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二人の夢

 ウィルは、イザヴェルの町をのんびり歩いていた。

 酒場の場所をチェックし、飲食店の美味しい店もチェック。イザヴェルの町はなかなか広く、飲食店の数も豊富だった。おかげで、退屈はしない。

 全体から見れば古めかしいが、流通も盛んで王都からの商人もやってくる。メルは『なんてことのない田舎』と言っていたが、そうは感じなかった。

 恐らく、アルフェンが治めるにあたり、他の貴族たちが目を付けてなさそうな賑わいをしている場所を選んだのだろう。


「愛されてるねぇ……」


 そう呟き、町の中心広場のベンチに座る。

 口元が寂しいので、煙管を咥えた。

 そして気付く……煙草が切れていた。


「チッ……」


 立ち上がり、周囲を見回す。

 大きな町の中心には、必ず総合商店や大きな雑貨屋、宿屋や各種飲食店が揃っている。二年以上旅をしてきたウィルにはわかった。

 そして、雑貨屋を発見。かなり大きな商店で、肉野菜や日用品、各種スパイスや素材、なんと武器防具まで揃っていた。

 そこで、ウィル愛用の煙草『ピュアホワイト』を購入。店主が言う。


「兄さん。けっこう甘いの吸うねぇ……こっちもどうだい? 渋い味だが慣れると病みつきになるぞ」

「……いや、いい。これがいいんだ」


 店主の勧める煙草を拒絶。

 ウィルの表情から何かを察したのか、店主はそれ以上何も言わなかった。

 煙草を買い、店を出ようとすると……。


「っと……悪い」

「いや。こちらも悪かった、若いの」


 腰の曲がった老人とぶつかった。

 ウィルは頭を軽く下げる。

 老人は、店主の元へ向かって言った。


「干し草を頼む。運搬はいつも通り頼むよ」

「はいよ。それにしても……ウォーケン爺さん、そろそろ引退したらどうだい」

「ばっかもん。わしが引退したら可愛いヒツジたちはどうなる?」

「肉にするとかあるだろ? そりゃウォーケン爺さんの羊毛は評判いいけど……もう八十超えた爺さんが、たった一人で羊飼いやってるの見てるとどうもねぇ……」

「ふん。まだまだ老いぼれちゃいないわい。それと、塩と砂糖、ウィスキーも頼む」

「はいよ。全部届けでいいのかい?」

「ウイスキーだけくれ。今夜の晩酌がないのは辛い」


 ウォーケンは、ウイスキー樽を抱えようとした。

 小樽だが重さは相当だ。リヤカーに運ぶまでが大変だが……。


「ん、おお?」

「外のリヤカーか?」

「おお、感心じゃの。最近の若いのにしてはわかっておる」

「ふん。まだ老いぼれちゃいねぇんだろ?」

「それはそれ、これはこれじゃ」


 ウィルは、ウォーケンのウイスキー樽を片手で持ち、リヤカーへ。

 そのままリヤカーの取っ手を掴む。


「乗れ。案内しろ」

「ほぉ……感心じゃのぉ」


 ウォーケンはリヤカーに乗り込み、ウィルに指示をして引かせる。

 やってきたのは、イザヴェルの外れにある牧草地帯。

 柵に覆われた敷地は全てウォーケンの物で、ここで羊飼いをして生活しているそうだ。

 厩舎にリヤカーを置くと、羊の鳴き声が聞こえてくる。

 ウォーケンとウィルは、羊の元へ。


「…………ほぉ」

「いい羊じゃろう? わしの子供みたいなもんじゃ」


 ウィルは寄ってくる羊を撫でる。

 それを見て、ウォーケンは「ほぅ……」と呟いた。


 ウイスキー樽を母屋に運ぶと、ウォーケンが言う。


「大した礼はできんが、茶でもどうじゃ?」

「……それより、牧場の柵をなんとかしろ。それと厩舎……だいぶガタがきてる」

「ふん。やはり同業じゃったか」


 ウォーケンはリビングのソファに座り、パイプをふかす。


「羊たちを見る眼、手つきが物語っておった。お前さん、羊飼いだな?」

「元、な。今はただの学生だ」

「ほぉ……」


 ウィルも煙管を取り出し、買ったばかりの煙草を吸う。

