追い込め、自分
アルフェンに向かってきたのは、装備型召喚獣を持つA級召喚士たち。
動きに迷いがなく、精錬されていた。手に持つのは剣、槍、鈍器、大鎌、薙刀。そして見覚えのある武器……巨大戦斧を振り回すダオームだ。
どうやら、この部隊はダオームが率いているようだ。
「突撃ィィィィィィィィ!! 奴を殺せェェェェェェッ!!」
「殺す気満々だな!!」
ダオームの表情は憤怒。
よく見ると、身体全体の筋量が増えている。相当な努力を重ねたのだろう。
以前は両手で振り回してた大斧を、片手で振り回している。
アルフェンは、右腕を巨大化させ真正面から迎え撃つ。
「だらっシャァァァァッ!!」
「ふんがっ!!」
ダオームの斧を右手で受け止めると、地面に亀裂が入った。
以前より強くなっている───アルフェンはそう思いつつ、ニヤリと笑う。
すると、ダオームの斧から紫電が迸る。
「ライ!! ライライライィィィィィィィィ!!」
「ぬっ、っぐ!?」
全身が硬直するような痺れだ。
すると、アルフェンの両サイドから槍と薙刀を持った召喚士が迫る。さらに、ダオームの後方では弓を構えた召喚士が何人もいた。
徹底的に殺しに来ている。
アルフェンは、この追い詰められた状況に感謝していた。
「フハハハハハッ!! どうだ!!」
ダオームは笑う。
アルフェンの右目がカッと開き、黄金の瞳に紋様が浮かぶ。
ニュクスの『第三の瞳』を打ち破った時と同じくらいの力を注ぎ、新たな力を発現させた。
「いいね。もっと……もっと来い!! 『第三の瞳・罪深き理』!!」
「「「「「───ッ!?」」」」」
ビシィ!!と、ダオームとその部下たちの動きが止まる。
元々、『第三の瞳』は『経絡糸』を視て『生気』を操る眼……アルフェンは、ほんの少しだけ『生気』を操る術を獲得した。
生物である以上、生気は循環している。その流れをほんの少しだけ操る力。アルフェンはこの能力を『第三の瞳・罪深き理』と名付けた。
肉体にかかる負担はかなりのモノだ。
今のアルフェンは、同時に十人ほどの生気しか操れない。さらに、一人に対してわずか五秒ほど。さらにさらに射程距離は二十メートル。
かなり限定的な能力だが、かなり使える。
「ぬ、ぐっ!?」
「喰らいやがれ!! 『獣の薙払』!!」
「ごぁぁっ!?」
巨大化した右腕が横薙ぎに振るわれ、接近していた召喚士たちが吹き飛ばされた。
ダオームだけは『ライボルトアックス』を盾になんとか踏みとどまる。だが、受けた衝撃で膝をついてしまった。
「ぐ、この」
「じゃあな!!」
「ぶげっ!?」
アルフェンは跳躍。ダオームの頭を踏んずけ、後方で矢を番えていた召喚士たちを殴り飛ばした。
これくらいなら、まだ『完全侵食』を使うまでもない。
まずは、自分の肉体を限界まで酷使する。
相手は千二百人。しかも全員がA級召喚士なのだ。
「来たっ!!」
向かってきたのは、相棒型召喚獣の群れだ。
狼、鳥、蜥蜴、ドラゴン、巨牛と何でもあり。数が多すぎて生気を操るのは難しい……というより、ダオームたちに使ったせいで、早くも身体が重かった。
なので、アルフェンは右腕を巨大化させて跳躍する。
「『獣の大地爆砕』!!」
そして、五指を広げて地面に叩き付けた。
大地に亀裂が入り、召喚獣たちの動きが止まりかける。
だが、召喚獣たちは次の行動へ───能力の使用だ。
口から炎、水、雷を吐きだしたり、亀裂などお構いなしに突進する巨牛。
アルフェンは着地し、右手を『硬化』させ盾のように構えた。
炎が右腕に直撃するも無傷。だが、巨牛の突進までは耐えきれず、吹っ飛んでしまう。
