模擬戦の条件
アルフェンのやる気に、室内は騒然となりかけたが……アルフェンは構えを解く。
そして、冗談っぽくおどけてみせた。
「なんて、冗談だよ……いくら俺でも、こんな狭い室内で暴れるほど馬鹿じゃないって」
「……座れ」
リリーシャがソファを勧めたので座る。
ソファに座っていたのは、アルフェンの両親。そして、リリーシャの後ろにはA級召喚士が並んでいた。どこまでも偉そうな態度だと思いつつ、給仕が運んできたお茶を啜る。
すると、目の前に座っていた父アルバンが言う。
「アルフェン、その……最近どうだ?」
「どうだ、とは?」
「ああ、その……元気か?」
「ええ、まあ」
「そうか。うん……」
アルフェンは、両親への興味を欠片も持っていない。
今さら話すこともない。なぜここにいるのかという疑問すら持たなかった。
すると、母サリーがポンと手を叩く。
「そう! あのね、実は今日、リリーシャが特A級に昇格したお祝いをしに来たのよ。そして、簡易式だけど、爵位をリリーシャに継承しようと思って……その、アルフェン、あなたもお祝いに」
「そんなことより、さっさと用事を済ませたいんですけど」
「……えっと」
サリーは言葉に詰まっていた。
あまりにも、アルフェンは無関心だった。
かつて、自分たちがした仕打ちのように。会話するだけアルフェンのがましだった。
せっかく両親が目の前にいるので、アルフェンは聴いてみた。
「ああ、そういえば……俺の魔人討伐の報奨金、そっちに送られたはずですよね? 俺の領地運営で使うんで、寮に送っておいてください」
「「!?」」
両親は一気に汗を流す……アルフェンは察した。
「もちろん知ってますよね? 金貨が山ほど詰まった樽がそっちに送られたはず。今はもういないけど、オズワルド先生が許可を出してリグヴェータ家に発送したはずだ」
「あ、ああ……そ、そうだった、かな」
「え、ええ……そう、ね」
「よかった。まさか使い込んだなんてことはないですよね? 俺が!! 命を賭けて戦ったその報酬を使い込んだなんて!!」
「「…………」」
わざと強めに言うアルフェン。
領地経営で使うというのは思い付きだが、必要になる気がした。
テュポーンを討伐した報酬もあるが、金は多くあればいい。
ちなみに、アルフェンは知らない。父アルバンが領地の鉱山開発でアルフェンの報酬を使ったこと、母サリーがブティック経営で使ったことなど。
アルフェンは、追い打ちをかけるように言う。
「早めの返金をお願いしますよ。この話、メル王女は知ってますし、仮にも俺は男爵だ。貴族同士の金の貸し借りで戦争になったなんて話、いくらでもある」
「そ、そうだな。うん……ま、まさか、実の両親にそんなこと」
「そ、そうよ? 私たち、親子じゃ」
「親子ね……あんたら、俺のこと徹底的に無視してたくせに」
「「……」」
「ま、早めの返金をお願いしますよ」
そして、アルフェンは右手を変化させる。
「戦争なんてしたくないし、ね」
「「っ……」」
軽く脅す。
さすがに戦争なんてするつもりはない。それに、金は返ってこなくてもよかった。
この両親は、アルフェンの『功績』や『金』しか見ていない。今さら肉親の愛情なんて期待していないし、仮に求めてきたとしても受け入れるつもりは全く無い。
両親との話が終わると、リリーシャが言う。
「もういいか?」
「ああ。で、模擬戦だよな」
「そうだ。S級召喚士と我々ピースメーカー部隊の模擬戦だ。来るべき魔帝との闘いに備え、実力の向上を目的とした」
「わかった、わかったって。とにかく、戦うんだよな」
「……そうだ」
アルフェンは、長くなりそうなリリーシャの話を止める。
ダオームはピクピクと震え、キリアスが苦笑。残りのA級召喚士たちはアルフェンを睨む。
リリーシャは、椅子に深く腰掛ける。
「ルールは簡単だ。アルフェン、お前と我々の代表者が」
「待った」
と、ここでアルフェンは挙手。
リリーシャの話が止まる。
そして……アルフェンは告げた。
「模擬戦のルール、俺に決めさせてくれ」
「……なに?」
「ルールは簡単だ。ピースメーカー部隊全員でかかって来い。俺は一人で全員相手にする。もちろん、殺す気で来い」
全員が、呆気にとられた。
さらに続ける。
「いいか。くれぐれも手を抜くな。俺も本気でやる。徹底的に俺を追い込んでくれ」
「…………」
「それだけ。ああ、全員だぞ。部隊に所属してるの全員。確か、千人くらいいるよな?」
「…………」
「場所は……ここじゃ狭いし、外の平原にしよう。開始は明日の朝な。俺は平原で待ってるから、全員で殺しに来てくれ……じゃ、そういうことで」
それだけ言い、誰も反論する暇もなくアルフェンは出ていった。
沈黙を破ったのは……ダオームだった。
「ふざけるな!! あの野郎……何様のつもりだ!!」
至極、真っ当な怒りだった。
こうして、ピースメーカー部隊全員とアルフェンの戦いが始まろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンは、夕食を食べるため寮へ戻る。