 それから、しばし沈黙……ウィルが言った。


「木材と道具はあるか?」

「ん、ああ。あるが……」

「柵と厩舎、手直ししてやる。どうせ暇だしな」

「ほほう! なら、お願いしようかの」


 ウィルは自宅裏にあった資材置き場から大工道具と木材を運び、柵の修理と補強、厩舎の痛んだ部分を修理、ついでにヒツジの寝床の干し草を変えたり、餌や水くれも行った。

 気が付くと、夕方になっていた。

 その手際のよさに、ウォーケンは感動する。


「いやぁ、若いの! なかなか見込みがある。お前さん、ここに住んで働かんか? たいした給金は出せんが……」

「…………」


 ウィルは、久しぶりの『仕事』で汗を掻いていた。

 上着を脱ぎ、腕まくりし、泥だらけになっていた。

 そして、想う。


「……それもいいな」


 ほんの、ささいなことだった。

 一人で羊飼いをしている老人と聞いて、なんとなく手を差し伸べただけだ。それなのに、こんなにガッツリと働いてしまった。

 そこにあったのは、充実感。


「おお、じゃあ働くか? なぁに、住み込みなら離れがある。息子夫婦が住んどったが……アースガルズ王国王都で洋服屋をやるといってな。今は誰も住んでおらん。お前さんがよければ」

「……いいのか?」

「む?」

「町で出会ったばかりの、ただのお人好しにそんなこと言ってよ。オレが極悪人だったらどうすんだ?」

「馬鹿もん。わしの目利きに間違いはない。お前さんはいい奴じゃ」

「……フン」


 ウィルは苦笑した。

 ウォーケンはゲラゲラ笑う。


「ま、ここで働くのもいいかもな。だけど……やることがある」

「む? ああ、学生だったか」

「ああ。最後に、デカい仕事を終えたらな……」

「ふん!! 俄然やる気が出てきたわい。お前さん、名前は?」

「ウィリアム……ウィルでいい」

「ウィル。やるべきことがあるなら、それを終えて戻って来い!! うちはいつでも歓迎するぞ!!」

「…………ふん」


 この日、ウィルはウォーケンの家で酒盛りをし、帰ったのは朝方。

 朝帰りをしたことでアネルに問い詰められ、みんなに怪しまれるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アネルは、一人でイザヴェルの町を歩いていた。

 手には飾り気のない手提げカバンが一つ。服装はニュクスプルなシャツとスカート、ブーツだ。アネルは女の子らしいフリルのような衣装より、男っぽいラフなデザインを好んでいた。

 向かっているのは、このイザヴェルで一番の洋装店。

 町の中央にあり、この町の住人は皆、ここで服を買っているようだ。

 ユイシスの話によると、ここイザヴェルにある店が本店で、支店が王都にあるらしい。しかも、かなりの人気店なのだとか。

 アネルは、手提げカバンの柄を強く握りしめる。


「……よし!」


 気合を入れ、洋装店に到着。

 さっそく中へ入ると。


「いらっしゃいませ~!」


 おっとりしたお姉さんが出迎えてくれた。

 なぜか肩に子猫が乗っている。だが、真っ赤な毛を持つ子猫などいない……召喚獣だ。

 お姉さんは、ニコニコしながらアネルに言う。


「あららら、かわいい子が来たわねぇ? それにスタイルも抜群! うぅ~ん……お姉さん、いろいろ閃いちゃいそう!」

「あ、あの」

「んっふふ~……ちょい待ち! ちょっと見せてね~」

「え、えっと」


 お姉さんはアネルの周りをグルグル回る。

 そして、見るだけならいいのだがボディタッチしてきた。

 

「ひっ……あ、あの」

「ごめん! すぐに終わるから……ふーむふむ」


 首筋、肩、頬、両腕、腰……そして胸を触られたとき、アネルは離れた。


「ああ、ああ、あの!」

「あ……またやっちゃったぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! わたし、綺麗な子やスタイル抜群な子を見ると、触りたくなっちゃうのよ~」