なんとか体制を整え直すが、別の召喚獣が突っ込んで来た。
「ぐっ……しつっけぇな!!」
ブタのような召喚獣を殴り飛ばす。
だが、数は一向に減らない。
ブタは群体型……数が多いタイプの召喚獣だ。
「ああもう、邪魔くせぇ! 豚の丸焼きにして食っちまうぞ!!」
ブタの群れをひたすら殴り飛ばす。
すると、他の相棒型だけでなく、武器を持った召喚士もまた増えてきた。
数は千二百人。アルフェンはまだ十人も倒していない。
少しずつ、疲労が蓄積してきた。
「へへっ、いい、いいぞ……っ!! もっと、もっとだ!!」
徹底的に自分を追い込む。
アルフェンは、この状況を楽しんでですらいた。
リリーシャ側は、戦力を温存すらしているのに対し、アルフェンは本気だった。
「俺は強くなる。だからモグ……怯えないで、俺に力を貸してくれ!!」
アルフェンは、ひたすら召喚獣を殴り続ける。
◇◇◇◇◇◇
「……数は」
リリーシャがポツリと呟く。
答えたのは、側近にして秘書のA級召喚士、ライナだった。
「か、数……きゅ、九百、きゅうじゅう、あ、千、千を超えました」
「…………」
ライナの召喚獣は『撮影型』で、この平原全体に小さな『目』を無数に配置している。その『目』の一つが映像を映し出し、リリーシャとその親衛隊が視聴していた。
映像には、未だに人間の姿で戦うアルフェンがいた。
戦闘が始まり一時間以上経過……アルフェンは、ボロボロになりながら一人、また一人と倒している。
そんな映像を眺めながら、キリアスは小さく息を吐いた。
すると、リリーシャが言う。
「嬉しいか?」
「え?」
「お前はアルフェンと仲がいい。弟の活躍が嬉しいだろう?」
「……はい」
「そうか」
キリアスは、偽ることなく本心を告げた。
怒られるかもしれない───そう考えたが、リリーシャは特に何も言わなかった。
リリーシャは、この場にいる親衛隊十名に言う。
「奴は強敵だ。全員、心してかかれ」
「はいはーい。姫さん、ちょいいいか?」
「……なんだ?」
ウルブスだった。
リリーシャ直属の親衛隊に昇格したウルブスは、手をプラプラさせながら言う。
「あれ無理だわ。降参しようぜ」
「……は?」
ウルブスの降参宣言に、A級召喚士に昇格し親衛隊に選ばれたアルノーが唖然とした。リリーシャと似た『能力』を持つアルノーは、リリーシャの戦闘訓練相手でもあった。
ウルブスは、映像を指さす。
「いやいや、あれ無理でしょ。あ!! 見ろ見ろ、サンバルトの坊ちゃ……あ、殴られた。ほら、勝てないって。ここにいる全員でやってもさ、無理だって」
「なら、どうする?」
「降参。別にいいじゃん。降参しても失うモンはねぇし。それに、これ見てわかっただろ? 姫さんの弟はマジの怪物だ。オレにはあいつが最強の召喚師にしか見えねぇよ」
「…………」
「なぁ姫さんよ。もういいじゃねぇか。弟君にバトン渡して、オレらにはオレらにしかできないことやろうぜ。なーんとなくわかるぜ……あんた、『上』から何か言われてんだろ?」
「…………」
「なぁ、そこの」
ウルブスが見たのは、ピースメーカー部隊の制服の上に貴族風のマントを付けた二人の男女。ヒルクライムとユウグレナだった。
ウルブスの問いかけに、ヒルクライムは首を振る。
「何を言い出すのか、私にはさっぱりわからんな。上からの指示とは、リリーシャ隊長の指示、ということかね?」
「違う違う。例えば……『審判』とか?」
「ほう、どういうことかね?」
「いやぁ~……別に? 魔帝がもう三十日後くらいに大群で来るかもしれねぇのに、こんな無駄な模擬戦になんの意味があるのかねぇ? ……って思ってさ。姫さんがこんなバカなこと考えるわけねぇし、言えるとしたら……王族であるあんたらか、さらにその上の『審判』くらいなんだよなぁ」
