等級という身分
アルフェンが入学して一か月。
学園生活にも慣れた。だが……やはり、F級の待遇は最悪だった。
劣悪な教室、同じく劣悪な寮、食事は自分たちで用意せねばならず、授業内容も教科書を読み上げるだけ。これでは学校に通っている意味があまりない。
それでも、召喚学園に通うのは貴族の義務だ。
たとえ期待などされていなくても、卒業しても進路が明るい可能性などなくても。召喚士として学ぶことは貴族の……国民の義務だ。
授業が終わり、アルフェンは教科書を持って立ち上がる。
「お、アルフェン。メシは?」
「朝残したパンがあるから、中庭で食べるよ」
ラッツは寮に戻って昼食を食べるようだ。
マーロンとハウルを誘い、三人で寮へ戻った。
いい友人だとアルフェンは思う。だが、アルフェンは一人でいる時間も好きだったので、たまにパンを持って中庭で教科書を読むことがあった。
「さーて、モグにミミズを食べさせてやるか」
ちなみに、等級によって生徒の立ち入りが禁じられている場所がある。図書館などはC級以上の生徒しか利用できないし、図書館の禁書庫などはB級以上の生徒しか利用できなかった。
アースガルズ召喚学園の中庭は、等級関係なしに生徒が利用できる。
アルフェンは、F級校舎から学園の中央にある中庭へ向かった。
中庭はとても広く、多くの生徒が利用している。その腕章には『C』、『E』、『D』の刺繍が施され、それぞれの等級が一目でわかる。
「嫌らしいデザインだな……」
そう呟き、アルフェンは中庭の隅にある花壇の傍に座り、パンをかじる。
そして、モグを召喚し花壇へ放した。
「さ、ミミズがいたら食べていいぞ」
『もぐー!』
モグは嬉しいのか、花壇の土をほじくり返して潜った。
アルフェンは教科書を開き、パンを齧りながら読む。
「……魔帝か」
魔帝。
かつて、この世界を滅ぼしかけた最悪の召喚士。
たった一人で数千数万の召喚獣を操ったとされる異端。
その魔帝は現在、とある召喚士によって封印され、魔帝の残した召喚獣が世界各地で暴れまわっているという。
魔帝の残した召喚獣を『魔獣』と呼び、意志を持つ上位の魔獣を『魔人』と呼ぶ。
魔人は、魔帝復活のために暗躍し、魔獣は魔帝を封印された恨みで暴れまわっている。
それらを討伐するために、召喚士が必要なのだ。だから召喚学園に通うことは義務であり、優秀な召喚士は国によって管理される。
「姉上、兄上たちは『召喚騎士団』入り確実だよな……俺なんて」
そう言って、教科書から目を外し空を見上げる。
相変わらずの蒼空だ。わずかに吹く風が気持ちいい───。
「あ、あの……」
「ん?」
ふと、声をかけられた。
声の方を見ると、そこには桃髪の少女が恥ずかしそうにアルフェンを見ていた。
「あ、あの……お、お昼、食べないの?」
「ああ、食べた。えっと……何か用?」
「えっと……その、一人で出ていくの見えたから、気になっちゃって」
「…………」
桃髪の少女、ラビィだった。
F級クラスで一番成績のいい、E級昇格間近のラビィは、モジモジしながらアルフェンを見ている。
アルフェンは、とりあえず座っている場所を少し開けた。
「座る?」
「あ……うん」
ラビィは少し距離を開けて座る。
髪色と関係あるのか、ふわりと桃のような香りがした。
「あの、モグちゃんは?」
「モグ? ああ、土の中でミミズ掘りしてるよ」
「そっか……」
アルフェンはわかった。
ラビィは、モグに会いに来たのだ。
なんとなくおかしくなり、アルフェンはモグに『戻れ』と命じる。すると、アルフェンの手のひらに現れたモグは、可愛らしく首を傾げた。
『もぐ?』
「あ、モグちゃん! わぁ~可愛い~♪」
「あはは。こいつに会いたかったんだな。ほら」
「わわっ、あはは、ふわふわ~」
『もぐ~』
ラビィに抱かれたモグは、気持ちよさそうにしていた。
そんな、柔らかで穏やかな時間が流れている時だった。
「アルフェン!」
「あ……フェニア」
「ようやく会えた……もう、もっと中庭にいてよー!」
「悪い悪い。でも、お前と俺じゃ等級が違うし」
「かんけーないよ! あたしとアルフェン……ん、だれ?」
アルフェンの幼馴染のフェニアだ。
エメラルドグリーンの髪を揺らし、嬉しさを爆発させてアルフェンに寄る。そして、モグを抱きしめるラビィに気が付くと、なぜかムスッとした。
「へー……あたしという幼馴染がいながら、こんな可愛い子に手を出すなんてねー」
「か、かわいい!?」
「お、おい勘違いすんな!! この子はクラスメイトで、モグが可愛いって」
「うんうん。モグが可愛いのはよーくわかるわ! ってかあたしにも抱かせてよ!」
『もぐー』
「きゃっ」
ラビィからモグを奪ったフェニアは、頬ずりするようにモグを抱く。
モグもフェニアが大好きなので、とても嬉しそうだった。
『もぐ~』
「ふふ、かわいい。モグ~♪」
「か、可愛いです♪」
「お前らな……」
しばし、平和な時間が流れた。
すると……数人の男女が三人の元に。
「フェニア、ここにいたのか……ん、誰だお前たち」
「げ……」
フェニアは嫌な顔をしたが、その男子生徒は言う。
「今日は図書館で読書する約束じゃないか。行こう」
「いや、あたし約束してない……」
「全く……ん? お前たち……はっ、なんだF級じゃないか。ボクらのフェニアに何か用か?」
男子生徒は、フェニアと同じB級だった。
男子生徒だけじゃない。取り巻きの生徒も全員がB級……入学生のエリートたちだ。
ラビィは青ざめ、アルフェンも頭を下げる。
「アルフェン、頭なんて下げなくていいよ!」
「馬鹿、そういうわけにはいかないだろ」
「もう!」
「アルフェン……ああ、そうか、お前か。お前が彼女の幼馴染とかいう」
男子生徒は、憎々しげにアルフェンを見た。
「ボクはグリッツ。B級次席の召喚士だ。幼馴染だか何か知らないけど、F級のきみは彼女に相応しくないよ。相応の場所で、相応の連中と仲良くしてな」
「…………」
「あんた、何言って!!」
「フェニア、我がままを言わないでくれ。これはきみのためでもあるんだ。生徒会長お気に入りのキミが、F級の最底辺と仲良くしてるなんて知ったら」
「そんなの関係ない!! ってか、リリーシャさんは」
「フェニア……もういい」
「アルフェン……」
アルフェンは、フェニアを制する。
そして、小声で言った。
「そちらの言う通り、お前は召喚士として期待されてるんだ。幼馴染として、お前には頑張ってほしい……だから、同級とは仲良くしておいたほうがいい」
「アルフェン……」
「では、これで失礼します……行こう」
「…………っ」
アルフェンは、ラビィと一緒に歩き去った。
グリッツは、腕章の『F』を見て嘲笑し、他の取り巻きも同じ目をしていた。
そして……アルフェンがリリーシャの弟であり、リグヴェータ家の三男だということに最後まで気付かなかった。
「……アルフェン、ごめん」
フェニアは、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。