ダイニングルームへ行くと、仲間たちが食事の支度をしていた。
ウィルが調理、アネルとフェニアが盛り付け、サフィーは皿を準備し、レイヴィニアとニスロクは椅子に座ってまだかまだかと待っている。
メルはなぜかワインを飲んでいた。
アルフェンが戻ると、メルが気付き言う。
「おかえりなさい。どういう結果になったか聞かせてもらえるかしら?」
「あー……メシ食ったらでいい?」
「構わないわ。さ、着替えて座りなさい」
部屋に戻り、着替えをして再びダイニングルームへ。
食事の支度は終わり、全員が席についていた。
アルフェンも座り、フェニアからオレンジジュースをもらう。
「では、この世の全てに感謝を「おい、ソースよこせ」……」
メルの祈りを無視し、ウィルはすでに食べ始めていた。
アネルからステーキソースのポッドをもらうと、自分のステーキにたっぷりかける。アルフェンも肉に喰らいつき、レイヴィニアとニスロクはすでにお代わりをしていた。
メルは頬をピクピクさせる……そして、ため息を吐いた。
「いただきます。はぁ……」
「おいウィル、サラダくれ」
「自分で取れ」
「そう言わないの。はい、アルフェン」
「ありがと、アネル」
「フェニア、このスープ……」
「ふふん。あたしが作ったの。サフィー、美味しい?」
「はい、すっごく美味しいです!」
「おいニスロク、肉よこせー!」
「わわ、ちび姉にお肉取られるぅ~」
ダイニングルームは、とても騒がしくなった。
ありふれた日常の景色が、ここにはあった。
◇◇◇◇◇◇
食後。
ウィルは一服しながらウィスキーを飲む。
アネルは弱めのワインをチビチビ飲み、イザヴェルで買ったチーズを食べていた。
そして、アルフェンは……オレンジジュースを飲みながサフィーメーカー部隊とする模擬戦の話をする。
話を終えると、メルは盛大にため息を吐いた。
「はぁ~~~……あなた、本気?」
「ああ。俺一人で千人を相手にする」
「……さっき確認したけど、ピースメーカー部隊の総人数は千二百よ? 戦闘員、非戦闘員合わせて千二百。これ、小さな町一個分よ?」
「関係ない。むしろ望むところだ」
「あなたね……魔帝が攻め込んでくるまであと三十日もないのよ?」
「必要なんだ」
「…………」
アルフェンは、力強い目でメルを見る。
メルはそっと目をそらす。
「まぁ……あなたが負けるとは思わないけど。それでも、ピースメーカー部隊を舐めているとしか思えないわ。アルフェン、こんなこと言いたくないけど、あなたは一人で世界中から来た強い召喚獣と戦おうとしているのよ? ピースメーカー部隊はアースガルズ王国だけじゃない、他国から来た召喚士も含まれて」
「知ってる。俺だって慢心してるわけじゃない。千二百人が俺一人に向かってくるんだ。俺だって無事じゃ済まない……でも、そうでなきゃ駄目なんだ」
「…………はぁ」
メルはため息を吐き、組んでいた足を組みなおす。
「リッパ-医師を待機させる。他にも、治療系の召喚士もね」
「メル……」
「好きにやりなさい。でも、ピースメーカー部隊の立ち位置から、わたしは深く関われないってことを忘れないでね」
「ああ!」
アルフェンは、右手を強く握りしめて返事をした。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
フェニアたちから激励をもらい、アルフェンは一人でアースガルズ王国郊外の平原へ。
準備運動がてら走った。いい感じに身体がほぐれる。
「よし……」
平原は見渡す限り何もない。
どこまでも広く……大暴れするには、絶好の場所だった。
屈伸や膝の曲げ伸ばしをしていると、アースガルズ王国から大勢の人が歩いてくるのが見えた。
全員、同じ制服を着ている。
並び方も、十~三十人グループが多い。部隊ごとに分かれているのだろう。
こちらに向かってくるのを眺めていると、先行部隊がアルフェンの五十メートルほど先に並んだ。
先行部隊を率いていたのは、馬に乗ったリリーシャだった。
リリーシャは、馬に乗ったままアルフェンの元へ。
「ピースメーカー部隊、千二百人。お前の相手をする」
「ああ。感謝するよ」
「……本当に死ぬかもしれんぞ?」
「死なないよ。むしろ、殺す気で来い」
「……いいだろう」
リリーシャは元の位置に戻る。
そして、全部隊が到着……横に並び、それぞれが武器を装備し、召喚獣を召喚する。
リリーシャが剣を掲げ、叫んだ。
「これより!! S級召喚士アルフェンとの模擬戦を開始する!! 全員、奴を国家の反逆者だと思え!! 殺すつもりで武器を振れ!! 召喚獣をけしかけろ!! では……蹂躙せよ!!」
リリーシャの声が響き、横一列に並んだA級召喚士が飛び出した。
それぞれが武器を持っている。前衛部隊だろう。
アルフェンは右手を軽くスナップさせ、小さく息を吐く。
「奪え───『ジャガーノート』」
これは模擬戦ではない。
アルフェンが、新たな『可能性』を掴むための戦いだ。