「…………」


 アネルは、フェニアとサフィー、メルを絶対に連れてこないと心に決めた。

 お姉さんはニコニコしたまま言う。


「いらっしゃい。わたしは店主のマホロア。このお店のデザイナーで~す」

「デザイナー……」

「うん。ふふ、けっこう有名なんだから!」


 マホロアは、ニコニコしたまま肩の子猫を撫でる。


「この子は『ケット・シー』っていうの。わたしの可愛い召喚獣ちゃん!」

「は、はい。かわいいですね」

「でしょ!!」

「ひっ!? は、はい」

「ふふふ。可愛いもの好きな子に悪い子はいない……」

「あ、あの!!」


 アネルは、話が進まなそうなので強引に切り出した。

 持っていた手提げカバンから、一冊のスケッチブックを出してマホロアに見せる。


「アタシのデザイン、見てください!!」


 そう。アネルは、デザイナーの夢へ一歩を踏み出したのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 スケッチブックを受け取ったマホロアは、その場でページをめくる。

 雰囲気が変わり、真剣な眼差しだった。


「これ、あなたが?」

「は、はい」

「デザイナーになりたいの?」

「……はい!」

「…………」

「…………あ、あの」

「裏、いこっか」


 マホロアはスケッチブックを見ながら歩きだす。

 アネルは後を追い、店のバックヤードを抜け、広い個室へ。

 すぐにわかった。ここは、マホロアの事務所……デザイナーの部屋だ。

 ケット・シーがマホロアの肩から飛び降り、机の上にあった小さなクッションで丸くなる。そして、可愛らしい欠伸をして寝てしまった。

 マホロアは、無言でスケッチブックをめくる。

 それから十分……アネルの胃がキリキリ鳴り始めたころ、マホロアはスケッチブックを閉じた。


「うん」

「…………」

「悪くないけど、子供のお絵かきね」

「っ……」


 にっこり笑顔で言われた。

 ショックを見せまいと、アネルは奥歯を静かに嚙みしめる。


「わたし、デザイナーになりたいって子には、どんな子でも真剣に向き合うって決めてるの。三歳の女の子でも七十を超えたおばあちゃんでも、真剣に向き合うわ」

「は、はい」

「あなた、名前は?」

「……アネル、です」

「アネルちゃんね」


 マホロアは、スケッチブックを胸に抱く。


「これは、子供のお絵描きね」

「…………」

「ふふ、悪口じゃないの。大人にはない、子供の感性で書かれた素晴らしい絵よ。この発想、わたしにはない若さであふれてる」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 マホロアはスケッチブックをめくる。


「女の子の服よね? でも、可愛らしさじゃなくてスタイリッシュさ……男の子っぽいようなデザインね。よけいなフリル、リボンを外してシンプルなデザイン重視……」

「あ、アタシ……その、女の子っぽい服が好きじゃないので。女の子でも、男の子みたいな服があればなーって」

「そう! そういう感性は大事よ~? で……あなた、このデザインをどうしたいの?」

「その……プロの意見を聞いてみたくて」

「ほんとに?」

「……あの!! アタシ、まだ学生で未熟ですけど……将来、このイザヴェルに住むと思います!! アタシ、もっとちゃんとデザインの勉強がしたくて……だから」

「うんうん! わたしのところでお勉強したいのね」

「……はい」


 アネルは、全てが終わったらここに住みたいと考えていた。

 魔人討伐の報酬があるので、働かなくても食べていける。だが、そういう怠惰な暮らしはアネルの性に合わない。やりたかったことをやる生活にあこがれていた。

 マホロアは、うんうん頷く。


「じゃあ課題! あなたがデザインした『ハンカチ』を十枚作って持ってきて。もちろん、デザインは全て変えてね。それを店頭で並べて一枚でも売れたら、あなたをここで雇っちゃいます!」

「え……い、いいんですか?」

「うん♪ あなた、才能あるわ。わたしがいろんなこと教えてアゲル♪」

「う……お、お手柔らかにお願いします」


 アネルは頭を下げ、上げ……決意を込めた目で言う。


「あの、勝手で申し訳ございません。まだ学生なので、卒業してからお世話になります」

「もちろん! 学生生活も大事だもんね~♪」


 それもある。

 だが、今は……ニュクス・アースガルズの恐怖がある。

 それらにケリを付けてからだ。


「マホロアさん。ありがとうございます。アタシ、頑張ります!」

「うんうん。がんばれ、若人!」


 アネルの夢。デザイナーへの第一歩が刻まれた。

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