イザヴェルからアースガルズへ
残り八十日。
アルフェンたちは、アースガルズ王国へ戻ることにした。
身支度を終え、荷物をマルコシアスの背負う箱に入れる。
最後の朝食を食べ、出発準備を終えた。
アルフェンたちは、バーソロミューとユイシスに別れを告げる。
「バーソロミューさん、お世話になりました」
「気にすんな。それより、やることやったらさっさと戻って来な。ここはあんたの領地なんだ……いつまでもあたしが世話できると思ったら大間違いだよ」
「うっ……わ、わかりました」
「ふっ……冗談さね。気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
アルフェンは、バーソロミューと握手した。
フェニアたちは、ユイシスに抱きついたり別れの挨拶で盛り上がっている。
それを見ながらアルフェンは思う。
「…………答え、出なかったな」
「あぁ?」
「あ、いや、別に」
「……変な野郎だ」
ウィルはフンと鼻を鳴らす。
気持ちを切り替えるため、アルフェンはウィルに聞いた。
「そういやお前、牧場に行ってたみたいだけど」
「……別に」
「なぁ、何かあったのか?」
「やかましい」
そう言って、一人外へ。
別れの挨拶を終えたフェニアたちもその後を追い、アルフェンもユイシスに挨拶して外へ出た。
外では、フェニアとサフィーが召喚獣たちに言う。
「グリフォン、飛ばし過ぎないように」
「マルコシアスもですよ?」
『キュルル……』
『うぉん』
アルフェンたちを乗せ、グリフォンは飛び上がる。
マルコシアスも走り出す。
アルフェンは、グリフォンの籠から身を乗り出し、バーソロミューたちに手を振った。
「また来ます!! ありがとうございました!!」
バーソロミューとユイシスは、笑顔で手を振っていた。
◇◇◇◇◇◇
やや飛ばしすぎたものの、アースガルズ王国に到着した。
S級寮前でグリフォンから降り、荷物を下ろして談話室へ。
ウィルがお茶を淹れようとすると、アネルが言った。
「わぁ……みんな、いっぱい手紙来てるよ。全員分あるんじゃないかな」
「あ、うちのも!?」
「あんたのはない」
「ぅぅ……」
レイヴィニアとニスロクを除いた全員に、手紙が届いていた。
個人宛てに届いたのは、パーティーの誘いやラブレター。全員に共通して届いたのは、S級召喚師を晩餐会に誘いたいという貴族のモノだ。
サフィーは、いくつかの招待状を見て言う。
「私の家ではない公爵家からのお誘いもきてます……」
「公爵家……行かないとマズい?」
「行かなくていいわ。ってか、そんな場合じゃないでしょ?」
メルが言うと、全員が頷いた。
するとアルフェンは、一通の手紙を読んでいた。
フェニアがこっそり横から見ると……それは、リグヴェータ家の家紋が入っていた。
アルフェンは、フェニアに言う。
「家に来いだとさ。アースガルズ王国内に別荘買ったから招待するって」
「……行くの?」
「行くわけないだろ。かったるい」
「……おい、これは?」
ウィルがアルフェン宛ての手紙から取り出した便箋を受け取る。
そこには『リリーシャ』と書かれていた。どうやらリリーシャからの手紙。
さっそく開封し、中身を読む……全員が理解した。アルフェンの表情が歪んでいく。
「訓練場に来いだとさ。どうやら、『来るべき日に備えて模擬戦を行う』らしい」
「……お前、殺されるんじゃね?」
「かもな。俺の代わりにニュクスと戦うって言いたいんだろ。ピースメーカー部隊の強さを見せつけて、魔帝討伐の役目を奪うつもりだ」
「……よくわかってるじゃない」
メルが腕を組み、足を組み換えながら言う。
「まったくもって愚かね。身内同士で……身内なんて言葉使いたくないけど……身内同士で足を引っ張ってどうするのよ。アルフェン、行かなくていい。わたしから抗議」
「いや、行く」
「……え?」
「いくつか試したいことがあるんだ。ニュクスと戦うにはもっと強くなくちゃいけない。相手がいたほうがいい」
「でも、あなた……」
「いいって。せっかくだし、キリアス兄さんにも挨拶してくるよ」
アルフェンは立ち上がり、部屋へ。
制服に着替えて戻ると、全員が驚いていた。
フェニアは驚きつつも言う。
「ちょ、アルフェン…‥い、今行くの?」
「ああ。早い方がいいしな」
「いや、帰ってきて早々ってのも」
「いいだろ別に。ウィル、飯はキリアス兄さんと食べてくるからいらない」
「オレが作る前提なのかよ。まぁいいけどよ」
それだけ言い、アルフェンは寮を出た。
ピースメーカー部隊の訓練場は王国郊外。
歩きながら、右手を開き閉じる。
「……よし」
イザヴェルで考えた新技を試すチャンス。
アルフェンは笑みを浮かべ、ピースメーカー部隊の訓練場へ走り出した。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンは、一人と一匹でピースメーカー部隊の本部へ向かった。
一匹というのは、ディメンションスパロウの『くろぴよ』だ。ここに、イザヴェルで買ったお土産などを収納している。
