駄目です!! 手当てしないと!!」


 そう、アルフェンはリリーシャを倒すと、キリアスに軽い挨拶をしただけでここに戻った。ボロボロで、怪我も多かった。だが、興奮しているのかあまり痛みを感じていない。

 アネルはボードゲームのコマを投げ、救急箱を取りに行く。


「全く!! 大丈夫じゃないよ、こんな怪我して……戦いが近いのに駄目じゃない!! ベストコンディションで戦いに望まないと!!」

「うっ……ご、ごめん」


 アネルに叱られ、アルフェンはようやく興奮から冷めた。

 そして、上着を思いっきりたくし上げられる。


「ほら、手当てするから脱いで!!」

「いやいやいや、自分で」

「駄目!!」

「……はい」


 まるで怖い姉のようなアネルに、アルフェンは従う。

 すると、サフィーとフェニアがアネルの隣に並んだ。


「わ、わたしたちがやります。アネル」

「そうそう。アルフェンのことは任せて!」

「……あ、うん。そうだね!」


 アネルは何かを思い出したように救急箱をフェニアに押し付け、アルフェンから離れた。


「……?」

「ほらアルフェン、背中向けて」

「お、おう」

「フェニア、消毒液ってこれですか?」

「うん。サフィー、あんたが消毒して」

「はい。アルフェン、動かないでくださいね」

「お、おう……っでぇ!? ちょ、サフィー痛い痛い!!」

「ほーら、動かないの」

「駄目ですよ、アルフェン」


 女の子二人に怪我の手当てをしてもらうアルフェン。

 ボードゲームの盤面をずっと眺めていたウィルは、チラリとアルフェンを見た。


「ふ、青春だねぇ……」

「アタシ、大事な役目を奪うところだったよ」

「おいアネル、そんなのどうでもいい。さっさと続きやるぞ」

「はいはい」

「くかぁ~」

「ふががが……」


 寝ているレイヴィニアとニスロクをどかし、アネルは駒を握りしめた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 その日の夜だった。