「わけがわからん」
「だな。ま、くだらない推測だ。例えば……『審判』は、魔帝を滅ぼす気がない、なーんて」
「……正気か、貴様」
ヒルクライムはウルブスの正気を疑った。
ヒルクライムだけではない。この場にいる全員が「何をいってるんだこいつ」みたいな目でウルブスを見ている。今や、リリーシャのことなど誰も見ていなかった。
「たぶん、ギリギリのところだと思うぜ」
「……?」
「この模擬戦で互いに消耗させる。んで魔帝と戦いS級とピースメーカー部隊が共倒れ……残るのは? 脅威の無くなった世界だけだ。つえー召喚士はみんなやられちまった後だしな。そこに『審判』が付け込んで……なんて妄想しちまったんだ」
「……貴様は正気を失っている。隊長、この男を除隊させた方がいい。今に混乱を招くぞ」
「いやいやいや、妄想だから妄想。毎日暇でよ」
ウルブスはケラケラ笑う。
だが、その意見はなぜか無視できなかった。
魔帝、S級、ピースメーカー部隊。これらが消えれば、残るのは二十一人の召喚士だけ。だが、その二十一人もまた、封印を解いて魔帝との戦いに参戦する。
強大な力が、一気に消える機会でもあった。
「ま、いいさ。そんなことよりライナちゃん、残り何人かな?」
「あ、はい! えっと……え、噓。残り四十人……あ」
ライナが何かを察した瞬間、リリーシャとその親衛隊の前に、ボロボロになったアルフェンが空から落ち、着地をした。
「はぁ、はぁ、はぁ……よし、残りは、お前ら……だけ、だ!!」
アルフェンが右手を構え……気が付いた。
目の前にいるリリーシャと親衛隊たちの雰囲気が、なんとなく険悪だったのだ。
訝しみ、アルフェンはキリアスに聞く。
「あの、キリアス兄さん……なんかあったんですか?」
「あー……いや、まぁ」
「……むぅ」
なんとなくやりづらいアルフェン。だが、リリーシャが前に出た。
「全員待機。こいつの相手は私がする」
「えっ……た、隊長!?」
「アルフェン。私を倒せばお前の勝ちだ。だいぶ疲弊しているようだが、容赦せん」
「……いいぜ。むしろ、望むところだ」
アルフェンは右手を構え、リリーシャは『アークナイト』を召喚した。
リリーシャは、まっすぐアルフェンを見る。
「お前のおかげで理解した。ふふ、目指す者がいれば、どこまでも強くなれるとな」
「…………」
「だからこそ、私は貴様を超えよう。貴様が私を超えて見下すように。私もまた貴様を超え、このアースガルズ王国最強の称号を得る」
「…………っ!?」
リリーシャの背後に立つアークナイトが、リリーシャに跪く。
まるで、忠誠を誓う騎士。
リリーシャは優しく微笑み、左手を掲げた。
「『融合』」
召喚士最大最強の戦術である『融合』だった。
アークナイトの四肢が分離、装甲の一部がリリーシャに装備される。
ボディ部分が変形し、新たな頭部が形成、四肢が形成されていく。
鎧を纏ったリリーシャは跳躍。変形し『馬』になったアークナイトに騎乗。手には巨大な二本の『刀』が握られていた。
「なっ……」
「『閃光騎士・滑走形態』……これが私の最強戦術」
リリーシャは、二刀を器用に馬上で振り、アルフェンに突き付けた。
「行くぞ、アルフェン。貴様との戦い、ここでケリをつける!!」
「…………」
アルフェンは、右手を構えた。
「面白い!! 俺もここから本気だぞ!! 『完全侵食』!!」
ジャガーノートと化したアルフェン。戦乙女となったリリーシャ。
姉と弟、最後の戦いが始まった。