アースガルズ王国で最も大きな訓練場は、国家予算の十分の一を注ぎこんで作られた、まさに平和のための部隊に相応しい施設だ。
ここの総責任者であり、ピースメーカー部隊の総隊長がリリーシャだ。
アルフェンは、入口にある巨大な門を眺めながらつぶやく。
「こんなデカい門、無駄だろ……」
『ぴゅぅるるる』
「ほら、お前は寝てろよ」
『ぴゅいい』
くろぴよはバスケットの中で寝てしまった。
アルフェンは門を見上げる……まるで、見せつけるかのような門だ。
ピースメーカー部隊の紋章が刻まれ、おそらくA級であろう門番が四人もいる。
アルフェンは、ゆっくりと門に近づき、門兵の一人に手紙を渡す。
「リリーシャに呼ばれてきた。案内してくれ」
「…………」
門兵は手紙をひったくるようにアルフェンから奪い、中身を確認する。
そして、フンと鼻を鳴らして言った。
「確認した。案内する」
案内を買って出たのは、頭髪のないスキンヘッドの男だった。
門が開き、スキンヘッドの男は無言で歩きだす。
白い軍服のようなピースメーカー部隊の制服を見ながらアルフェンは言う。
「綺麗な制服だな」
「…………」
「ったく。王国最強の戦力がそんな無愛想でいいのかよ。国と国民を守るためのピースメーカー部隊だろ? ちょっとくらい会話してくれよ」
「…………話す必要はない。リリーシャ様の命令だ」
「命令ねぇ……やれやれ、ヒトは権力を持つと変わるっていうけど、あいつはその典型だなぁ」
アルフェンは、つまらなそうに吐き捨てる。
リリーシャは、昔から『強さ』と『権力』に執着していた。それが、こんな形でリリーシャの手に転がり込んできたのだ。
アースガルズ王国は、騎士団や召喚師団が王国の守護を任されている。だが、徹底した規律を重んじる『軍隊国家』のようなものではない。このピースメーカー部隊は、その軍隊を感じさせる重さがあった。
恐らく、リリーシャの趣味嗜好だろう。
「なぁ、俺の予想言ってもいい?」
「…………」
「たぶんだけど、リリーシャはこのピースメーカー部隊をアースガルズ王国の主力部隊に据える。んで、リグヴェータ家はダオームに任せて、自分はピースメーカー部隊でその手腕を振るうってところか。辺境伯と王国主力部隊総隊長じゃなぁ。あいつ、土地管理より部隊とかに指揮してる方が楽しそうだしな」
「…………」
「んで、模擬戦と称してご自慢のピースメーカー部隊で俺を潰す。さらに『S級では魔帝を相手にするのに力不足』とか言うんだろ」
「…………」
「あいつ、頭いいけど単純で思考が読みやすいんだよな。すぐ熱くなりそうだし……その辺、ダオームとすっげぇ似てる」
「…………」
「まぁ、模擬戦に俺が来たのはさ、俺も実験したいからなんだ」
「…………?」
ここで、スキンヘッドの男がわずかにアルフェンを見た。
「たぶん。ニュクスと戦うには力や技だけじゃダメだ……俺はもっと、この『力』を理解しないといけない。そのためには、実戦が一番なんだ」
アルフェンは、右手を開いては閉じる。
『硬化』と『終焉世界』の先にある『力』に、何かヒントがある。
ジャガーノートには、まだ隠された能力があるかもしれない。
そして、敷地内にある大きな『塔』に到着した。
スキンヘッドの男は、手を掲げる。
「来い、『ジャターユ』」
「おお!」
スキンヘッドの男が召喚したのは、一言で表すなら『老いた鶴』だった。
背中が広く、脚は枯れ枝のように細い。
スキンヘッドの男がジャターユに乗ると、アルフェンに言う。
「乗れ。最上階まで案内する」
「飛行型かぁ……すっごいな」
「早く乗れ」
アルフェンはジャターユに乗る。
グリフォン以外の背に乗るのは初めてだった。だが、不思議と心地よい。
そのまま塔の天辺まで飛び、広い入口に降りる。
スキンヘッドの男は、そのまま端に移動。入口にいた兵士が巨大な開き戸を開けた。
開き戸の先は通路になっており、アルフェンは進む。
「凝りすぎだろ……馬鹿じゃねぇの」
そうつぶやき、通路の最奥へ。
最奥のドアは自動で開くと、中は広々とした空間だった。
豪華な絨毯、来客用の高級ソファ、家具や調度品も全て高級品。
部屋には、十人ほどの男女がいた。
アルフェンが真っ先に向かったのは、兄キリアスの元だ。
「キリアス兄さん、お久しぶりです」
「お、おま、あ、ああ。うん。いや……その」
「兄さん、お土産を買って来たんです。これを」
『ぴゅいい』
バスケットを開け、くろぴよの頭を撫でる。
すると、イザヴェルで買ったお土産の箱が口から出てきた。
イザヴェルで買ったバターやまんじゅうなど、お菓子ばかりだ。
「今度、兄さんをイザヴェルに招待します。きっと気に入ると思いますよ」
「あ、ああ……すまん、今は」
「え? ……ああ、そうでした」
この場にいたのは、キリアスだけではない。
リリーシャは柔らかそうな椅子に座ったまま睨み、ダオームは爆発寸前、アルフェンの両親は何も言えず硬直し、他にも数名のA級召喚士がいた。
アルフェンは、その全員を眺めながら、右腕を巨大化させた。
「じゃあ───模擬戦、始めるか」
アルフェンの右目が、この場にいる全員を睨みつけた。