 寮の玄関ドアがノックされ、フェニアがドアを開けると。


「邪魔するぞ」

「え、ええ、リリーシャさん!?」

「アルフェンはいるか」


 リリーシャがいた。

 一人だった。私服に身を包み、いつもいるダオームはいない。正真正銘、一人だ。

 リリーシャは寮の中に入ろうとすると、エプロンを着たウィルが左手を向ける。


「何しにきた? つーか、勝手に入んじゃねぇよ」

「お前と争う気はない。アルフェンに用がある」

「話聞いてるか? 勝手に入るなっつってんだ……」


 ビシビシと、左手が『ヘッズマン』に変わる。

 リリーシャが大嫌いなウィルは、今にも発砲しそうだった。

 そんなウィルをアネルが宥め、サフィーがフェニアの隣に立つ。


「ご用があるのでしたら座ってお待ちください。今、お茶を淹れますので」

「ふ、公爵令嬢は話がわかるな」


 リリーシャはソファに座る。

 フェニアが紅茶を淹れると、リリーシャは微笑んだ。


「久しぶりだな、フェニア」

「……はい」

「ふ、そう固くなるな。お前はどう思っているか知らないが、私はお前のことを高く評価している。お前が望むのなら」

「いえ、大丈夫です。あたしはアルフェンと戦います」

「……そうか」


 答えはわかりきっていた。リリーシャもただ言っただけのようだ。

 それから無言の数分……階段から、アネルとアルフェンが降りてきた。

 どうやら寝ていたようで、アルフェンは大きな欠伸をする。


「んん~?……なんだよ、なんか用か?」

「ああ。ここらではっきりと言っておこうと思ってな」

「ふぁ~あ……フェニア、濃いコーヒー淹れてくれよ。眠くてたまらん」

「はいはい。あんた、オレンジジュース好きなくせに、眠気覚ましに濃いコーヒー飲むの、ちっとも変ってないわね」


 フェニアはクスリと笑う。

 リリーシャは、アルフェンのことを何もしらない。

 濃いコーヒーが好きなんて、初めて知った。

 アルフェンは、フェニアが淹れた濃いコーヒーを、美味しそうに飲んでいる。とても、A級召喚士千人を一人で殴り倒したようには見えなかった。

 アルフェンが飲み終わるのを確認し、リリーシャは言う。


「アルフェン」

「ん……」


 リリーシャは真剣だった。

 アルフェンと同じ黒髪、赤目が合う。顔立ちもよく似ている。どう見ても姉弟だ。


「此度。私は正式にリグヴェータ家の後継者となり、爵位を賜った」

「ふーん」

「貴様に最後の確認だ。リグヴェータ家に戻るつもりはないか?」

「ない」

「……そうか。では、いいのだな?」

「しつこいな。除名するなら好きにしろよ。俺だって男爵だし、自分の領地もある」

「そうだな。だが……これだけは覚えておけ。爵位を賜ろうと、領地を与えられようと……お前にはリグヴェータ家の血が流れている。お前の評判はリグヴェータ家の評判に繋がる」

「だから? だからリグヴェータ家のために頑張れって?」

「そうじゃない。名を汚すなというんだ。せいぜい、無様な姿を見せるなよ」

「……無様ねぇ? ほんの数時間前、俺に倒されたあんたは無様じゃないのかよ?」

「……ふん」


 リリーシャは鼻を鳴らす。


「認めよう。貴様は間違いなく、最強の召喚士だ」

「認めるんだな? じゃあ、もう俺と戦おうとか、クソみたいな小細工するなよ。まぁ、どうせあんたも誰かの操り人形なんだろうけどな」

「……なに?」

「メルが言ってたぞ。『女教皇』の称号は受け継ぐようなモンじゃないって。その称号は魔帝を封印したガーネット先生に送られたモンだ。何もしていないあんたが名乗っていい称号じゃない」

「…………」

「なあ、せっかくだし聞かせてくれ。あんた、『審判』に何か吹き込まれてんのか?」

「…………」

「だんまりか。まぁいいや。で、話は終わりか?」

「ああ……」


 リリーシャは立ち上がる。

 そのまま玄関に向かい、アルフェンがドアを開けて外へ出た。


「送る」

「いらん」

「じゃあ散歩する」

「……好きにしろ」


 アルフェンとリリーシャは、一緒に歩きだす。

 なぜ送ろうとしているのか、アルフェンにもよくわからない。

 アルフェンは、歩きながら今の気持ちを伝える。

 

「あんたさ、『融合』を使えるようになってたんだな」

「…………」

「すっげぇ努力したんだろ? 正直、F級のみんなを見殺しにしたのは今でも許せないし、許すつもりもない。でも……あんたのピースメーカー部隊は、魔帝との戦いに必要だ。だから頼む、魔帝の召喚獣が大群で押し寄せてきたら、戦ってくれ」

「言われなくても。それが私の仕事だ」

「そっか」


 リリーシャは立ち止まり、アルフェンに言う。


「F級……恨んでいるか?」

「当たり前だ。でも、複雑な気持ちはある」

「……なぜ?」

「あの時は俺も頭に血が上ってたしな。アンタに怒りを全て向けた。でも……あの襲撃がなければ、こうしてジャガーノートを発現できなかった。それに、あんたも命令を受けただけ……理屈はわかってるけど、納得できなくてな」

「それでいい。私も、お前に許してもらおうなど、欠片も思っていない。それに、あの命令がなくても、私は待機を命じた。魔人の戦力を分析するのに、F級はちょうどいい足止めだからな」


 アルフェンは歩きだす。リリーシャも歩きだす。

 感情では許せない。これからもなれ合うつもりはないし、仲直りすることもない。

 だが、アルフェンとリリーシャには同じ血が流れている。どんなに憎み合おうと、姉弟という関係は、死ぬまで変わらない。

 だから、今だけ……今だけ、アルフェンは許した。


姉さん(・・・)

「……!」

「魔帝との戦い、期待していますよ」

「……ふん」


 リリーシャは答えず、アルフェンを置いて歩きだした。

 アルフェンも追うことなく、踵を返して歩きだす。

 言葉はなかった。だが……姉弟という繋がりで理解した。

 今だけ、和解。

 魔帝との戦いまで、もう少し。

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